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消失

 夜明けが近づきゲームも終盤を迎え、カジノフロアはさらなる盛り上がりを見せていた。先ほどのアレクサンダーほどとはいかないまでも、皆ベット額を増やしギャンブルに興じては一喜一憂していた。もちろんまだ誰もジャックポットを当てていない。


 一方で、軍資金が尽きて諦めたのか、フロアの休憩用のテーブルで休んでいるVIPの姿も目立ち始めた。


(あそこにいるのはメディア王ソフィア・ゴンザレス……高額ベットを続けていた彼女もついに諦めたか。ヨシダ商会の副会長タカシ・ヨシダはまだテーブルゲームのルール本を読んでいやがる。おいおい、そろそろタイムオーバーだぞ?最後にスパートをかけるつもりか?……ディアマリア王国の筆頭名家アルノー家当主、シャルル・アルノーもどうやら諦めたようだな。夫人と一緒にうなだれている)


 心配性のクルーズディレクターであるダニエル・モリスはカジノフロアの巡回ついでに度々ガラスの球体を見に行ったが、その度に安心した。ブルーチップは見えない。しかし、イザベラ・アルメイダは一向に見つからなかった。


(気分転換に外の空気でも吸いにいくか)


 ダニエルは船の甲板に出た。僅かに夜空が明るくなりかけている。あと一時間もすれば夜明け、すなわちゲームの終了である。ダニエルはタバコをふかしながら今日の出来事を思い返した。


(いやー愉快愉快。これほどうまくいこうとは。どんなカジノも叩き出したことのない売上をたったの一晩で)


 ダニエルは緊張が解け、頬が緩んだ。その時、ふと思い付いたことがあった。


(そういえばイザベラの客室にはまだ行っていなかったな。念のため行ってみるか。もう割とどうでもいいことではあるが)


 ダニエルは客室フロアのVIPエリアへ入ると、イザベラの客室のドアをノックした。


「イザベラ様、いらっしゃいますか?クルーズディレクターのダニエルでございます」


 客室の奥で物音がしたかと思うと、ガチャリとドアが開いた。


「こんな時間に何の用ですか……あなた方は礼儀というものが分かっていらっしゃらないのね」


 頭にスカーフを巻いたイザベラが出てきた。


(なるほど、部屋でずっと休んでいたというわけか。どうりで見つからないわけだ)


「ああ、お休み中でしたか。大変申し訳ございません。実は先ほどの件でお話がありまして」

「……先ほどの件?」

「ええ、イザベラ様がカジノフロアの係員にお話しされた件です」

「……はぁ?何の話よ」


(話が嚙み合わないな……)


「ええと……ですから、係員にスロットマシーンの件でお話しされたと聞きまして」

「は?そんなことはいいからさっさと参加料の三億ルーク返しなさいよ」

「はい?」

「あんなゲームをやるなんて聞いてなかったわ」


 ダニエルは訳が分からなくなってきた。


「その、イザベラ様はいつから客室に?」

「あなたの馬鹿げたゲームのアナウンスがあってすぐよ!」

「……では、カジノフロアにはいらっしゃらなかった?」

「当たり前じゃない。すぐに出て行ったわ。で、参加料の三億ルークはいつ返してくれるのよ」


(なんと、ブルーチップを見たのはイザベラ・アルメイダではなかったのか……!!)


「これはこれは、大変失礼をいたしました。クルーズ終了後すぐイザベラ様の口座にお振込みいたしますので今しばらくのご辛抱を……」

「フン、慰謝料も払ってもらいたいぐらいだわ」


 ダニエルはそそくさとカジノフロアに戻ると、例の係員を捕まえて言った。


「おい、ちょっと話したいことがある。ディレクタールームまで来い。さっきのボーナスもそこでやるから」

「は、はい……」


 ダニエルと係員はディレクタールームに戻ると、ダニエルは興奮した様子で係員に話した。


「例のスカーフを頭に巻いたお客様だがな、イザベラ・アルメイダではなかったんだ」

「……ええっ?そうなのですか?」

「ああ、恐らくスカーフは一時的に巻いていたものだろう。顔をなんとか思い出すんだ。顔で探せ」

「しかし……あまり記憶が」


 その時、ディレクタールームのドアがノックされた。ダニエルは慌てて懐から折りたたまれた二十枚ほどの一万ルーク札の束を取り出すと、係員に握らせた。


「もうゲーム終了間近だから見つからなくても大したことはない。だが僅かなリスクでも潰しておきたいんだ。分かるな?」


 もう一人の係員がドアを開けて入ってきた。


「ディレクター、定期報告にまいりました!」


 ダニエルは札を握らせた係員に小声で言った。


「ほら、行け!」


 渡されたお札の束を握った係員は、額の汗を拭うと小走りでディレクタールームから出て行った。部屋に入って来たばかりの、定期報告の係員が言った。


「ディレクター、先ほどの十五分は今晩最高クラスの売上です!」

「おお!それは何よりだ!残り時間は?」

「あと三十分といったところでしょうか」


(残り三十分はさらに売上が見込めるだろう)


 ダニエルはほくそ笑んだ。


「ところでディレクター」

「ん、なんだ?」

「さっきの人、誰です?」

「ああ……誰って、係員だ。あいつは優秀だ。見込みがある。次の査定は上げてやってくれよ」

「……この船の係員ですか?私は見たことありませんが」


(……えっ?)


 ダニエルは立ち上がると急いでディレクタールームのドアを開けた。そこには左右に長い廊下が見えるだけだった。


 先ほどの係員は、煙のように消えていた。

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