安心してください、見えてませんよ
本日二回目の更新です。
ダニエルは状況が飲み込めずポカンとしている係員に向かって言った。
「よし、急ぐぞ」
「急ぐって何をでしょう……?」
「このマヌケ!あの見えちまってるブルーチップを隠すんだよ!ああーせっかくの売上がもったいない」
時は金なり、とはこの時のための言葉だったのだとダニエルは思った。ダニエルは急いで梯子を取りに行った。
「おい、ぼーっとしてないで手伝え!」
「あの、もしかして梯子であそこに上って二人であの球体を外すんですか?」
「ああ、その通りだ」
「そんな無茶な!物凄く重そうに見えますが」
「やってみなきゃ分からんだろう?普段は四人がかりだが、一人で二人分の力を出せば大丈夫だ」
二人は梯子で球体横の足場へと上った。まずダニエルが球体の上によじ登り、スロットマシーンから繋がっている上部の大きな管を外した。その後二人で球体を支える金属の留め金を外していった。
「よし、後は二人で球体を持ち上げれば、ジャックポットの時にしか開くことのない下の管からも外れて移動できるはずだ。せーの、で持ち上げて移動させ、一旦球体を足場に下ろすぞ。そこで中身を出してブルーチップを見えない位置に入れ直すんだ」
二人は息を合わせて言った。
「せーのっ!」
球体は数センチ持ち上がったものの不十分で、また元の場所に戻った。
(クソ……思ったより重いな)
VIP達のプレイによりかなりの数のチップが溜まっていたため、球体は相当重くなっていた。しかし、三十分という残り時間は刻一刻と短くなっていく。
「よし、もう一度だ。歯を食いしばれよ!せーのっ!」
先ほどよりも高く球体が持ち上がり、二人はチップの詰まった球体が下の管にはまった金具から完全に外れるのを感じた。しかしその瞬間、二人はバランスを崩し、球体は真っ逆さまになってフロアへと落ちていった。
(しまった……!)
逆さまになった球体は下を向いた穴から色とりどりの大量のチップを周囲にまき散らし、ゴッ、という鈍い音と共にフロアに着地した。どうやら割れずに無事だったようだ。
(丈夫なガラスで助かった……!)
「よし、急いで降りてブルーチップを探すぞ!」
「はい!」
係員は急いで飛び降りるように梯子を降りると、めちゃくちゃに散らばったチップをかき集めつつ、ブルーチップを探し始めた。ダニエルもそれに続いて梯子を降りた。ブルーチップはさほどの苦労もなく、割とすぐに見つかった。
(よし、これだな)
ダニエルは床に散らばったチップの山の中から青いチップを見つけると、急いでポケットに入れた。急造のチップだったこともあり、他のチップと激しくこすれたからか色合いが変わり塗装が剥げてきていた。だがそんなことはどうでもよかった。作業を早く終えねば。二人は続いてほとんど空っぽのガラスの球体を再び持ち上げて梯子を上り、元の場所に設置した。
その後二人は集めたチップをかごに入れて足場にあがると、まずかき集めた半分ほどのチップを球体に流し込み、ダニエルが中心部分に青いチップを落とし、その上から残りのチップを被せるように流し込んだ。
「どうだ、ブルーチップは外から見えるか?」
「いえ、誰にも見えないかと思います」
(よっしゃー!)
ダニエルはガッツポーズした。三十分ゲームを止めた甲斐があった。ダニエルは慎重に上部の管を球体に繋げた。どこからどう見ても先ほどと全く変わりない。ブルーチップが見えなくなったことを除いては。
ダニエルと係員は梯子を急いで片付けると、汗を拭った。
「おつかれさん。よくやった。お前にはあとでボーナスをやろう」
「それはありがたいのですがディレクター、例の取っ手の取れたマシーンの修理はしなくても?」
(しまった……!忘れてた!!)
「残り何分だ?」
「あと……二分です」
「急げ!ドライバーは持っているな?とりあえずネジで繋いでおくんだ!」
「は、はい!」
係員は問題のスロットマシーンの前に立つと、手際よく作業を始めた。ダニエルは時計を見た。残り三十秒。
「ディレクター、で、できました!これで問題なくプレイできるはずです」
「よくやった!ボーナス二倍!」
そうディレクターが言った瞬間、ガチャリと鍵の開く音がしてぞろぞろとVIPや係員、警備員たちが戻ってきた。人々が三十分前の持ち場に戻ると、ステージの上からダニエルが言った。
「皆さま、大変お待たせいたしました!ゲームを再開いたします!」
うおおおお、という歓声とともに、先ほどの興奮のままカジノは再開した。ダニエルはホッと胸をなでおろすと、満足気に上空の球体を眺めた。ブルーチップは見えない。
「よし、またイザベラ・アルメイダを探すとしようか。念のためだ」
ダニエルはすっかり余裕を取り戻していた。もうイザベラにかける言葉は決まっていた。
(先ほどのは見間違えですよ……)




