しがない使用人ですわ
ドミニクは典型的な「お前の物は俺の物」というタイプの人間である。自分がただの一小作人程度で終わる人物のはずがないと思っていた。アルノー家先代当主が亡くなってすぐの混乱期は、そんなドミニクにとって一世一代のチャンスだった。
屋敷の人間たちが当主が亡くなって右往左往としている間に、ドミニクは元々小作人を束ね、屋敷への納品前の、全体の収穫を集める役割をしていた善良な男を脅して追い出すと、ちゃっかりと自分がその椅子に収まった。
その後、血の気の多い悪友たちでさらに細分化された二次、三次の収穫窓口を抑え、ドミニク自らを頂点とする小作人ピラミッドを築くと、あとはやりたい放題になった。
屋敷側へ納品される作物は毎年激減していった。自然に減少するにはどう考えてもおかしい量だったが、一体どこで中抜きされているか屋敷の人間には全く分からなかった。あるのはドミニク経由で上がってくる嘘の報告書だけである。
「今月は北部の長雨の影響で、昨年の二割しか収穫がありませんでした」
「昨年植えた苗の発育が悪いため、来月の納品は壊滅的でしょう」
事情を知らない末端の小作人たちも、ドミニクに「この通り言わないと年貢が上がる」と脅されて口裏を合わせられていたため、屋敷の人間が事実を知る手段はもはやなかった。
ドミニクはいたるところで大量にピンハネしながらも、自分はもっと分け前をもらうべきだと主張して、さらに屋敷への納品量をカットするために、小作人の納品ボイコットをちらつかせては屋敷側に脅しをかけていた。屋敷の人間で、頭の切れるドミニクの狡猾なやり口に、面と向かって対抗できる者は誰もいなかった。
レストランでアリスがドミニクに追い返されてからしばらくして、屋敷で農場の小作人たちに関する会議があった。アルノー家のメイドや執事たちが全員出席する会議である。
「アリス、僕は寝たきりの身。どうか僕の代理として会議に出てくれないかい?」
「分かりました。シャルル様が仰せとあらば」
会議では、執事たちが小作人に対して怒りを露にしていた。
「あのクズども!全員クビにしてやる!」
しかし、数多くの小作人たちが仕事を止めてしまったら、収入が一時的にでもゼロになってしまう。そうしたら本当にアルノー家はおしまいだった。皆興奮して小作人、特にドミニクに対する怒りを述べていた。アリスがおもむろに手を挙げて言った。
「あの、ドミニクさんの要求するものを全面的に飲んではいかがでしょうか……?」
一瞬その場はシーンと静まった。すぐ次の瞬間、アリスに反対する意見でその場が盛り上がった。
「これだから新しい人は!クソみたいな奴等のことが全然分かってない!」
アリスは会議が終わろうとする時、書記を務めていたメイドのエマに囁いた。
「会議のメモはしっかりと取っておいていただけますか。私が小作人に肩入れしたことも」
数日が経って、アリスはドミニクに以前会った時と同じ店へと呼び出された。ドミニクは相変わらずテーブルに足を放り出しながら、美女をはべらせて飲んだくれていた。
「お前さん、少しは骨があるみてぇだな。こないだは悪かったよ」
「何かあったのですか?」
「まぁ、俺の情報網を甘く見るな、とだけ言っておこうか」
「分かりました……」
「あんたみたいな人を探していたんだよ」
「あの、屋敷の人間はみなドミニクさんに反対しています。このままではよくないと思うんです」
ドミニクは相手を見定めるように聞いた。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「アルノー家は、今少しでも収入が途絶えれば耐えられません。来月の収穫の時、少し騒ぎを起こしてみてください。それで皆静かになるはずなんです」
「騒ぎ……?」
「ちょっとした反抗ですよ。例えば、納める予定の物を、ほんの少し燃やしたりとか。そのくらいでいいんです。それですぐに屋敷はびっくりして折れるはずです。収入が途絶えたら終わりですから。ほんの少し脅しをかければいいんです」
「あんた、頭が切れるじゃねぇか」
翌月、収穫が終わって納品の時期、アルノー家へ納品予定だった作物の一部が突如燃え上がった。屋敷側に脅しをかけるのが目的だったから、本当はわずかな騒ぎでドミニクは終わるつもりだったが、ドミニクの悪友である小作人仲間たちが盛り上がってしまった。
昔ワルだった頃の血が騒ぎ出すと歯止めが利かなくなるのが、ドミニクと自称愉快な仲間たちの悪い癖だった。彼らは暴れまわり、一部の調子に乗った小作人たちは勢いに任せてアルノー家の倉庫から略奪を働いた。
彼らが我が物顔ではしゃぎまわっていると、突如国の治安維持部隊に包囲された。
「お前たちを逮捕する」
ドミニクをはじめ、農場の小作人側代表として穀物を回収し上前をはねていた者たち――つまりドミニク一味は全員が逮捕された。ドミニクはなぜ治安維持部隊がこんなにすぐにやってきたのか疑問だったが、ふとある考えに思い当たった。
(あのクソアマ!俺たちをハメやがった!!)
ドミニクとその仲間たちである上前をはねる悪質な小作人がいなくなったことで、アルノー家の農業収入は翌月に五十%も増えた。翌々月にはさらに二倍になった。
アリスはある日、拘置所にドミニクとの面会に来た。ドミニクはたくさんの余罪が見つかり、拘置所にいる間に何度も追起訴されていた。ガラス越しの向こう側にアリスが現れるとドミニクはいきり立った。
「このアマ!どの面下げて来やがった!ここから出たらただじゃおかねぇからな!」
「何のことか……分かりませんわ。今日は業務連絡でうかがっただけなのですけれど」
「俺には分かってんだ!」
ドミニクは床をどんどんと踏み鳴らした。
「こちらが、アルノー家からの解雇通知書になります。こちらはレストランからのツケの請求書になりますわ。それから、ドミニク様がアルノー家にもたらした損害賠償お支払いのための資産差し押さえ通知書……。あ、念のためですが、自己破産の申請書も付けておきますわね。それからこちらが差し入れのバナナです」
ドミニクは頭に血が上っていき、今にも爆発しそうだった。
「あ、それと……皆さんが逮捕されてしまった日ですが、『ドミニク』の名前で治安維持部隊に通報があったそうですね。ドミニクさんは、悪事を見過ごせないとても正義感の強い御方ですのね。ただ拘置所にいる他のご友人たちは、それを人づてに聞いて知って、騙された!あの裏切り者め!と大層お怒りになっていましたわ。とても物騒な言葉を並べておりました。埋めるとか、沈めるとか……。どうぞ夜道にはお気を付けくださいね。無事にここから出られた後の話ですけれど」
ドミニクはその角ばった顔に驚愕の表情を浮かべた。
「なんだって?!」
ドミニクは、頭に上っていた血が急速に引いていくのを感じていた。
(あの血の気の多い馬鹿たちは、金のない俺が何を言ってももう聞かないだろう)
ドミニクは急に拘置所から出たくなくなった。ドミニクは青い顔をしてうな垂れた。
「お邪魔しましたわ。それでは私はこれで」
アリスはその部屋を後にしようと、席を立って後ろを向いた。
「……俺の負けだよ。完全敗北だ。あんた、アリスとか言ったな。一体何者なんだ……」
「私……ですか?名乗るほどの者ではございませんが……」
アリスはドミニクの方を振り向くと、にっこりとほほ笑んだ。
「アリス・エマール。しがない使用人ですわ」