21.皇弟殿下と元侯爵令嬢
「リーナ~~!!」
騎士団に足を踏み入れるなり、アパタイトが体当たりで私を出迎えた。
「あのね、あのね、リーナ……」
そのモフモフを撫でていると、アパタイトが言い辛そうにこちらを窺っていた。どうしたんだろう? と彼を覗き込むと、先に言葉を発したのはアパタイトの後ろにいたエクトルさんだった。
「よくぞ参られた、アデリーナ・エルノー元侯爵令嬢」
私の喉がひゅっと鳴る。
ユリスさんが報告をする前に、なぜか正体がばれている。
「……アパタイト……?」
目を逸らすアパタイトを回り込んで覗き込む。
「ご、ごめん、リーナ! リーナがエクトルのお嫁さんになるのが嬉しくてつい!」
「は?」
アパタイトの言葉に自分の耳を疑う。
(今、何て言ったの??)
「こら、アパタイト。アデリーナ殿が驚いているだろう。すまない、説明をするから私の執務室に来てくれるか?」
困惑する私からアパタイトを引き剥がし、エクトルさんが微笑んだ。
変わらず優しい瞳を向けてくれる彼に、私は安堵した。
「お嬢!!」
私たちに追いついたオーウェンの声に振り返ろうとしたところで、エクトルさんに手を取られた。
「これはオルレアン帝国の機密事項に関わる内容のため、君には遠慮してもらいたい」
厳しい表情でオーウェンに言い放った彼は、皇弟の顔をしていた。そのオーラにオーウェンだけではなく、私まで圧倒された。
「ユリス、そのご夫婦を客間に案内して」
オーウェンと一緒に来たユリスさんに彼が指示をする。ユリスさんは返事をすると、ミアとオーウェンを反対の通路へと促した。
オーウェンが心配そうにこちらを見ていたので、私は「大丈夫」と口をパクパクさせて笑った。
「アパタイト、お前も部屋に戻れ」
エクトルさんはアパタイトにそう告げると、まだオーウェンを見送っていた私の手を引いて歩き出した。
「あの、エクトルさ……殿下、私、ちゃんと付いて行きます!」
彼にそう告げるも、エクトルさんは握る手に力をこめて、離してはくれなかった。
最上階には二部屋しかない。どちらもエクトルさんのもので、執務室と住居スペースだそうだ。エクトルさんの補佐をしていたアパタイトは寝食を共にしているらしい。アパタイトはもう一つの部屋に帰ったのだろう。
エクトルさんに説明を受けながら、私は彼の執務室に通された。
彼の執務室は広く、壁面の本棚にびっしり本が並んでいる。奥には整頓された執務机があり、部屋の中央には応接セットがある。
「どうぞ」
「失礼します」
エクトルさんに促され、ソファーに腰かけた。
「あのエクトル殿下、正体を偽っていたこと、申し訳ございませんでした。オーウェンやミアは私に巻き込まれただけですので、どうか罰は私だけに……」
私が深々と頭を下げると、エクトルさんがすぐに返した。
「殿下はやめてくれ、アデリーナ殿」
「では……エクトル様と?」
「今まで通り、エクトルさんでいい」
頭を下げたままの私の肩に触れ、エクトルさんが身体を起こしてくれた。
「やはり君はそんなにも彼のことを想って……」
「あの……?」
先ほどと変わらないその優しいホリゾンブルーの瞳を私から逸らすと、エクトルさんは向かいのソファーに座った。
「アデリーナ殿、君が聖女の力を偽り、この国に追放となったことはヘンリー王太子殿下の書状で陛下も周知のことだ」
(あんのバカ王子……)
エクトルさんの説明に、腸が煮えくる思いだ。
(魔物に殺されなかったときのために、オルレアンで処罰されるよう手を回していたってわけね)
まず、私は魔物を寄せ付けないので、やられることはない。バカ王子は私の能力を都市伝説的に考えていたから、そんなことは知らない。だからこそ国外追放だけで済むと思っていた。
(なのにオルレアンに書状まで送って、バカ王子のくせに……)
誰かの入れ知恵なのだろうか。
「アデリーナ殿? もちろん、君の力は証明済なのだから、濡れ衣だとわかっている」
難しい顔で考え込んでいた私に、エクトルさんが言った。
エクトルさんとは偶然の出会いで助けたわけで。
(エクトルさんに会わないでそのままオルレアンに入国していたら、どうなっていたんだろう?)
正体を隠していたとはいえ、移民の中から探し当てられ、罪人として強制労働に送られたかもしれない。
いわれも無い罪なのに、想像しただけでぞっとした。
「それで、その……」
エクトルさんが言いずらそうに言い淀むので、私は彼を見た。
「私は最初、アデリーナ殿の悪い噂を信じ、あの王太子の婚約者だったからと、聖女の力さえ疑った。8年前君に救われていたというのに……すまない!」
エクトルさんはそう言うと、頭を深々と下げた。
言わなければ私にはわからないことなのに、彼は真っ直ぐに私に謝罪をしている。
「君は私の命の恩人でもあるのに、少しでも疑ってすまない……!」
「頭を上げてください! 正体を偽っていたのは私なんですから!」
私が慌てて言うと、エクトルさんはそろりと頭を上げた。ホリゾンブルーの瞳が私を窺うように見ている。
私は思わず「うっ」と胸を押さえた。先ほど神々しいばかりのオーラを放っていた彼が、今は可愛らしい。そのギャップにキュンとしてしまったのだ。
「アデリーナ殿……」
「あの、私のことも今まで通りリーナでいいです」
エクトルさんに笑顔でそう言えば、彼の頬も少し緩んだ。
「リーナ殿……それで、さきほどアパタイトが言っていたことなのだが……」
「はい」
そういえばアパタイトが、お嫁さんとか何とか言っていたことを思い出し、私は首を傾げた。
「兄上……我がオルレアン帝国の皇帝が、君を迎え入れる代わりに、私の妻になることを命じた」
「……………………はい?」




