最後に素敵な夢を
誤字報告いただきありがとうございます。修正しております。
「さて、と」
アリスは、アルノー家屋敷の自分の部屋で荷物をまとめていた。オベール=バシュラール家の担保差し押さえのゴタゴタがいち段落し、家業が軌道に乗ったため、自らの役割は一区切りついたと感じていた。
(お父様……ついに全て終わりましたわ。私は今までアルノー家を復讐に利用してきました。ここで幸せになるべき人間ではありません。どこか新天地で新しい暮らしを始めようと思います)
「本当に行ってしまうの、アリス?」
「ええ、本当にお世話になりましたわ、エマさん。あなたのおかげで、目的を果たすことができました」
「アリスが行ってしまったら心配だわ。これだけ大きくなった家業を上手く切り盛りしていけるのかどうか……」
「シャルル様は本当に賢い御方ですし、心強い皆さんがいればきっと大丈夫ですわ」
「いつでも、戻ってきてね。前にも言ったけど私たちはずっとあなたのこと、家族だと思っているわ」
エマは目を真っ赤にして涙を溜めていた。エマは大きく手を広げると、アリスのことを優しく抱きしめた。
「ありがとう、エマさん」
アリスは屋敷の人たちへの挨拶を終え、シャルルの部屋に来た。
「もう気持ちは……変わらないのかい、アリス」
「ええ、もう決めたのです。シャルル様、今まで本当にありがとうございました。シャルル様は命の恩人です。それと……最後にお伝えしなければならないことがあります」
アリスは少し俯いた様子を見せてから、大きく深呼吸して言った。
「私は今まで、バシュラール家とオベール家への恨みを晴らすため、アルノー家を利用してきました。ヴァロンタン氏にシャルル様の紹介を頼んだのも、アルノー家に近づきその地盤を利用することが復讐への近道だと考えたからです」
シャルルは、口を真一文字に結んだ。そのシャルルの表情からは、アリスに対する悲しみや哀れみが見て取れた。
「それで……復讐を果たして気は晴れたのかい?」
「……いいえ、思ったより気持ちの良いものではありませんでしたわ。でもようやく天国の父に報告ができます」
アリスは作り笑顔を浮かべて言った。シャルルはほんのりと表情を緩めると言った。
「はは、アリスは僕が気づいていないとでも思ったのかい?元々のアリスの目的は、僕にとってはどうでもいいことなんだ。君が屋敷の人々を明るくしてくれた。君が残ってくれるならそれで……」
「やはり、シャルル様はお気づきだったのですね……」
「もし、君が望むなら」
シャルルは胸から白銀の鷲のペンダントを取り出して言った。
「これを君に渡したいんだ。アリス、君なら当主としてアルノー家を僕よりも善く導いてくれると本気で思っている」
「……お気持ちありがとうございますシャルル様。でも、これを持っているべきはシャルル様ですわ。シャルル様あってのアルノー家ですから」
シャルルは、悲しい表情を浮かべると言った。
「もし、君が望むなら……。君が残ってくれるのなら、どんな条件でも提示したいんだ」
アリスは一歩前に進み、ペンダントの乗ったシャルルの右手を、自らの両手で優しく包み込んで閉じると言った。
「お気持ちはとても嬉しいですわ。でもどんな条件を提示されても、私の気持ちは変わらないと思います。ここで家族と呼んでくださった皆様に今まで私は嘘を吐き、欺き、そして裏切り続けてきたのです。私は、ここに残るべき人間ではないのです」
シャルルは肩を落として言った。
「そうか、とても残念だよアリス。……最後に、ハグをさせてもらえるかい?」
アリスはシャルルの胸に身体を委ねた。シャルルは力強くアリスを抱きしめると、名残惜しそうにその背中をさすった。
「気を付けて行くんだよ、アリス」
「シャルル様こそ、お達者で」
アリスは荷物をまとめると、表で待っていた馬車へと乗り込んだ。馬車の運転手が聞いた。
「行き先はどちらですか?」
一体どこに行こうか、アリスは寂しさの中にも、新天地での新生活に心を僅かに躍らせていた。
「そうですね、なんとなく南の方へ」
馬車はアルノー家の屋敷の門を出ると、石畳の道をどんどん速度を上げて進んでいった。やがて道は石畳からこげ茶色の土へと変わった。アリスが後ろを見ると、もう屋敷は小さくなっていた。アリスはアルノー家の思い出……そしてシャルルのことで胸がいっぱいだった。
(シャルル様、どうぞ幸せになってください。アルノー家にいた時間は、本当に幸せでした)
しばらくアリスが思い出に浸っていると、馬車を引く馬の足音が重なって聞こえた。向かいから他の馬車が来るのかと思って馬車の前方を見たが、何も見えなかった。馬車の運転手が言った。
「後ろです、白い馬が猛スピードで近づいてきます!」
アリスがすぐ後ろを見ると、シャルルが白馬に跨り、馬車に追いつこうとしていた。
「シ、シャルル様?一体なぜ……?無理はお身体に触ります!」
「待ってくれ、アリス!先ほど伝えていなかった条件があるんだ!」
「……どんな条件をご提示いただいても、私の気持ちは揺るぎませんわ。今度は一体何を……?」
シャルルは白馬を寄せて馬車の隣に並ぶと、手をアリスの方へ伸ばして言った。
「結婚を」
***
ある晴れた春の日、こぢんまりとしたチャペルで結婚式が静かに執り行われていた。シャルル・アルノーとアリス・エマールの結婚式である。アリスの献身的なサポートもあり、この頃にはシャルル・アルノーはすっかり病気が治り、体調も良くなっていた。結婚式用の純白のスーツを身に着けたシャルルがチャコールグレーの髪の毛をかき上げると、そのまばゆい彫刻のようなハンサムな顔立ちが露になった。病気から回復したシャルルは、絶世の美男子の姿を取り戻していた。
エマやポール、他の執事やメイドたちが、彼らの姿を幸せいっぱいの顔で見つめていた。
「これから先、幸せな時も悩める時も、お互いを愛し助け合いながら幸せな家庭を築くことを誓いますか?」
アリスの心はとても温かい気持ちでいっぱいだった。
「はい。誓います」
二人は頬を赤らめながら、見つめ合った。
「それでは、誓いのキスを」
二つの唇は静かに重なりあった。
この後アリスとシャルルのアルノー家は、アリスの知略とシャルルの正義をもってさらなる飛躍を遂げることになるのだが、それはまた別のお話。そして、オベール=バシュラール家が没落した真の原因を知る者は、永遠に現れることはなかったという。
(第一章おわり)
数ある小説の中ご覧いただき、また最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!勢いに任せて二日で一旦の区切りまでいってしまいました。続きの第二章も鋭意検討中です。読んでくださる温かい皆さまが全てのモチベーションの源です…!
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