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イザベラ・アルメイダ

本日二回目の更新です

 クルーズディレクターのダニエル・モリスは、カジノフロアの隣りにあるディレクタールームで十五分置きに報告を受けていた。ダニエルが想像していた以上の金額が飛び交い、カジノの利益が積み上がっていく様子に興奮が止まらなかった。


 さすがにマーチンゲール法を用いてディーラーの持ちチップを根こそぎ奪っていくホテル王・アレクサンダーの報告を聞いた時は肝を冷やしたが、カジノ側勝利の結果に胸をなでおろした。あの悲劇を見れば、もう同じことをしようとする馬鹿は現れないだろう。


「警備に手抜かりはないだろうな?」

「はい!興奮したアレクサンダー氏は警備の者達によってすぐに連れて行かれ、氏の部屋に軟禁状態です」

「よろしい。フロアに戻りなさい。また十五分後に報告を」


(大量の係員と警備員をこの日のために新規で用意しておいて良かった。コストなど関係ない。これは金の成る木だ……それもとんでもないレベルの)


 ダニエルはほくそ笑んだ。ここまで自分の書いた筋書き以上に上手くいっている。まさかブルーチップがジャックポットに詰まったチップの奥底に隠れているとはそうそう思い付かないだろう。そしてジャックポットはあり得ないほどの低確率に設定されている。実質手に入れるのは不可能、ということだ。


 誓約書にも虚偽はない。今回のクルーズ終了後に、万が一「ジャックポットにブルーチップがあったのではないか」「それは卑怯だ」という噂が広まったとしても、次回は別の場所に隠して「スロットマシーンのジャックポットにブルーチップはありません」と誓約書に書けばいい。


 これはカジノを舞台にした壮大な宝探しなのだ。


 一回で終わらせてなるものか、これを定期イベントにして世界中の金持ちから根こそぎ金を奪うのだ。そして「ムーンセレナーデ」にはそれを可能にするだけの引力がある――。


 ダニエルが思わず一人で声をあげて高笑いをしていると、先ほどとは別の黒縁メガネをかけた真面目そうな係員が、ノックもせずにディレクタールームへと入ってきた。


「ディレクター、ちょっと急ぎご報告がありまして」

「ん?なんだお前、定期報告に来るのとは別の奴だな。一体どうしたんだ?」

「ブルーチップを見たというお客様がいらっしゃいまして……」

「……なんだって?そんなことあるはずが……コホン。何かの見間違いじゃあないのか?」


 大きな球体の上の管を取り外し、そこからブルーチップを落としてチップの山の中に隠したのは他ならぬダニエル本人である。ダニエル以外、他の者は誰一人としてブルーチップがどこにあるのか知らない。そして、ダニエルはしっかりとブルーチップの上に、他のチップを被せるように流し込んでガラスの球体の周囲から見えないようにした。様々な角度からブルーチップが見えないことを確認したのだ。


「私も当初、お客様の間違いかと思ったのですが……私もはっきりと見えないものの、もしかしたらそうかも、と思いまして」

「要領を得ないな。どういうことだ?どこで見たって言うんだ?」

「それが、あのジャックポットの……チップが詰まったガラスの球体の中なんです」


(ドクン……)


 ダニエルの心臓が急に大きく鼓動を始めた。


「その……お前も見たと言うのか?」

「は、はい……先ほど申し上げた通りはっきりとは見えていないのですが」


 ダニエルは焦りながら聞いた。


「待て……ほ、他のお客様も見たのか?」

「いえ、多分まだ見ていないかと思いますが……」


 係員は恐る恐るダニエルに聞いた。


「その、やっぱり見えたままだとまずいですよね?」

「あ……当たり前だ!すぐに案内しろッ……!」


***


 ダニエルは係員に連れられて、スロットマシーンのコーナーへとすぐに辿り着いた。カジノフロアは相変わらずの熱気で信じられないほど盛り上がっている。ダニエルの頭の中でチャリンチャリンとお金の勘定が進んだ。


「あ、ディレクター、あそこですよ!」

「おい、馬鹿!指を差すな!」


 ダニエルは周囲のVIP達がこちらを気にしていないことを確認すると、チラリと先ほど係員の指差した方向を見た。ダニエルは心臓が一瞬止まりかけた。チップの全体像は確認できないが、確かにガラスの球体に沿うたくさんのチップの隙間から青いチップの端が見えた。横を見るとまだ係員が目を凝らして球体を見ていた。


「おい、もう見るな!他のお客様が気付いたらどうするんだ!」


 ダニエルは小さい声でできる限り怖い声を作って言った。


「は、はい、すみません……」

「いいか、このことは一切口外しないように。他の係員にもだ。それと、お前に言ってきた奴は一体誰なんだ?」

「ええと……女性です。名前は分かりません、すみません」

「どんな服装をしていた?」

「ええと……黒いコートのような服を着て、頭をスカーフのような物で覆っていました」


(ハハン、なるほど。分かりやすい相手でよかったな。恐らく石油王の相続人イザベラ・アルメイダか)


 ダニエルは名簿を思い出していた。イザベラは頭をスカーフで覆う風習のある地域で生まれ育ったはずだ。他に該当しそうな人間はダニエルの思い付く限りいない。


「いいか、その女の名前はイザベラ・アルメイダだ。すぐに見つけ出してディレクタールームに連れて来てほしい。分かったな!」

「承知いたしましたッ!」


 ダニエルはディレクタールームに戻ると、物思いに耽った。


(他のチップを被せたのに、一体何でブルーチップがガラスの表面付近にまでズレてしまったんだろう。きっと大量のチップが球体に入ってきて、重みや勢いやらで内側から押し出されてしまったんだな)


 こんなところでツメの甘さが出てしまったことをダニエルは悔やんだ。


(もしブルーチップがあそこにあるということが皆の知るところとなれば……誰もテーブルゲームをしなくなるだろう。いや、スロットマシーンすらも……誰もジャックポットが当たると信じてプレイはするまい。チッ、後半の売上がパーになってしまう)


 しかし、さらに恐ろしい想像がダニエルを包み込んだ。


(いや待て、ジャックポットの中にブルーチップがあることを知ったVIP達が全員その場で怒りだしたら……?収拾が付かなくなってしまうかもしれん。なんとかこのクルーズが終了するまではバレないようにしないと。それは絶対だ!)


 急いでイザベラを口止めしなければ、とダニエルは思った。考え始めたら居ても立っても居られなくなった。気が付いたらまたカジノフロアに飛び出していた。ダニエルはキョロキョロとしている先ほどの係員を見つけて言った。


「おい、イザベラ・アルメイダは見つかったか?」

「いえ、それが全く見つからずでして……」

「クソッ!よし、手分けして探すぞ。お前はこっちだ。私はあっちを探す」


 二十分ほど経って二人は元いた場所へと戻ってきた。


「おい、見つかったか?」

「いえ……すみません」


 ダニエルの焦りは高まり続けた。パニックの一歩手前になっていた。


「仕方ない、カジノフロアにアナウンスを流そう」


 できる限り目立つ行動は避けたかったが、背に腹は代えられなかった。


「イザベラ・アルメイダ様、イザベラ・アルメイダ様……至急ディレクタールームまでお越しください。繰り返します……」

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