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シャルル・アルノーとの出会い

「ゲホゲホ……君がアリスかい?とても素敵な方だって聞いて楽しみにしていたんだ。住み込みで働いてくれるなんて本当かい?あまりお金は出せないけれど……」


 アリスはオベール家当主の紹介でシャルル・アルノーの寝室に来ていた。シャルルの寝室はシンプルで、昔訪れたバシュラール家の寝室とは違い、質素な家具と最低限の装飾品で飾られており、静かで心が落ち着くような空気が漂っていた。


 アルノー家の屋敷は綺麗に掃除されていたが、ところどころ傷んでいた。家に元々いた大勢の人々はアルノー家の没落に従って一人、また一人といなくなり、今や三人のメイドと三人の執事がいて、農場や財産、その他ビジネスの管理に当たっているだけだった。彼らはビジネスの専門家からは程遠かった。


「はい、これから精一杯頑張りますので、何卒宜しくお願い致します」


 アリスはシャルルに会うのは初めてだったが、すぐに親近感を覚えた。病気で伏せっている姿は父親のルイと重なるものがあった。難病により頬は瘦せこけていたが、きっと病気から回復すれば、この上なくハンサムなのだろうと感じる顔立ちをしていた。鼻は高く眉はしっかりとしていて、肩ほどまで伸びたチャコールグレーの髪の毛の合間に見えるブラウンの瞳は、澄んだ赤メノウのように美しく優しかった。


「どうぞ末永くよろしくね、アリス」


 シャルルはにっこりとほほ笑み、その手でアリスの手を握った。元気な頃の凛々しいシャルルの姿を妄想していたアリスはふと我に返った。骨と皮だけになったやせ細った腕がシャルルの袖の隙間から見えたが、その握手は力強かった。シャルルの手は温かく、アリスは鼓動が速まって全身の血が顔に上ってくるのを感じていた。


「あ、は、はい……!」


 アリスはアルノー家について調べ上げていた。この国随一の名家だったアルノー家は、先代当主が亡くなったことによって急速に没落した。先代当主が事故で急逝した際、当主を引き継いだ一人息子のシャルルは、原因不明の病気で生死の境を彷徨っていた。そこで指揮系統に約半年の空白と混乱が生まれ、アルノー家をこれまで支えてきた事業担当者たちのモラルが低下した。それぞれの担当者は自らの利益を優先し、それまであったアルノー家の膨大な資産を凄まじい勢いで食い潰していった。


 アルノー家の先代当主は家業の会計を一人で仕切っていたため、亡くなった後は会計担当者がおらず、帳簿の書き換えが横行した。一部の関係者は勝手に自分の担当事業の予算を増やしたり、さらには自分自身にボーナスを配り始める者もいた。金融業の担当者たちは裏で賄賂をもらい、自分の関係先に有利になるように資金を融通した。次第に他の各事業担当者たちもやりたい放題に振舞うようになり、屋敷の収入は激減した。


 結果として屋敷へと入ってくるお金がなくなり、シャルル・アルノーが目を覚ました時には、父親の代から仕えていた人間はその多くが不正を働いた後に屋敷を去っていて、すでにアルノー家は没落の一途を辿っていた。死の淵から生還したものの、床に伏せっているシャルルには、もはやこの状況を知ってもどうすることもできなかった。


 アリスは仕事を開始してからというもの、屋敷の誰よりも真面目に働いた。シャルルの信任を得るまでにほとんど時間はかからなかった。


「アリス、君は働き過ぎていないかい?僕には君に報いるお金がないんだ」

「いいんです。シャルル様。父と私が生きていけるお金をいただけるだけで幸せです」


 アリスは、先代当主が亡くなった後のアルノー家における停滞する家業の中で、特に影響が大きいのはどの事業なのか分析をした。影響力の大きいものの一つは、小作人が強い交渉力を持って好き放題しており、アルノー家が保有する広大な農場からの収入が激減している、ということであった。アリスは、ある日シャルルの代わりとして小作人の代表者に会いに行くことになった。その年の納品に関する相談だった。


「ごめんねアリス、僕は動けないから代わりにアリスに行って来てほしいんだ。わざわざ僕のところに来てもらうのも申し訳ないから」


 小作人の代表、ドミニクは街のアルノー家の資本で運営しているレストランで飲んだくれていた。角ばったいかつい顔に、太い眉、でっぷりと太ったいい体格をしていて、似合わない成金趣味の服を着た、清潔感ゼロの男だった。


 アリスが店に着いたとき、ドミニクは同席していた露出度の高い服を着た綺麗な女性たちに豪勢な食事や飲み物を振舞って大騒ぎしていた。


「あの……ドミニクさんですか?シャルル様の代理として参りました」


 アリスはドミニクのテーブルに近づくと、恐る恐る声をかけた。ドミニクはチラリとアリスの方を見たが、すぐにまた女性たちへと向き直って話し込んでいた。


「あの……」

「ああ……?うるせぇなぁ」


 ドミニクと同席していた女性たちは、アリスの方を見るとクスクスと笑った。


「ドミニクさん、小作人の方々からの納品物についてご相談があるのですが」

「なんだってぇ?」


 ドミニクは面倒臭そうに言った。


「またアルノー家への納品分の削減について求められていらっしゃるとか」

「ああ、そりゃそうだろ。俺が全部小作人から回収してるんだ。俺がもらわなくてどうするんだよ」


 ドミニクは椅子にのけぞり足をテーブルの上に放り出しながら言った。同じテーブルの女性たちは、あざけるような目でアリスを見ながら、またクスクスと笑っていた。


「安心してください。私は小作人の方々の味方ですわ」

「へぇ、じゃあとりあえず帰んな。楽しんでる時に邪魔なんだよなぁ」

「はぁ、分かりました」


 アリスは一礼すると、その日はそれで屋敷へと戻った。アリスは、好物の牛乳を飲みながら物思いに耽っていた。


(私は確かに小作人の方々の味方ですわ、ただし善良な方々の、ね)

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