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アリスはざまぁの夢を見る

 エマはアルノー家の屋敷で、ウジェーヌが宰相に就任する新聞の記事を読んでいた。合わせてアルノー銀行の帳簿を確認した。そこにはオベール=バシュラール家が選挙戦の借金のために差し入れた担保がずらりと並んでいた。終盤戦の資金繰りが余程苦しかったのか、ウジェーヌの爵位までもが担保として差し入れられていた。


 アルノー銀行はその豊富な貸出余力を目一杯使い、裏でポールを通じてニコラ・ダヴーにも巨額の資金援助をしていた。二者の資金力と票を巧みに均衡させることで、両者を激しい消耗戦に誘導していたのである。


「いよいよこの時が来たわね、アリス。あなたの手紙の通りにするわ」


 エマはアルノー銀行に出向くと、オベール=バシュラール家への二十四時間以内の貸出金即時返済命令と、返済がおこなわれなかった場合の担保即時差し押さえを指示した。


 翌日、新聞の見出しにはこう書かれていた。


(ウジェーヌ・オベール=バシュラール氏、爵位剥奪のため当選無効に。宰相史上最短での辞任)


***


「ち、父上……まさかこんなはずでは!」

「この大馬鹿者が!!融資を受ける際に条件をしっかり読まなかったのか!!」

「父上が全て私に任せるとおっしゃったからこのようなことになったのです!!」


 旧バシュラール家の屋敷では、オーギュスタンとウジェーヌがお互いの髪の毛を掴みあい、取っ組み合いの喧嘩をしていた。オーギュスタンはすでに薄くなっていた髪の毛を守るべく、必死に防戦した。担保の即時差し押さえが可能なことは融資の個別契約に記載されている内容だが、ウジェーヌは選挙戦で忙しく、部下に任せきりで内容をよく理解していなかった。その時ドアが開いた。


「こちらの屋敷は差し押さえとなりました。即刻退去いただきます」


 裁判所の執行官たちがやってきて、ウジェーヌとオーギュスタンに屋敷からの退去を宣告した。


***


「あのような馬鹿と結婚を勧めたお父様が悪いのよ!大人しくシャルル・アルノーと結婚しておけばこんなことには……!」

「何を言うか!お前も乗り気だったではないか!!」


 旧オベール家の屋敷では、前日旧バシュラール家屋敷でおこなわれた祝賀パーティに引き続き、地元の有力者を招いた連日の祝賀パーティの準備が進んでいた。そこで当選の無効と資産差し押さえという寝耳に水のニュースが、喜びに浸るヴァロンタンとベアトリスを一瞬で奈落の底へと突き落とした。ベアトリスはキィキィと叫び声を上げながら、パーティの準備が進むテーブルの上にある、あらゆるものをヴァロンタンに投げつけていた。ヴァロンタンは顔がパイまみれになっていた。


 そこに裁判所の執行官たちが現れると言った。


「こちらの屋敷は差し押さえとなりました。即刻退去いただきます」


 パーティの準備をしていた者たちは、ポカンとした表情を浮かべていた。そのうちの一人が恐る恐るベアトリスに聞いた。


「あ、あの……パーティのお代はどうなりますでしょうか……?」


 ベアトリスは真っ赤な顔をして叫んだ。


「そんなもの、あるわけないでしょうが!」


***


 ジョセフ・バシュラールは、とあるオベール=バシュラール家の別荘にて葉巻をくわえながら工作員の報告を受けていた。


「く、黒幕はエマというメイドとポールという執事でしたっ!!エマが表で厳しい条件の融資をウジェーヌ様に執行しながら、ポールは裏でニコラ・ダヴーと会いアルノー銀行からの巨額の融資を手配しておりました。エマは例のルーレット十億ルーク一点賭け事件の首謀者であり、ポールはチューリップバブル時のバシュラール家トップトレーダーの失墜にも関連しております!さらにマテオという別の執事がおりまして……」


 ジョセフはふぅっと煙を吐き出しながら考えていた。


(……ワシは全く関係のないアリス・エマールを疑い、死なせたということか?ワシも老いたものじゃ)


 そこで書斎のドアが開いた。


「こちらの屋敷は差し押さえとなりました……」

「……分かっておる。今出て行くから安心せい」


 その後もう一人の工作員がジョセフの別荘へと報告をしに来たが、ジョセフはすでに退去した後でいなかった。その工作員が携えていた報告書にはこう書かれていた。


「――極秘。報告後ただちに本報告書を焼却処分すること。同日報告未遂の場合も同様とする。――


XX島のYY邸における火災について:

ターゲットAを確実に捕縛した状態で火災を発生させたものの、事後焼死体は発見されず。原因は不明。現場から逃走の可能性あり」


***


 オベール=バシュラール家はその後、担保としていた資産を全て差し押さえられた影響で秒速で没落し、ウジェーヌやベアトリス、オーギュスタンやヴァロンタン、そしてジョセフを含むほとんどの関係者はアルノー家農場の小作人となった。


「な、なんでわたくしがこのような汚い服を着て農作業をせねばならぬのですかっ!」

「ああ、僕の可哀想なベアトリス。重労働は僕に任せておくれ。一緒に力を合わせて少しずつ借金を返していこう」

「ふざけないでウジェーヌっ!わたくしこんな生活死んでも嫌ですわっ!!」


 ウジェーヌとベアトリスは激しい喧嘩を経てすぐに離婚した。しかし、小作人として二人の共同生活は続くことになった。


***


 オベール=バシュラール家の面々がアルノー家農場で共同生活を始めてから数か月が経ったある日、ジョセフがその日の農作業を終えて農場の小屋で座って休んでいたところ、小屋の入り口に人影が現れた。ジョセフはその顔を目にすると、悲鳴にも近い声を上げた。


「お前は死んだはず……!お……お化け……!許してくれ、ワシを許してくれぇぇ!」


 ジョセフは腰を抜かして椅子と同時に後ろ向きに倒れ、四つん這いで部屋から這い出そうとしたが、その人影はジョセフの目の前に立ちはだかった。


「あら、失礼ですわねジョセフさん。私はれっきとした人間ですわ。今月の収穫についての報告書をいただきに参りましたの」

「ヒィ!こ、殺さないで……!お前は、お前は一体何者なんじゃ……?!」


 ジョセフは怯えた目でその人影を見つめ、震える声で言った。


「私ですか……?名乗るほどの者ではございませんが……」


 その人影はジョセフに向かってにっこりとほほ笑んで言った。


「アリス・エマール。しがない使用人ですわ」

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