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ルイーズと小さな鍵

 接見室に到着すると、アリスはガラス越しに待つルイーズの姿を見つけた。ルイーズは落ち込んでいる様子で、痩せこけた顔には深い疲れの色が刻まれていた。彼女のか細い親指は、震える他の指先を握りしめ、左手の薬指にはダイヤモンドの指輪が光っていた。


「あなたが……アリスさんですか?」

「こんにちは、ルイーズさん」


 アリスは、ルイーズの前に座ると彼女の目を見つめ、笑顔を向けた。アリスは早速、がさごそとバッグの中から差し入れの品を出し始めた。


「こちらがお兄様であるアントワーヌ様からのお手紙、こちらは暇つぶし用の漫画本、そしてこちらは差し入れのバナナですわ」


(漫画本にバナナ……?)


 ルイーズは疲れ切った顔を僅かに緩め、クスッと笑った。


「お兄様からの手紙に凄腕の弁護人と書かれていたものですから、どんな怖い人が来るかと身構えていたのですが……。あなたのような方でよかったわ」

「そう言っていただけて光栄ですわ」


 同世代の二人は初めて会ったのが嘘のように意気投合し、限られた時間の中で互いの生い立ちを語り合った。ルイーズは、アリスの不幸な過去を聞いては涙を流し、アルノー家の使用人たちの面白エピソードを聞いてはアリスと一緒にお腹を抱えて笑った。


「あはは、あーおかしい。あなたって面白いのね、アリス」

「……あらいけない、もうすぐ面会の時間が終わってしまいそうですわ」


 アリスが時計を見ると僅かに焦りの表情を浮かべた。


「随分と申し遅れましたが、ルイーズ、私はあなたの弁護人アリスです。あなたが無実であることを証明し、この場所からあなたを救い出すために来ました。あなたは一人じゃない。私がついていますわ」

「ありがとう、アリス。あなたがいてくれて心強いわ」


 アリスは意を決したように口を開いた。


「それで、思い出すのも辛いと思うのですが……被害者のラファエルさんの最近の言動について何か気になった点はありませんか?」


 ルイーズはラファエルの名前を聞くと、サッと表情が曇った。


「……すみません。特に何も」

「なんでもいいんです。本当に些細なことでも」


 ルイーズは、涙を目に浮かべながら言った。


「取り調べ中に何度も同じ質問をされました。調書を読んでいただければ、私の話したことは全て書いてあるので……」

「ええ、調書は全て読ませていただきましたわ。ただあれだけでは……」


 アリスはシャルル経由で調査した内容を思い起こしていた。ラファエル・ベルトラン侯爵の屋敷の使用人たちからのルイーズに対する評判は、全会一致で最悪なものだった。容疑者であるルイーズの供述調書だけで有罪を撤回させられるとは、アリスにはとても思えなかった。


「……あの日、ラファエル様は突然人が変わったようでした。屋敷の人間が私のことを冷たくあしらっても、ラファエル様だけは優しかったのに……」

「ラファエルさんが亡くなった前日……彼がルイーズ、あなたに婚約破棄を伝えた日のことですね?」

「はい……」

「そして、ラファエルさんはあなたに婚約破棄の書類へサインをさせた」

「ええ、その通りです」


 ルイーズの頬を一筋の涙が伝った。


「そして……翌日の明け方、あなたは自室の外で血を吐いて倒れたラファエルさんを発見した」

「アリス、私を信じて。私は……ラファエル様を殺したりなんか……してない」


 アリスはルイーズの目の奥の方をじっと覗き込んだ。アリスは相手の嘘を見抜くことはできない。ただ、確信が欲しかった。もちろんシャルルの親友、アントワーヌの言うことは信じたい。しかしルイーズとはこの日初対面である。全力で彼女を弁護するために、アリスにはルイーズがラファエルを殺していないと強く信じられる何かが必要だった。


 ルイーズはアリスの目を見て言った。


「そう……結局アリスも他の人たちと同じなのね。優しい言葉をかけておいて、心の中では私のことを犯人だと思ってる」

「いえ、そんなことは……」

「いいえ、私には分かるわ。もう帰って。早く有罪になって楽になりたいの。すぐにでもこの世から消えてしまいたい。ラファエル様のいない世界に価値なんてない……!」


 ルイーズはそう言うと、ガラスの向こう側で泣き崩れた。その時、面会時間終了のチャイムが鳴った。アリスが口を開いた。


「最後に一つだけ、質問させてください。……ルイーズは、ラファエルさんを愛していましたか?」


 ルイーズは泣きじゃくりながら、声を絞り出すように言った。


「はい……今も、これからもラファエル様のことを愛しています」

「……ありがとう、あなたを信じるわルイーズ。だから私のことも信じて」

「……」


 アリスは席を立つと、身を翻した。


「それでは、行くわね。時間が来てしまいましたわ」

「待って……アリス」


 アリスが振り返ると、ルイーズは二人の間を仕切るガラスに左手をついていた。その手のひらには、小さな光る物があった。


「ルイーズ、これは……?」


 アリスが聞いた。


「これは、あの日倒れていたラファエル様がその手に持っていたものです。……きっと、ラファエル様の書斎にある、絵の裏に隠された金庫の鍵だと思うわ。一度ラファエル様の書斎に行った時、金庫の扉が開いていたことがあって……。慌ててラファエル様が隠していたんです。そこに何があるのか、私には分かりません。アリスの役に立つ物なのかも分かりませんが……。アリス、この鍵を持っていってくれますか?このことはまだ誰にも伝えていません」

「教えてくれてありがとう、ルイーズ」


 アリスは、ガラス越しにルイーズの左手に自分の右手を重ね合わせた。


「真実は一つ。あなたに代わって、私が必ずそれを明らかにしますわ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 「」の最後の句点は省略するのって、出版業界の暗黙のルールらしいです。 私も別サイトで書いていて読者さんに教えてもらいました。 国語的には「」の最後もちゃんと句点を付けるのが正しいから、知らな…
[良い点] とても面白くここまで一気読みした。 [気になる点] > 「……。」 今まで我慢してたけどさすがにこれは無理だった。 閉じカギカッコ直前の句点は省略するというルールがあるけど、省力してな…
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