父親ルイの胸で
それからもルイがバシュラール家に用事がある度に、アリスはついていってウジェーヌと散歩を繰り返し、愛を育んだ。アリスにとっても、ウジェーヌにとってもそれは初恋だった。
そして四年後、アリスは愛嬌のあるタイプの素敵な美人に成長していた。母親のジョゼフィーヌの若い頃と瓜二つで、蜂蜜に長い間漬け込んだような艶やかな美しい金髪に、エメラルドグリーンの瞳をしていた。ウジェーヌは約束通り花束を持ってアリスに婚約を申し込んだ。
「君のような美しくて賢い女性と結婚することができて嬉しいよ、アリス」
「私もとても嬉しいわ、ウジェーヌ」
その頃エマール家は完全に没落し、アリスと父親のルイの二人は町はずれにある小さな古い家へと引っ越して二人きりで慎ましく暮らしていた。ルイはそこで病気の床に伏せっていたが、その喜びようといったらなかった。
「なんと……!う、ウジェーヌ・バシュラール様が、お、お前と婚約を!よ、よくやった、よくやった……」
(お父様があんなにも嬉しそうな顔を……)
ルイは今までに見たこともないほど喜んでいた。アリスは父親を喜ばせることができて、とても嬉しい気持ちになった。結婚式の日取りもすぐに決まった。
「お父様が病のため式にご出席いただけないのがとても残念です……。でも式が終わったらすぐにウジェーヌを連れて、ウェディングドレス姿で挨拶に参りますわ!」
「い、いいんだ。お、お前が幸せであれば、それでいいんだよ。でも、あ、ありがとう。楽しみにしているよ」
ルイは目をほころばせ、口元を上げるとアリスににっこりとほほ笑んだ。
そしてそれから数週間後……アリスはウジェーヌがオベール家の知らない令嬢と婚約したことを新聞で読んで知って愕然とした。しかし、アリスはどうしてもそれを父親のルイに報告することができなかった。アリスは父親を悲しませたくなかった。日々体重が減り、やつれていきながらも、父親の前では気丈に振る舞った。
アリスは元々自分が結婚式を予定していた日に、予定していた結婚式と同じ場所でのウジェーヌとベアトリスの結婚式を目撃した後、重い足取りで家へと帰って来た。玄関のドアを開けると、ルイが杖をついて、震えながら立っていた。
アリスは、この日にウェディングドレス姿でウジェーヌを連れてくるという、父親との約束をその時思い出してハッとした。
「お父様……申し訳ございません。私は……」
「な、何も言うな」
ルイは全てを察したように、アリスを抱きしめた。アリスは骨と皮ばかりになった父親の胸で、声を殺して泣いた。