債権回収させていただきますわ
次にアリスが手を付けたのは金融ビジネスだった。アルノー家資本のアルノー銀行は元々巨大銀行だったが、今や大赤字で資金繰りに窮しており、潰れる寸前だった。倫理観の低い担当者たちが、先代当主が亡くなった後の混乱に乗じて、賄賂を見返りに顧客の借金の返済を無期限で延期したからである。返済期限がないのをいいことに顧客の多くが金利の支払いさえ延滞していた。真っ当な担保すらない貸し出しも多かった。
「このままではアルノー銀行は倒産です。今年の冬を越せるかどうか……」
屋敷のメイド、エマが窓の拭き掃除をするアリスの横で、ぼそぼそと独り言を呟いていた。アリスは少し考えてからエマに向かって言った。
「いっそ潰してしまってはいかがでしょうか?」
「えっ?」
「段取りについては、私にお任せいただけますか?」
「あ、はい……」
エマは自分の担当からアルノー銀行が消えたことで胸をなでおろした。
それからしばらくしたある日、アリスはバラチエ金融の代表に会いに来ていた。バラチエ金融と言えば、ほとんど闇金融と呼んで差し支えないような、暴利を貪る悪徳金融業者であり、その取り立ては相手の弱みを全て調べ上げた上で情け容赦なく行うことで知られていた。代表は葉巻をふかしながら白のスーツを着て革張りの椅子にふんぞり返っていた。
「没落貴族のアルノー家様が一体俺らになんの用だ?」
「我々アルノー銀行が大量の不良債権を抱えていることはご存じでしょうか……?現在その額五千億ルークにもなります」
「ああーあんたらみたいな馬鹿みたいな貸し方してたらそりゃあそうなるわなぁ。イッヒッヒ」
「実はその不良債権を買い取っていただきたいのです」
バラチエ金融の代表者は大声で怒鳴った。
「ああ?馬鹿言ってんじゃねぇぞ?誰がそんな面倒なことするかってんだ」
「そうですか、お手間を取らせて大変失礼しました」
アリスは手帳を閉じて、席を立った。
「シャルル様からは全ての債権を額面の一%の金額でお譲りしたいとの話だったのですが……」
ガタッと音を立て、バラチエ金融の代表は慌てた様子で立ち上がった。
「おい、ちょっと待て、額面の一%ってのは本当かッ?」
「ええ。本当ですわ」
「その話乗った!!」
「それでは、こちらにサインをお願いいたします。来年一月一日時点での全債権を額面の一%の金額でお譲りいたしますわ」
(アルノー銀行倒産のお知らせ:
アルノー銀行倒産に伴い、来年一月一日時点でアルノー銀行が保有する債権は、全てバラチエ金融に移管いたします。金利及び返済期限は全て移管先の基準に従うこととします。)
そのアルノー銀行の告知に国中は大騒ぎになった。バラチエ金融に借金が移管されたら、どんな手を使って弱みを握られてゆすられ、暴利を貪られるか分からない。アルノー銀行から借り入れをしていた人々や業者は戦々恐々とした。
「年内になんとか返済しないとやばいぞ!」
アルノー銀行には借金の返済が殺到した。その年の末までに、九十五%の焦げ付いていた債権が長年積もりに積もった利子付きで回収された。アルノー銀行は翌年一月一日に残りの不良債権をバラチエ金融に移管し、倒産の告知を撤回した。アルノー銀行はこの債権の回収によって莫大な利益を上げ、金融業は再び成功の軌道に乗った。
***
「イッヒッヒ。こりゃあいい。天下のバラチエ様が一本取られるとはな。結局移管されたのは僅かばかり残った、一ルークにもならないクソみたいな正真正銘の不良債権だけときたもんだ」
アリスはその日バラチエ金融の代表に会いに来ていて、移管債権の最終報告書を手渡すところだった。
「全てあんたの考えたことなのかい?それとも誰かの入れ知恵か?偶然にしちゃあ出来過ぎてる」
「何のことか……私には分かりませんわ」
バラチエ金融の代表は葉巻を吹かしながら言った。
「勘違いするなよ、別に俺は怒ってなんかいない。ここ何十年も出し抜かれることなんてなかったもんだから、逆に嬉しいんだよ。是非担当者を引き抜きたいと思ってね。あんた、今いくらもらってる?年俸三千万ルークでどうだ?」
「とてもありがたいお話ですが、残念ながら興味はございませんわ」
バラチエ金融の代表は、ガタッと椅子から立ち上がった。
「ますます気に入った!何か俺に手伝ってやれることがあったら言ってくれ。あんた、名前はなんて言うんだ」
アリスは席を立って、その場を後にしようとするところだった。
「私ですか……?名乗るほどの者ではございませんが……」
アリスは振り向いて言った。
「アリス・エマール。しがない使用人ですわ」