しがない使用人ですわ
本日二回目の更新です。
シャルルとアリスは、船の甲板に並んで立ちながら夜空を見上げていた。
「間もなく夜が明けますね」
東の空の色が、漆黒から変わり始めていた。
「ああ、夜が明ければゲームセットだね」
「久しぶりのカジノ、中々楽しかったですわ。前回はまだシャルル様は車いすでしたよね」
「おかげさまですっかり元気になったから、今回はみんなで楽しめてよかったよ」
「うふふ、そうですね。色々な意味で」
アリスはチップを手に取ると、月明りの下に掲げた。まだ周囲は暗かったが、青みがかったチップであることが分かる。
「あとでエマさんに返さないと」
シャルルはアリスの持つチップを見ると、にっこりと笑って言った。
「タカシ・ヨシダさんの、やおよろずの神々への願いが通じたかな?」
「きっとそうですわ」
「……ねぇアリス、ジパングの神様と、ディアマリア王国の神様はどうして違うと思う?」
アリスは、少し考えてから言った。
「……神様がその土地の人々の願いが生み出したもの……だからでしょうか?」
「いい答えだね。じゃあこれは、一体誰が作ったんだろう?」
シャルルは空を見上げ、大きく両手を開いた。夜空には月と、瞬く無数の星々があった。
「とても綺麗ですわ」
(……ええ、神様の存在を信じるには十分過ぎるくらいに)
二人はしばらくの間星空を見上げた後、互いに向き合った。シャルルはゆっくりとアリスに近づき、彼女の頬に優しく触れた。シャルルの手の温もりがアリスの頬を温めると、彼女の身体全体がその感触に反応し、その鼓動が早まった。シャルルがアリスに微笑むと、アリスはシャルルに微笑み返した。シャルルの唇がそっとアリスの唇に触れた。
「さぁ、行こうか。宴の時間だ」
***
カジノフロアでは、ゲーム終了の鐘が鳴ったところだった。フロア中のVIP達はその鐘の音を聞くなり、歯噛みして悔しがった。ディーラー達はその手を止め、間もなく係員がやってくるとVIP達は全員ステージの前に誘導された。これから結果発表が始まるのだ。ステージ上には、厳重な警備の元、強化ガラスに守られた「ムーンセレナーデ」が再びその姿を現し青く輝いていた。
ステージの上にクルーズディレクターのダニエル・モリスが立ち、カジノフロアの音響が止まると、皆の注目が一斉に彼の言葉に集まった。
「皆様、今晩はお楽しみいただけましたでしょうか?残念ながらブルーチップを手に入れられなかった方々は、さぞ悔しい思いをされていらっしゃるのではないでしょうか。しかしながら、もし誰も手に入れられていなかったのであれば、参加料の三億ルークはお戻しした上、また次回のクルーズでそのチャンスがございます」
(もちろん誰も手に入れていない訳だが)
ダニエルは心の中でほくそ笑んだ。
「一つ申し上げておきましょう。ゲームの時間中、ブルーチップを手に入れた、という報告は、残念ながら我々に届いておりません」
(……おおっ!)
VIP達から歓喜のどよめきが巻き起こった。ダニエルは思った。
(また次回大金巻き上げられるのに、馬鹿みたいに喜んで大層お気楽なもんだな)
「しかしながら、ルール上『ムーンセレナーデ』を手に入れるのは『ブルーチップを本日の明朝、日の出の瞬間に所持していた方』です。もしかすると、手に入れてからまだ報告されていない、あるいは時間ギリギリで手に入れた方もいらっしゃるかもしれません」
ダニエルは心の中でVIP達を見下しながら笑っていた。
「さぁ、この中にブルーチップをお持ちの方がいらっしゃいましたら、どうぞお申し出くださいませ!」
カジノフロアは一瞬静寂に包まれた。
「いらっしゃいませんか……?」
その時、後ろの方から女性の声が上がった。
「はーい、持っています!」
(……はぁ?)
その女性はVIP達の合間を抜け、ステージの前まで出てきた。ダニエルはその女性に見覚えがあった。スロットマシーンのコーナーにいた、あの貴婦人だった。
「ステージに上がってもよろしいですか?」
「あ……は、はぁ……」
(いや……そんなことあるはずがないんだ)
ダニエルは何が起きたのかよく分からなかった。念のためジャックポットのガラスの球体をチラリと見上げた。そこにはチップがギッシリと詰まっている。それは誰もジャックポットを当てていないということを意味していた。
(よかった。やはり何かの間違いだ)
「ええと……それでブルーチップはどこにあるんです?」
貴婦人はステージに上がると、ダニエルに一礼し、青いチップを取り出して見せた。
「こちらに」
(ドクン……)
ダニエルはそれを見ると、心臓が脈打ち、目の前がぐるぐると回りだした。確かにブルーチップに見える。貴婦人は混乱するダニエルを後目にVIP達の方を向き、ブルーチップを高々と掲げた。
(おおおおお……!!)
VIP達は一時ざわついていたが、次第に収まるとどこからともなくパチパチと拍手が鳴り始め、やがて歓声に変わった。
(おめでとう……!おめでとう……!!)
ダニエルは呆然としながらも、司会を続けざるを得なかった。
「貴女のお…お名前を……」
ダニエルは貴婦人へと震える手でマイクを向けた。
(おい……あの女誰だ?知ってる?)
(うーん、どこかで見たことのある顔だぞ……思い出した!確か昔新聞で読んだんだ。ディアマリア王国のカジノで全財産を一点賭けしたっていう……)
「名乗るほどの者ではございませんが……」
貴婦人は、恥ずかしそうにマイクに向かって言った。
「私の名前はエマ。アルノー家の、しがない使用人ですわ」
次回、アリスの立てた作戦の舞台裏が明らかになります。




