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セレナーデ・オブ・ザ・シー

「アリスさんにどうしても弁護を引き受けていただきたくて……」

「金ならいくらでも払う!なんとかアリス氏に出張ってもらえないだろうか……」

「夫は絶対浮気しています!離婚調停をどうかアリスさんに……!」


 勝率100%の天才検察官ガブリエル・マルタンが法廷で負けたという噂が国中に広まるまでに、さほど時間はかからなかった。噂にはどんどん尾ひれが付き、「アルノー家お抱え史上最強敏腕弁護士アリス」の弁護を求めて人々がアルノー家の門に殺到した。


 アルノー家の門の前には長い陳情の列ができ、ポールとエマが対応に当たっていた。ポールは群集に向けて大声をあげていた。


「はーい、一列に並んでね!アリスお手製のおやつをあげるから今日のところは帰っておくれ~!」


 エマは何度も深々とお辞儀をしながら言った。


「すみません、弁護の依頼は受け付けていないんです。今後ともアルノー家をよろしくお願い……あ、そこのあなた!おやつは一人一つまでですよ!」


(……やれやれ、これはちょっと計算外でしたわね……)


 アリスは屋敷の二階にあるシャルルとアリスの寝室で、カーテンの隙間からその様子を覗いていた。シャルルが言った。


「アリス、大人気だね」

「私はただひっそりと静かに暮らしたいだけなのですが……これではおちおち外にも出られませんわ。最近は毎日お手土産のお菓子を作ってばかりです」

「いいこともあるよ、アルノー家に対するほとんどの訴訟が取り下げられたんだ」


 アルノー家を目の敵にして数々の訴訟を担当していた検察官のガブリエルだったが、前回の法廷がトラウマとなり、「もう金輪際アリスの顔は見たくない」と言って担当から全て外れてしまったという。それに伴ってアルノー家に対する多くの訴訟が取り下げられていた。


「おかげで僕も当面の予定が無くなってね」

「あら、ということは……」


 アリスはシャルルの顔を覗き込んだ。


「君と新婚旅行に行っている間にこの騒ぎもきっと収まるだろう」


(やったーっ!!シャルル様はやっぱり約束を忘れていなかったのね)


 アリスは心の中でピースした。


「それでそれで?行き先はどこにします?」


 アリスは目をキラキラと輝かせながら、身を乗り出して言った。


「実はもう決めてあるんだ。極東にある黄金の国、ジパング。アリスも聞いたことがあるだろう?」


(まぁ……!)


 アリスはまだ見ぬ世界にその心を躍らせた。


***


 幾重にも重なる波が、静かに夜の海に響き渡る。その上を優雅に舞う、誇らしげな客船。その名は「セレナーデ・オブ・ザ・シー」。豪華客船は、夜の海の静寂を破り、満月がさざ波にキラキラと光る水面を泳ぐかのように、静かに航行を続けていた。


 甲板に立つと、漆黒の天空に輝く無数の星々が、まるで宝石がちりばめられたように美しい。それを見上げる乗客たちの瞳にも、星空に散らばる輝きが映り込む。微風が彼らの髪をなびかせ、肌に心地よい涼しさをもたらしていた。


 船内は、煌びやかなシャンデリアが幾重にも天井から吊り下げられ、優雅な雰囲気に包まれていた。深紅のじゅうたんが、足音を吸い込むかのように静かに広がり、壁にかけられた絵画は、かつての海の冒険家たちの物語をつづっているかのように見える。


 ダイニングルームには、高貴な音色のピアノが流れていた。それに合わせて、シルクのドレスをまとった女性たちが、タキシード姿の男性たちと踊りを舞う。繊細なカトラリーと美しい磁器が並ぶテーブルに、料理長が腕を振るった料理が次々と運ばれる。香り高いワインが注がれ、口に含むと甘美な余韻が広がる。


 そんな至高の雰囲気に水を差す、明らかに場違いな声が響き渡った。


「うひょーっ!船に乗ったのなんて生まれて初めてだぜ!ここ食べ放題なの?そうなの!?」

「キャー!ポール、カジノまでついてるわよこの豪華客船!たのしー!」

「……」


 ワインをガブ飲みして興奮しながら走り回るポールとエマの姿を、アリスはダイニングテーブルから据わった目で見つめていた。アリスはシャルルに囁いた。


「あの……シャルル様。お聞きしてもよろしいでしょうか……?どうしてあのお二人も私たちの新婚旅行に?その……もちろん嫌な訳ではないのですが、ほら、新婚旅行っててっきり二人で行くものだと思っていましたわ……」


 シャルルは気まずそうに頭をかいた。


「えと……その……その方が()()があると思ってさ。ははは」


()()……ね)


 アリスが小さくため息をついたのと時を同じくして、一つ下の階では「セレナーデ・オブ・ザ・シー」のクルーズディレクター、ダニエル・モリスが強化ガラスで出来た特注ボックスの中に光り輝くブルーダイヤモンド、「ムーンセレナーデ」のライティングを調節していた。


 「ムーンセレナーデ」は百カラットを超える、これまで発見されたブルーダイヤモンドの中でも最大級のもので、これまで数百年に渡って持ち主に災いをもたらしてきた「呪いのダイヤモンド」としても知られていた。美しくブリリアントカットが施されたその宝石は、時価三百億ルークとも五百億ルークとも言われ、価格が付けらないほどの貴重なものである。


 クルーズディレクターはバラエティーに富んだエンターテイメントを企画する責任者である。二十年にも及ぶ彼の経験をもってしても、今回のクルーズでおこなわれる余興は間違いなく過去最大のものだった。


 ダニエル・モリスは世界中からこの七つの海を巡る超豪華客船に集い、ゲームに参加する人々の名前を頭に思い起こしていた。参加料だけで三億ルーク。余程の金持ちでなければ参加すら不可能である。


 世界最大の宝石商ヴァンデルブルクのCEO、リサ・ヴァンデルブルクの名前もあった。このアイコニックな宝石を是が非でも手に入れたいのであろう。豪華ホテルチェーンのオーナー、アレクサンダー・ウエストウッドの名前もある。石油王の相続人イザベラ・アルメイダに、黄金の国ジパングの大富豪、ヨシダ商会の副会長タカシ・ヨシダも参加者名簿に載っている。メディア王ソフィア・ゴンザレスに高級ファッションブランドのオーナー、ヴィクトリア・デルピエロ、ディアマリア王国の筆頭名家アルノー家当主、シャルル・アルノー……セレブリティの名前には枚挙にいとまがない。


(この百組の中から、この宝石を手に入れる幸運な一組は果たして現れるかな?)


 この時はまだ、クルーズディレクターのダニエルは緊張感を持ちつつも、この余興に胸を躍らせていた。しかしこの後巻き起こる摩訶不思議な一連の出来事は、一生解けない謎のまま、彼の心の中にしこりとして残ることとなった。

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