アレクサンダー・ウエストウッド
本日二回目の更新です
※誤字報告いただきありがとうございます。修正いたしました。
クルーズディレクター、ダニエル・モリスの声が響くや否や、一斉に眩しい光と音色が人々を包み込んだ。重低音とともに感じる振動、幾重にも交差するライトの輝き、そして無数のスロットマシーンから湧き出るジャングルのような音。カジノの内部は、人々を一瞬で虜にする特異な世界である。
VIP達は一斉に思い思いのテーブルやマシンにつき、小切手に金額を書き込むとそれをボーイやディーラーに渡してチップへと交換し、ギャンブルを開始した。
「さてアリス……この状況どうしたらいいと思う?」
シャルルがアリスに聞いた。
「さぁ……見当もつきませんわ。どこに例のブルーチップがあるか分からないのに、どうやって手にすればいいんでしょう?」
アリスはそう言うと、カジノフロアの各テーブルに目をやった。ブラックジャックにバカラ、ポーカーテーブルに、ルーレット、そしてスロットマシーン……カジノにあるべきものは一通り揃っている。ふと、それぞれのテーブルやスロットマシーンの横にある黒板の数字がアリスの目に入った。
「あそこの黒板に三億ルーク……と書いてありますわ。一体なんのことなのでしょうか?」
「ああ、あれはね、あそこのブラックジャックのディーラーが持っているチップの量だよ。客が勝っていればあの数字はどんどん減っていき、ディーラーが勝っていれば増えていくのさ。十五分に一回ボーイが書き換えるって注意書きに書いてあったよ」
「なるほど……」
「仮にディーラーの持ち分をゼロにする、つまり全てのチップを吐き出させることができたら、少なくともそのテーブルにブルーチップは無かったということが確認できるね。しらみつぶしにディーラーの持ちチップをゼロにさせられれば、いずれブルーチップに辿り着けるかもしれない」
アリスは考えを巡らせた。
「興味深い戦略ですわ……でもそんな軍資金どこに……?」
シャルルは胸のポケットから小切手を取り出した。
「ここに十億ルークある」
「じゅ、十億ルーク……!そんな大金を……」
「どんなゲームがおこなわれるか分からなかったからね。念のために僕が自由に使えるお金の範囲でアルノー銀行から小切手を振り出しておいたんだ」
「さすがシャルル様、準備がよろしいですね……」
「どうだいアリス、このお金で『ムーンセレナーデ』が手に入るだろうか?」
その時、後ろから男の笑い声が聞こえた。
「くっくっく……!そんなはした軍資金で『ムーンセレナーデ』を手に入れようとはねぇ」
シャルルとアリスが振り返ると、リーゼントをポマードで固めた、見るからにキザな男が立っていた。胸にはアリスが見たこともないような醜い犬を抱え、ゴツイ指輪のたくさん付いた手で撫でていた。
「僕はアレクサンダー・ウエストウッド。泣く子も黙る世界を股にかけたウエストウッド・ホテルチェーンのオーナーさ。君らも名前くらい知っているだろう?僕は軍資金を百億ルーク用意してる。庶民の君たちが来るべきところじゃなかったんじゃあないかい?くっくっ……」
「ウウ~!ワン!ワン!!」
アリスはシャルルを馬鹿にされた気がしてむかっときた。
「……あら、一代で財を成したお父様の遺産を相続したばっかりのボンボンの方でしたっけ?確か素行が悪くて勘当される寸前だったとか?」
「くっくっ……くっ!ぐぐぐ」
アレクサンダーはみるみる顔が真っ赤になった。
「ふん!君のような低俗な人間が読む週刊誌に書いてあることなんて、誰も信じてなんかいないよ。僕が『ムーンセレナーデ』を手に入れるところを指をくわえて見ているんだな!」
アレクサンダーは吐き捨てるように言うと、その場から去っていった。
「……シャルル様、私『ムーンセレナーデ』が少しだけ欲しくなってきましたわ」
「いいねアリス、その意気だよ」




