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開かずのジャックポット

 シャルル一行がその場に駆けつけてみると、先ほどディーラーから次々にチップを奪い波に乗っていたホテル王アレクサンダーが、青い顔をしてそこのルーレットテーブルに座っていた。向かい合うディーラーが、信じられない量のチップを回収しているところだった。ディーラーはアレクサンダーに向かって言った。


「その……今ので六十四億ルークでしたので、もう一度倍プッシュされると百二十八億ルークとなりますが……続けられますか?」


 アレクサンダーは震える手で顔を覆った。


「ブツブツ……五回連続外れるなんて……まさか六回連続外れるなんてことがあってたまるか……」


 心配そうな表情を浮かべたお付きの者がアレクサンダーに聞いた。


「旦那様……もうよした方が……」

「うるさい!お前は黙っていろ!!」


 アレクサンダーの怒号がカジノフロアに響き渡った。


(次に負けると追加で百二十八億……?負けの合計が二百億を超えるだと?本気でやばいぞ)


 アレクサンダーの脳裏に破産の二文字がよぎった。しかしアレクサンダーはすでに引けないところまで来てしまい冷静に判断できなくなっていた。


(なに、次勝てば全部取り戻せるんだ……六回連続『黒』に賭けて外れるなんてことあるわけがない)


「『黒』に百二十八億……。最高ベットだ」

「す、すみませんちょっとディレクターに確認をしてもよろしいでしょうか……?さすがに銀行口座の裏付けが必要かと」

「黙れッ!早くするんだッ!!」


 アレクサンダーは小切手の冊子をテーブルに叩きつけると言った。


「ガウウウウ!グルルルルル~!」

「ひぃっ」


 ディーラーはアレクサンダー(と犬)の圧力に屈した。ボールが回る様子をVIP達が固唾を飲んで見守った。


「赤の二十一……です……」


 ボールが非情にも赤のポケットに収まった瞬間、アレクサンダーの視界がぐにゃりと歪んだ。


(六回連続外れだと……?八百長だ八百長だ八百長だ八百長だ八百長だ八百長だああああ!!二百億の負けなんてママが許してくれるわけないいいいい)


 アレクサンダーは形容のし難い叫び声を上げると、テーブルを乗り越えてディーラーに掴みかかろうとした。例の醜い犬も飼い主に合わせ、ディーラーに向けて飛びかかった。


「痛てぇッ!」


 犬がディーラーの腕にガブリと噛みつくと、ディーラーは悲鳴を上げた。それを呆気に取られて見ていたシャルルが呟いた。


「百億もあった軍資金が一瞬で……確率的には十分にあり得ること。これがマーチンゲール法の怖さなんだ……」


 アラートが鳴り、屈強な警備員たちが飛んでくるとすぐに犬を捕まえ、暴れ狂うアレクサンダーを両脇に抱えてカジノフロアから連れ出していった。


 現場はしばし騒然としていたが、数分も経つとやがて落ち着きを取り戻し、VIP達はそれぞれギャンブルへと戻っていった。アリスがシャルルに向かって言った。


「作戦を変更しましょう……やはりリスクが大きすぎますわ」

「……ああ、そうだね」


 シャルルは唖然とするタカシ・ヨシダに向かって言った。


「タカシさん、先ほどの軍資金のお申し出ですが、お受けすることはできません。どうにか他の方法を考えます。しかし、約束は守ります。我々が『ムーンセレナーデ』を手に入れられるよう、どうぞ祈っていてくださいませんか」

「……分かりました。拙者はジパングの、やおよろずの神々に祈りを捧げるといたしましょう。それではご武運を」


***


 振り出しに戻った四人は、またテーブルに戻って作戦会議を再開した。もうゲームの開始から四時間が経とうとしていたが、一行はどうやって「ムーンセレナーデ」を手に入れるか全く手がかりが掴めず、皆意気消沈していた。エマが口を開いた。


「その……ブルーチップっていうのはこのカジノフロアのどこにあるのか分からないんでしょ?」


 アリスがミルクを口にしながら言った。


「はい……エマさん。なんのヒントもクルーズディレクターからはありませんでした」

「じゃあさっきの犬に噛まれたルーレット台のディーラーが持っていた可能性もあるってことよね?」


 先ほどのルーレット台の黒板には、ディーラーの持ちチップの量として天文学的な数字が書かれていた。当然今は誰も席についていない。


「ええ、そうなりますわ。その場合……もうお手上げですわね。あのテーブルのディーラーの持ちチップを全て奪うのは難しいと思いますわ」


 その時、ポールがフロアの中央、スロットマシーンが置かれたエリアの天井付近を指差して言った。


「あそこの中にあるんじゃあねーの?」


 皆はポールの指差した方を見上げた。同心円状に並んだスロットマシーンの中央上空には、直径百五十センチメートルほどの大きな透明のガラスの球体があり、その中に無数のチップが入っているのが見えた。さらに球体の上部に繋がった太い管から、次々にチップが球体の中へと降り注いでいた。シャルルが口を開いた。


「あれはジャックポットと言ってね。みんながスロットマシーンに賭けたチップの一部が管を通じてあそこに溜まっていくんだ。スロットマシーンで大当たりを引くとあの中身が全部出てくる仕組みになっているんだよ」


 ポールがそこでボソッと呟いた。


「あれだけ溜まってりゃあ、一枚くらい青いチップが混ざってそうなもんだけど」

「あれは、今日ここにいるVIP達がスロットマシーンで使ったチップの一部だよ。VIP達が使うチップにはブルーチップは含まれていないから……」


 そこまで言ってシャルルは止まった。


「いや、待てよ……」


 シャルルは考え込んだ。アリスはハッとして聞いた。


「シャルル様……ゲームが始まった時、あの球体の中にチップはありましたか?」

「そう、僕もそれを思い出そうとしていたんだよアリス。でも……球体そのものを見た記憶がないな」

「私も見た記憶がありません。頭上にあるので、そもそもあのジャックポットの球体に気付いていない人も多いかもしれませんわ。でもゲームが始まった時にすでにチップがいくらかあの中にあった可能性はあるのでは……もしかしたらブルーチップも」


 エマが必死に思い出そうとするシャルルとアリスを交互に見てから言った。


「そうなると……誰かがジャックポットを引かない限りブルーチップを手に入れられないってこと?……そんなのってズルくない?滅多に当たるものでもないんでしょ?」

「いや……あり得るかもしれないね。カジノ側は嘘はついていない。誓約を守っている……このカジノフロアにブルーチップがある。そして、誰しも当てることができれば手に入れられる可能性がある」


 シャルルは冷静に答えた。


「しかし、だとすれば……非常に厳しいゲームになりそうだ」


 その時、ふふっとアリスが笑った。


「なるほど……そういうことですか」

「何か分かったのかい、アリス?」

「いえ……まだ憶測の域を出ませんが、『誰もブルーチップを手に入れられない場合があって、その場合は全額参加料を返金』というルールが気になっていたのです。そもそも誰も手に入れられなくて、全員に返金することを前提としていたら……?」


 アリスは続けた。


「ギャンブルは基本的にカジノ側が有利ですから、これほどハイレートのカジノに世界中からとびきりのお金持ちを集めてギャンブルをさせれば、一晩で相当な利益が見込めるはずですわ。一回で終わらせるのは勿体ないと思いませんか?」


 それを聞いて、エマが怒りながら言った。


「酷いわ!そんなことをしていたとしたら、とんだ悪徳主催者じゃないの!」


 シャルルが口を開いた。


「なるほどね。確かに一理あるな。その場合『ムーンセレナーデ』は諦めた方が良さそうか……」

「いえ。まずはあそこにブルーチップがあるのかどうか確かめる必要がありますわ。そして本当にあそこにあるというのなら……勝者を出すつもりのない、この悪徳主催者をやっつけましょう!」


 アリスはそう言うと、手元のミルクを一気に飲み干し、トン、とテーブルに空きグラスを置いた。


「ジャックポット――幸運の青いチップを引き当てる方法を思い付けばいいだけのことですわ」


 アリスはシャルルに向かってにっこりと微笑んだ。

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