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作戦会議

本日二回目の更新です。

「……エマさん、起きてください!エマさん!」


 アリスがエマの部屋にやって来ると、アルコールの匂いが漂う部屋の中には大きないびきをかいて寝ているポールと、少し離れたところでお腹を出して寝ているエマがいた。床にはかなりの数の空き瓶が転がり、ビュッフェから持ち帰ってきたと思われるプレートにはサラダやらローストビーフやらの食べ残しが乗っていた。エマとポールの二人は昼間からこの時間までパーティを続けていたのだろう。


 アリスはエマを揺すり、顔をペチペチと叩いたが一向に目覚める様子はなかった。アリスは小さくため息をつくと、ぼそりと呟いた。


「せっかくお二人の好きなカジノで遊べる機会だというのに……」


 アリスがそう言った途端、エマの目がパチリと開いた。


「……ルーレット?」

「……ポーカー!?」


 エマが口を開くのと同時に部屋の隅のポールがガバッと飛び起きて叫んだ。


「いててて……頭がガンガンするぜ~あれ、エマ、俺たち何してたんだっけ?」

「うーん、全然覚えてない……」


 エマは左手で目をこすりながら頭を自分の右手をグーにしてこつこつと叩いた。ポールが口を開いた。


「あれ、アリス、カジノって臨時休業中って書いてなかった?」

「今晩だけ、百組のVIP向けに開放されたんです。とってもハイレートですが……」

「ハイレート……希代の勝負師の血が騒ぐぜぇ!まぁ、そんなお金はないけど」


 ポールがため息をつくと、エマが言った。


「私、まだ前のルーレットの勝ち分が丸々銀行に入ってるわよー。勝ってくれるんだったら少しくらい貸してあげてもいいけど?」


 ポールはビシッとピースサインをつくってエマに向けると言った。


「最低二倍!二倍にして返すから!ね、エマ様お願い!」

「……アリス、小切手は使えるのかしら?」

「ええ、使えますわ。まずはシャルル様と合流して作戦会議でもしましょうか」


***


 カジノフロアで合流した四名は、フロアの隅のテーブルで作戦会議をしていた。シャルルが言った。


「僕とアリスの軍資金が、先ほどの勝ち分を合わせて十一億ルーク。エマの十億ルークはそのまま軍資金に加えていいのかい?無理はしなくていいんだよ」

「こんな楽しい大勝負ならいいですよ。まぁ……登山用品くらいしかお金の使い道もないですし」

「じゃあこれで二十一億ルークになるね。アリス、これで足りると思うかい?」


 アリスは少し考えてから言った。


「うーん……仮にディーラーの持ちチップが三億ルークのテーブルについたとして、その軍資金でマーチンゲール法を使ったら、三回連続で負けると破産してしまいますわ。一度負けて三億、二度負けてさらに六億、三度負けるとさらに十二億かかるので、三億+六億+十二億でちょうど二十一億ルークがキレイに無くなってしまいますわ」

「参ったな」


 そこでポールが口を開いた。


「天下のアルノー家なんだから、もっとお金を引っ張ることはできないんですかねぇ、シャルル様?」

「いや……当主とは言っても皆の雇用と事業を守る立場でもあるからね。事前に周知しておけば違ったかもしれないけど、今すぐハネムーンで消えてしまっても困らないお金で言うと案外これくらいなんだ。今晩の参加料で三億ルークも払ってしまっているしね。当主自ら家の規律を乱す訳にもいかないよ」

「うーん……」


 皆が考え込んでいる時、ふとアリスがテーブル横のフロアの隅に目をやると、和風の着物を着た初老の男性が本を読みふけっているのが見えた。頭には白髪の混じった長い髷を結っている。


(いけない、あの人に聞こえてしまったかしら。それにしてもギャンブルをせずに本を読んでいるなんて……)


 その時、男性が顔を上げ、アリスと目が合った。


「今の話、聞かれてしまいました……?」

「……ええ。聞くつもりはなかったのですが。四人一組でお越しですか?楽しそうですな」


 シャルル、エマ、ポールの三名もそれを聞いて男性の方を振り向いた。シャルルは男性に向かって言った。


「お恥ずかしいところを大変失礼しました。あなたの身なりから察するに、ジパング出身の方では?」

「左様。拙者はヨシダ商会というところの副会長をしております、タカシ・ヨシダと申す者です」


 ヨシダ商会といえば黄金の国ジパングで最大の財閥であり、その名はシャルルやアリスの暮らすディアマリア王国にも轟いていた。シャルルは東洋風のお辞儀をすると、タカシ・ヨシダに近づいて握手を求めた。


「ディアマリア王国のシャルル・アルノーです」

「これはこれは、お会いできて光栄です」

「やはり『ムーンセレナーデ』を目的に?」

「ええ……話すと長くなるのですが」


 タカシ・ヨシダは目を細めると続けた。


「『ムーンセレナーデ』は拙者の義兄……我々の会長が夢にまでみた宝石なのです。まだヨシダ商会が小さかった頃から、よく義兄は言っておりました。『天下を、そして王の中の王が持つと言われるムーンセレナーデを手に入れるんだ』、と。それから数十年……苦難を重ね、ジパングにおいて天下は手に入れることができました。しかし『ムーンセレナーデ』は未だ見果てぬ夢の中です」


 シャルルは聞いた。


「ここには会長もご一緒に?」

「いいえ、義兄は今死の床に伏せております。もう余命幾ばくも無い義兄に『ムーンセレナーデ』を見せてやりたい。それが身寄りのない子供だった拙者を養子として受け入れてくれた義兄への最後の恩返しになるのです。……それだけが拙者の望みです」


 タカシ・ヨシダは伏し目がちに言った。アリスは思った。


(なんて真っ直ぐな人……)


「しかしながら……その望みも絶たれました。まさかこのようなゲームの内容だったとは。今必死に勉強しておりますが、なかなか初見の拙者には難しそうです」


 タカシ・ヨシダは持っていた本の表紙を見せた。題名は「テーブルゲームのルール」とある。恐らくフロアの係員から借りて読んでいるところなのだろう。


「ははは、麻雀であれば多少腕に覚えもあったのですがね」


 シャルルは少し考えてから言った。


「……実は、我々はこれからこの船でジパングに向かうところだったのです。もし……我々が『ムーンセレナーデ』を手に入れることができたなら、ジパングで会長殿にお見せいたしましょう。タカシさんは、その場では、貴方が手に入れたと嘘を言ってくださってもいい。ジパングは嘘偽りなき誠を重んじる国と聞いていますが、優しい嘘の一つくらいなら、ついてもいいのではないでしょうか」


 タカシ・ヨシダは目を見開いた。


「ほ……本当でしょうか?……かたじけない」

「まぁ、その手に入れる、ということが一番の難関なのですが」


 フロアを改めて見渡すと、たくさんのVIPが手に汗握りながらハイレートのギャンブルに興じていた。この中で「ムーンセレナーデ」を運よく手に入れられるとしても、たったの一組である。それは途方もなく難しい。


「このお金は、あなた方に預けた方が良さそうだ」


 タカシ・ヨシダは懐からチップのたくさん詰まったホルスターを取り出すと言った。


「ここに三十億ルーク分のチップがあります。必要があらばいつでもお声がけを」


(三十億ルーク……!)


 軍資金が倍以上となる突然の申し出に、アリス、エマ、ポールの三名は胸が踊った。


「いや……しかし……」


 シャルルがその先を続けようとした時、ルーレットのテーブルで大きなどよめきが巻き起こった。タカシ・ヨシダを加えた五名は、急いでその場所に向かうと、黒山の人だかりの中に思いもよらぬ光景を目にした。

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