やるかやられるか!ーー恋を知らない残念勘違い令嬢は婚約者からの呪いを解いて今世こそは幸せになりたい!ーー
「ついに、この日がやってきましたわ! 私、ミラ・モーガンが王太子のライアン・オースティン殿下と初めてお会いする日が!!」
部屋の中央で腰に左手を当て、ミラは元気よく右の拳を突き上げた。そしておよそ悪役のような笑みを浮かべる。
「ふふっ……今世こそは……今世こそは! 王太子殿下の婚約者として、そして聖女として、幸せな人生を送るのよ!!」
ミラには前世の記憶がある。
しかし、その記憶は散々なもので、それはひどいものだった。
ミラは前世でも王太子の婚約者だったが、現在と違うのは聖女ではなかったということだ。前世の聖女はというと異世界からやって来た少女で、そしてその少女がミラの人生を全て壊していった。
聖女は代々、皇族と結婚するというしきたりがあり、その少女もまた皇族と結婚することが決まった。
そう、本来ならミラが結婚するはずだった王太子と……要は突然現れた少女に王太子の婚約者の座を奪われてしまったのだ。
「あの子、私の顔を見た瞬間に悪役令嬢だ!って叫ぶなんて……いったい私のどこが悪役だっていうのよ! 私への扱いを考えれば彼女のほうがずっと悪役じゃない!!」
異世界から来た少女はあろうことか、ミラのことを悪役令嬢と呼んだ。
ミラにとって全く訳のわからないことではあるが、なぜか彼女はミラを常に敵視していた。
その少女はことあるごとにミラに絡んでは、ミラからいじめられているなどと王太子や周囲の人間に吹き込んだのだ。
彼女はミラと二人の時、「オトゲーはこうよね」「悪役令嬢なんかバクってる?」など意味のわからないことを言っていたが王太子の前では人が変わったようにおとなしくなるのだ。
ミラにとって王太子は、立場上友好的に接すべき相手という感覚だった。そこに恋という感情はなく、王太子とあまり深い関係を築けていなかった。
故に少女の言葉を鵜呑みにした王太子からの婚約破棄ももはや仕方がないと諦めた。
しかし、その後が問題だった。
性悪で傲慢な令嬢と社交界で噂を広められ、さらには犯してもいない罪をでっちあげられた。そして最後には処刑されてしまったのだ。
「本当に、何度思い出してもムカつくわ……何で私があんな目に……だけど、今世では私が聖女よ!!」
今世でミラが王太子の婚約者に選ばれた理由、それはミラが聖女であるからだ。
聖女になったからには皇族との結婚は避けられない。
前世の経験から、目立たず穏やかな人生を送りたかったが、聖女として生まれた以上は仕方がない。
それに聖女はみんなに守られ敬われる存在だ。前世のような扱いを受けることは絶対にないのだ。
「今度こそ王太子と素晴らしく良好な関係を築いて、平穏無事に人生をまっとうするのよ! 絶対に前世のようにはならないわ! そのためにはやっぱり第一印象が大事よね!」
年頃の令嬢のような、期待と不安の入り混じった恋する乙女という甘酸っぱい感覚はミラにはない。
今、最も大事なことは、最初から友好的な関係を築き信頼関係を構築することだ。
それこそが今日の最大のミッション。
今世こそは人生を途中退場することなく、穏やかな人生を送るため、ミラは気合いを入れて、自分の頬をパンっと叩いた。
〜〜〜Day 1〜〜〜
ノックと共に部屋に入って来た相手に、すぐさまミラは礼の姿勢を取り、頭を下げた。
「ミラ嬢、顔をあげてくれ」
柔らかな青年の声が響く。
ミラはうかがうようにゆっくり顔を上げた。
美しく輝く金の髪に、サファイアのような綺麗な青色の瞳。
社交界で常に噂になるほど完璧に整いすぎた容姿。
「私はライアン・オースティンだ。私のことはライアンと呼んでくれ。これからよろしく頼む」
すっと差し出された手と顔を、ミラはぼーっと見つめる。
(はっ!? 意識が飛んでたわ! このかたがライアン殿下……なんて美しいの……)
あまりの美しさに一瞬固まったミラだったが、すぐに意識を切り替える。
(感動してる場合じゃないわ。第一印象は大事よ! しっかり挨拶しないと!!)
ミラは気を取り直すと、差し出された手を両手でそっと握り返す。
「ミラ・モーガンです。こちらこそよろしくお願いいたします。ライアン殿下」
「私たちは婚約者となったのだから、そんな硬くならないでくれ。ライアンと呼んでくれればいい」
「それではライアン様とお呼びいたします。どうか私のこともミラとお呼びください」
「ああ、わかった。ミラ、君はとても美しいね。美しく輝くホワイトブロンドの髪に蜂蜜色の瞳がとても綺麗だ」
ライアンは髪を一房掬い上げ、少し屈んでミラの視線に合わせると、ふわりと優しく微笑む。
(うっ!!!!!!)
ライアンの笑顔にミラの心臓が大きく跳ねる。
(こ、これって……これってまさか!?)
ドキドキと心臓の音が治らない。心臓の鼓動がどんどん早まり、むしろ痛いぐらいだ。
(うっ……まさか……!)
ミラはごくっと唾を飲む。
最高潮に早鐘を打つ心臓はもう口から飛び出してしまうのではないかと錯覚するほどだ。
(心臓が痛い!!! これって……これってまさか……)
ミラはふらりと倒れそうになる足に力を込める。
(の、呪い!? 殿下は呪いで私を殺そうとしているの!?)
※一目惚れによる、ただのドキドキです。
顔色が真っ赤になったミラにライアンが小さく首を傾げる。
「ミラ、大丈夫かい? 少し顔が赤いようだ……まさか熱でもあるのかな?」
「ラ、ライアン様……だ、大丈夫ですわ」
(なんてこと……今世では身の危険はないと思っていたのに……まさか婚約者に命を狙われるなんて!? しかもピンポイントで心臓を狙うなんて……何て高度な呪いなの!?)
※間違いなくただのドキドキです。
ミラはふっと息を吐き出すと、何度か深呼吸をした。
(ここはとりあえず、一旦帰って態勢を立て直さないと!)
「ライアン様、申し訳ございません。本日は体調が優れず……」
「やっぱり……大丈夫かい? 大変だ。すぐに帰って休んだほうがいい。気をつけて帰ってくれ」
ライアンはすっとミラの手を取ると、自分の口元に近づけ、チュッとキスを落とす。
(ひっ!!!!)
「元気になるようにおまじない」
ライアンは優しげな笑みを浮かべて、いたずらっ子のような顔でウインクした。
(!!!!!!)
「っ…………あ、ありがとうございますわ。では、また……」
ミラは綺麗に挨拶の礼を取ると急いで王宮を後にした。
「な、なんてこと! 最後は初めに感じたものよりも強力な呪いだったわ……こんなに心臓がギュッと潰されるように感じるなんて!? くっ……聖女の治癒魔法はなぜ効かないの?……困ったわ……」
※何故なら、呪いではないからです。
「……こうなったら…………やるかやられるかよ!!!」
こうして恋を知らず、残念すぎる勘違いをしたミラは、全くもって見当違いな方向に決意を新たにした。
〜〜〜Day 2〜〜〜
「ふっ!! 今日こそは私に呪いをかけたこと後悔させてやるわ!」
※何度も言いますが、呪いではありません。
ミラはポッケに忍び込ませた小袋を、確認するように握り締めた。
(これは軽い毒よ……命まで奪いはしないけど、体調を崩すことは間違いないわ! 私を呪ったらどうなるか……その身を持って思い知らせてやるわ!!)
「ライアン様、本日はお茶会の招待を受けてくださり、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ招いてくれて、ありがとう。ミラから誘ってもらえて嬉しいよ」
(うっ!!! 眩しいっ!! どうしてあんなに笑顔が眩しいの?…………はっ!! まさか……心臓の呪いだけではあきたらず、呪いによる目潰しをされてる!?)
※ただ好きな相手に笑顔を向けられ、動揺しているだけであり、実際にライアンが発光しているわけではありません。
(ふんっ! でも余裕でいられるのも今だけよ!)
ライアンが椅子に腰掛けると、ミラはすっと立ち上がる。
「本日は私が紅茶を準備いたしますわ」
「え? ミラが? それは楽しみだ」
「はい。殿下に是非、私の入れた紅茶を飲んでいただきたくて、侍女から習いましたの!」
屋敷の侍女たちはミラがこんな馬鹿げたことを考えているとも知らず、婚約者に少しでも好かれたいのだろうと、微笑ましい気持ちでしっかり教えてくれた。
(ふふっ! これで終わりよ、ライアン様!)
ミラはポケットに入れた小袋の中身を少量こっそり紅茶に混ぜるとライアンの前に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう! とってもいい香りだね! 可愛い婚約者の手で紅茶を入れてもらえるなんて……私は幸せ者だね」
ライアンの屈託のない笑顔に、ミラの罪悪感が膨れ上がる。
(で、でも……先に呪いをかけたのはライアン様なのだから……)
ライアンがティーカップを持ち上げて口元の運ぼうとした時、ミラの体が勝手に動いた。
そして咄嗟にその紅茶を奪ってしまった。
「ミラ?」
ライアンのびっくりした表情で、正気に返ったミラは焦り出す。
「えっと……その……虫! 虫が見えましたの!このような物を出すことはできませんもの! すぐに入れなおしますわ!」
ミラは焦って歩き出す。
焦ったせいで足がもつれつまずく。
(あっ!! やばい!!)
「ミラ、危ない!!」
両手が塞がった状態でこければ、間違いなく顔から突っ込んでしまう。
ミラはその衝撃に備えて、固く目をつぶった。
ティーカップが床に落ちて砕ける音がする。
しかし、いくら待ってもミラ自身に衝撃がくることもなく、暖かい温もりに包まれる。
ミラが恐る恐る目を開けると、ミラの頭の少し上にライアンの顔がドアップであった。
「え?……」
「大丈夫かい?」
ミラはライアンの胸に倒れ込む形で、優しく抱き留められていた。
転びそうになった瞬間にライアンがミラを引っ張り、自分を下敷きにしてくれたらしい。
「怪我はないみたいだね? よかった!」
ライアンの近距離での美しい笑顔に、ミラは顔を真っ赤にさせる。
(な、何?……心臓がすごい速さで……く、苦しい…………こんな時にまさかまた呪いをかけてくるなんて……)
※ときめきよる心拍上昇です。
「ラ、ライアン様、申し訳ございません……」
「君に怪我がないならそれでいいよ」
はらりと前に垂れたミラの髪を、ライアンが優しくミラの耳にかけ、さらに甘い笑みを浮かべる。
近い距離にいるライアンの吐息がミラの耳をくすぐる。
それがよりライアンの体温をミラに感じさせた。
(…………あ…………やばい……もう、無理…………)
バタリ
「………………」
「!? ミ、ミラ? 大丈夫か? ミラ、しっかりするんだ!!」
ライアンの声が響く中、キャパオーバーになったミラはそのまま気絶したのだった。
〜〜〜Day 3〜〜〜
(ライアン様……なんて恐ろしい人……まさか一瞬で意識を奪うほどの呪いを使いこなすなんて……)
※いっぱいいっぱいになり、自分で気絶しただけです。
(王宮に招待されるなんて……一体今度は何を企んでいるの……?)
今日は先日のお茶会の仕切り直しとのことで、ミラは王宮に招待されていた。
(とにかく、今日こそは呪いなんかに負けないわ!!)
「ライアン様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ミラ、よく来てくれたね。もう体調は大丈夫?」
「はい。平気ですわ」
(自分で呪いを仕掛けておいてよくもぬけぬけと……)
ミラは内心むっとして、手を握り込むと、ライアンが優しく手取った。
「こっち。案内するよ」
気を許してはいけないと思うのに、ライアンに手を取られると嬉しく感じてしまう。
(うっ……また呪いが……)
「ライアン殿下」
その時、ライアンの従者が声をかけてきた。
「どうした?」
「陛下がお呼びです」
「今すぐか?」
「はい」
「だが……私がミラを招いたのだぞ……」
不機嫌そうなライアンを、ミラは意外な気持ちで見つめる。
ライアンが王太子として優秀なことは周知の事実だ。
そして陛下の言葉にはどんな難しいことであっても従うことも。
しかし、今は陛下の言葉に不満そうなのが意外だった。
「ライアン様、私は大丈夫です。今日はお暇させていただきますわ」
「だ、だが……今日はその……」
ライアンの必死な様子に、ミラは首を傾げる。
(何か大事な用があるようね……仕方ないわ)
「わかりました。では私はあそこのベンチで待たしていただきますわ」
ミラがガゼボを指差すと、ライアンがホッとしたような笑みを見せる。
そしてすぐに申し訳なそうな表情になる。
「すまない、ミラ……できるだけ早く戻る」
ライアンはそう言うと急いで走って行った。
(私のことを呪っているのに、私のことを助けたり、引き留めたり……ライアン様は不思議なかたね……)
「ちょっとあなた!」
ミラがぼーっとしてそんなことを考えていると、目の前に腕を組み、眉間に皺を寄せた令嬢が現れた。
ミラはキョロキョロと周囲を見回す。
「あんたよ! あんた! 何キョロキョロしてるのよ」
面識のない令嬢だ。
もしかしたら自分ではない誰かに話しかけているのではと、周囲を見回していたが、どうやらミラに話しかけていたらしい。
「えっと……何でしょう?」
「何でしょう? ではないわよ! 私が立っているというのに何であなたは座って、私に話しかけているのよ!」
(それは私が座っているところに話しかけてきたからだけど……)
ミアは面倒くさい人に絡まれたと思いながらも、これ以上面倒に巻き込まれないように立ち上がった。
(そういえば……彼女のあのドリルみたいな巻き毛……あの特徴は確か……公爵家のかただったかしら……)
ミアが自分の記憶を掘り起こしていると、目の前の令嬢がきっと睨みつける。
「私は公爵令嬢よ! とっとと名乗ったらどうなの?」
「……えっと……ミラ・モーガンですわ」
(面倒だし、名乗ったけれど……確かに公爵家は皇族の次に高い爵位ではあるけど……聖女は特例で皇族の次、公爵家より上なんだけど……)
そんな不満を持ちながら見つめていると、令嬢がふっと鼻で笑う。
「モーガンですって? モーガンって言えば伯爵家じゃないの! なんて失礼なのかしら」
(この人モーガン家が伯爵だってことは知ってるのに、私が聖女だってこと知らないのね……)
「ちょっと! 聞いてるの! なんて愚図なのかしら!」
ミラの反応がないことにイラッとしたらしい令嬢がミラの肩をドンと押した。
その衝撃に、ミラの体が後ろに倒れ、尻餅をついた。
「ふふっ! なんて無様なのかしら」
令嬢が楽しげに笑う。
「私の婚約者に何をしているんだ?」
その時、低く怒りに震える声が響いた。
声の方を見ると、ライアンの冷たい目が令嬢を射抜いている。
今までにあんなに怒りに満ちた声は聞いたことがない。
「ラ、ライアン殿下……」
令嬢の顔色が真っ青に変わる。
そしてすがるようにライアンに手を伸ばす。
「も、申し訳ございません。ま、まさか婚約者だったとは知らず」
「君は彼女が怪我をすればどう責任を取るつもりだったんだ? 私の婚約者ということは未来の王妃殿下ということだぞ」
すごむライアンに令嬢が震え上がる。
少し突き飛ばされただけで、怪我もしていない。
むしろいつも呪いをかけてミラに被害を与えているのはライアンのほうだ。
「ライアン様、私は大丈夫ですわ。怪我もしておりません。それより私に用事があったのでは?」
ミラの問いかけにライアンの態度がコロリと変わる。
「ああ。そうだ。待たせてすまなかった。それでは行こうか」
ミラに優しげに手を伸ばすと、ライアンは冷たい視線を令嬢に向ける。
「ミラがこう言っているから、今回は不問とするが、次このようなことがあれば…………覚えておけ」
可哀想なくらい震える令嬢を残し、二人はその場を去った。
ミラはライアンに手を引かれるまま、庭園の奥へと案内される。
(ライアン様もあんなお怒りになることがあるのね。なんだか意外だわ。でもきっと自分の婚約者を貶める発言は、ライアン様への侮辱にもつながる。だから怒ったってことかしら? それともまさか呪いで私を殺すのは自分なんだから、余計なことするなってやつ?)
自分への好意に全く気づいていないミラは、またも残念な思い違いをしていた。
「さぁ、着いたよ。これをミラに見せたくて!」
「わぁ!!!」
そこには至る所、満開に咲き誇った薔薇がずらりと並んでいた。
「とっても綺麗ですわ!」
「喜んでもらえたみたいでよかった! ミラ、こっちを見てくれ」
そこには珍しい色合いの七色輝く薔薇があった。
「わぁ……とっても綺麗……こんな薔薇見たことございませんわ!」
「とっても珍しい薔薇なんだ。この薔薇が咲くのは一年で一日だけなんだ。それもこの王宮にしかない。これをミラに見せたくて」
「そうだったのですね。ありがとうございます! 本当に綺麗だわ」
「よかった!」
とても嬉しそうに微笑むライアンにまた胸が痛くなる。
(うっ……また呪いが……)
「ミラ」
そっとライアンの手がミラの頬に触れる。
そしてゆっくりとライアンの顔が近づいてくる。
「ラ、ライアン様……?」
「ミラ、目を閉じてくれない?」
「えっ……あの……えっと……」
(ライアン様は一体何のつもりなの!?)
ミラは顔を真っ赤に染める。
変な汗が吹き出してくる。
(どういうこと? ライアン様は私を呪い殺そうとしているわけではないの?……あっ……また心臓がどんどん痛くなって…………この前以上の呪いが……も……ダメ……)
混乱がピークになったミラは、またも意識を手放した。
〜〜〜Day 4〜〜〜
「あ、あの……ミラお嬢様、こちらは……?」
「あ〜それね。お父様にお願いして用意して頂いたのよ」
ミラ付きの侍女が顔色を悪くして、引き出しの中を凝視している。
「ミラお嬢様、何か不安なことや、心配ごとがありましたら、お話しください! 私はお嬢様の味方ですわ!」
侍女が涙ながらに訴えるが、ミラとてそう簡単にライアンの呪いのことを話すわけにはいかない。
「ありがとう。でも大丈夫よ」
ミラは引き出しの中から、それを引っ張り出して、自分の足に革のベルトを巻き、装着した。
(お父様もだいぶ渋られたけれど、無事用意していただけてよかったわ!)
そう、ミラの足には今、拳銃が装着されている。
拳銃を装着したミラを見て侍女がふらりと目眩を起こす。
(お父様には王太子の婚約者となったのだから、不審者に注意しないと不安だと言ってやっと手に入れられたけど……)
ミラはふっと不敵に笑う。
(私はもう呪いで二回も気を失っているわ……こうなったら最終手段よ!! これで脅して、なぜ私に呪いをかけるのか聞き出してやるわ!!)
※思考が暴走しているせいで、自分がとても残念なことをしようとしていることに気づいてません。
「お、お嬢様……?」
ミラの不吉な笑みに、侍女が引いている。
しかし本人はそんなことに気づく様子もなく、バルコニーへとスタスタと歩いて行った。
(風が気持ちいいわ。もう少しでライアン様がいらっしゃる時間ね)
ミラは脅して吐かせるという残念な計画を実行するため、今日ライアンを屋敷に招いていた。
バルコニーから屋敷の門を見ていると、ちょうど馬車が入ってきた。
そして屋敷の扉の前に停車すると、中からライアンとライアンの妹である皇女殿下が顔を出した。
「あら? 今日は皇女殿下もご一緒なのですね」
ミラの後ろから見ていた侍女が、ちょうどミラの考えていたことと同じことを呟く。
「そうね」
ふとライアンは上を見上げると、ミラに気づいたのか、満面の笑みを浮かべる。
その様子にまたぎゅっと心臓が締め付けられる。
(くっ……また呪いが…………以前は至近距離にならない限り大丈夫でしたのに……)
※本人は気づいておりませんが、以前よりさらに好きになっているせいで、より一層相手に過敏に反応しております。
ミラはぎゅっと手を握り込むと、拳銃を取り出した。
(今日は皇女殿下もいるから、まずは二人を引き剥がさないと……本番はそれからよ!)
「これを使う時がきたわね……」
「え!? お、お嬢様……ま、まさか……」
「何? どうしたの?」
「使うって一体どうするおつもりですか?」
「それはもちろん……」
ミラはライアンたちのほうを指で示す。
「お、落ち着いてください、お嬢様! 確かに兄妹仲はとても良いと評判のお二人ではありますが、兄妹ですよ? 決してミラお嬢様が警戒している(浮気なんて)ことはないかと思いますわ!……まさかミラお嬢様がこれほど王太子殿下への独占欲をお持ちだったなんて」
最後の小さく呟いた侍女の言葉はミラには届いていなかった。
「兄妹なのはもちろん知ってるわよ。でも(呪いを)はっきりさせないとダメでしょ? こういう時はちょっと怖い目を見てもらって全て洗いざらい話してもらわないと」
「ま、まさか本気で(皇女殿下を)やるおつもりですか?」
「ええ。こうなったら本気で(呪いのことを知るため、ライアン様を脅すことを)やるしかないわ!」
「お嬢様……申し訳ございません……」
「? どうしたの?」
侍女はすーっと大きく息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「誰か〜!!!! お嬢様がご乱心よ〜!!! 誰か来て止めてちょうだい!!!」
そう叫ぶと、侍女はミラに飛びついた。
「はっ! な、何!?」
ミラが焦っている間にも、次から次へと使用人が現れては、拳銃を握るミラにはっとして、みんながミラに飛びついた。
結局、あの騒ぎのあと、ミラは体調不良と伝えられ、ライアンたちは帰っていった。
そしてミラは部屋から出ないよう、部屋の外に使用人たちが交代で見張りにつくという事態になった。
「一体なんなのよ……せっかく今日であの呪いともおさらばできると思ってたのに……」
(確かに拳銃で脅すなんて、今思えばやり過ぎだったかもしれないけど、でも弾だって込めていないし……私の命がかかってるんだもの。ちょっと脅しに使うくらいいいじゃない)
※命は狙われておりませんし、弾が入ってないにしろ、拳銃で脅すことは一般的にちょっとの脅しでないことに残念ながら、本人は気づいておりません……
ガチャ
扉の開く音にミラがそちらに視線を向けると、心配気な表情の母親が中に入ってきた。
「お母様」
「ミラ、落ち着いた? 少し私とお話ししましょうか?」
「はい」
「ねぇ、ミラ、本当に拳銃を使おうとしていたの?」
とても悲し気な母親の表情に、ミラは居心地の悪さを感じながら、小さく頷いた。
「はい。でも弾は込めていませんわ」
「それでも皇族に拳銃を向けることが、どういうことかわかるでしょう?」
(それは……確かに反逆と取られても仕方ないわね。私少し冷静さを失っていたかもしれないわ……でも私の命がかかっているのだもの……)
ミラが黙り込むと、母親が優しく肩を抱きしめた。
「ミラ、どうしてそんなことをしようとしたのか、お母様に話してくれる?」
呪われているなどと母親に伝えれば、母親を心配させてしまうだろう。
でも一人で解決する良い方法が思い浮かばない……
ミラは意を決して母親に向き直る。
「わかりました……実は……」
ミラは呪いついて今までの出来事を母親に話した。
「……ということなのです。ですから拳銃を使って……」
「ちょっ、ちょっと待って、ミラ。あなた本気で言っているの……」
母親が頭を押さえながら、疲れた表情で話を遮った。
「このような時に嘘など申しませんわ」
(もう! せっかく話したのに、まさか疑われるなんて……)
ミラがぷくっと頬を膨らませ、母親を睨むと、母親が苦笑を浮かべてため息をついた。
「しっかりしている子だと思っていたけど、自分の感情についてはこれほど鈍かったのね……」
「鈍いってどういうことですか?」
「ミラ、それは呪いなんかではないわ」
「え? まさかお母様は心当たりがあるのですか? まさか病気?」
まさか母親がこの呪いを知っているとは思わなかった。
「ええ。そうね……病とも言えるかもしれないわ。それはねずばり!恋よ!」
「…………コイ?」
「ええ、恋」
ミラは何をふざけたことを言っているのだという目で母親を見つめる。
「お母様、ふざけないでください!」
「ふざけてないったら! ミラ、あなたの胸が締め付けられるのは、いつも王太子殿下といる時なのでしょう?」
「ええ、ですからライアン様が呪いかけていると……」
「そんな訳ないでしょう……胸が締め付けられたり、心臓がドキドキと早くなったり、ムズムズしたり、それはあなたが殿下に恋をしているからよ」
「そんなまさか……そ、それではお母様もこんな症状を体験したことがあるのですか!?」
ミラ驚いた表情に、母親がふっと笑う。
「ええ、そうよ」
「私は……ライアン様のことが……好き?」
ミラはライアンのことを思い浮かべる。
するといつもの胸の痛みと、ソワソワするような不思議な感覚がする。
(そっか……会っている時はドキドキしてしまうけど、会えない時は会いたくて、悲しくなってソワソワしてしまうのだわ……)
そう自覚した途端に顔が真っ赤になる。
そんなミラ様子を面白そうに母親が見つめる。
「お、お母様! この症状を治す方法はないのですか!?」
「ふふっ! それはもう慣れるしかないわよ!」
「慣れるって……そんな……こんな、こんな辛いのにですか?」
「大丈夫よ! きっと慣れるから」
母親はにっこり笑うと立ち上がる。
「よかったわ! これで婚約式も安心ね」
「婚約式……?」
「ええ、そうよ! 婚約はしたけれど、お披露目はまだだったでしょう? もうすぐ婚約式だから、ミラがあの状態では難しいかもと思っていたけれど、もう大丈夫ね!」
「あ、あの! お、お母様!!」
「しっかりおめかししないとね!」
「ま、待ってください!! お母様〜〜!!」
母親は楽しそうにウインクすると、ミラの呼び止める声に手を振って出ていってしまった。
〜〜〜Day 5〜〜〜
「ミラ、とっても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます……」
ライアンの優し気な笑みに、ミラは直視できず、すっと視線を逸らす。
そんなミラの様子にライアンは首を傾げると、ミラを覗き込むように顔を寄せる。
「ミラ、もしかして……やっと気づいてくれたのかな?」
「え?」
そのあまりの顔の近さに驚いたミラが、顔を赤く染め飛び退く。
ライアンはそんなミラの様子を嬉しそうに笑う。
「やっぱりそうなんだね? ずっと我慢してたんだ……堪えきれずキスしそうになったけど……ミラがしっかり自覚してくれるまでは急いで迫って逃げられたら嫌だなって」
「え? じ、自覚? 迫るって……いったい何を……?」
ミラが混乱している間に、ライアンはミラの手を取ると、ぎゅっと引き寄せる。
そして頬にチュッとキスをした。
「えっ……え!!!! ラ、ライアン様!?」
「やっとこうして近づけるよ。それに今日の婚約式では先日みたいなことが起こらないように、しっかり私の愛しい婚約者ということをアピールしないとね!」
(な、なんなのこの前までの比じゃないぐらい胸が痛いわ……私本当に耐えられるの!?)
「さぁ、ミラ、行こうか?」
婚約式の会場に向かうため、ライアンがミラに手を差し出す。
ミラがおずおずと手を重ねると、ぎゅっと引っ張られる。
そして腰を引き寄せられると、隙間を埋めるかのようにピッタリとくっつかれた。
「ラ、ライアン様! あ、あの近すぎではありませんか?……その……あまり近すぎると歩きにくくありません?」
少しでも平静を保つため、ライアンから離れようとするが、ライアンはそれを許さないとでもいうように、さらに強くホールドされてしまう。
「これくらい大丈夫さ! 私たちは深く愛し合っていて、誰にもつけ入る余地はないということを見せつけなければね」
実に良い笑顔で告げたライアンは、恥ずかしくて俯いたミラに優しげに微笑みかける。
「ミラ、こっちを向いて?」
「?……はい?」
ミラが顔を上げると、ふわっと唇に触れられる。
一瞬驚いて固まるミラだが、自分が今キスされたのだと自覚すると、一気に全身を真っ赤に染めた。
「ラ、ラ、ライアン様……」
「ミラは可愛いね! 我慢できなかった。ごめんね……さぁ行こう!」
あまりの衝撃に硬直したミラを引っ張りながらライアンは会場へと向かう。
(う……こんなの耐えられる気がしませんわ……こんな恋どうすればいいのですか!?)
ミラは心の中で絶叫した。
だが彼女はまだ知らない……
まだまだこれから先、もっと溺愛されることを……
※その後、歴史に残るほど仲の良い国王夫婦として末長く幸せに暮らしたそうです。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただけらのなら、幸いです!