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宰相選のゆくえ

 選挙結果が出るまで、あと二十四時間を切っていた。報道は僅かにウジェーヌの優勢を伝えていたが、選挙戦は最後まで分からないほどもつれこんだ接戦になっていた。想像を絶する金額をばらまく消耗戦となり、現宰相ニコラ・ダヴーとオベール=バシュラール家を除き、貴族たちは皆受け取った賄賂で大儲けした。二人の候補者は両者とも、宰相となれなければ借金で破滅の恐れすら噂された。オベール=バシュラール家の資金力に対抗できる現宰相の資金の出所は、他国からの援助が有力視されていたものの、未だ謎のままだった。


 シャルルは嵐の中、ずぶ濡れで船着き場に到着した。急いで馬を馬房に繋ぐと、シャルルは係りの者に話しかけた。


「島へ行く船を今すぐ出していただきたいのです」

「いやぁ、この嵐の中船は出せませんよ。あっしの命に関わります」

「いつになったら出せるんだ?」

「この雨と風でしたら、明日までは出せないでしょうねぇ」

「何とかしてくれ……!金ならいくらでも払う!」


 シャルルは珍しく声を荒げた。もしジョセフが選挙戦へなんらかの脅威を感じてアリスを監禁しているのだとしたら……選挙戦後も生かしておく理由はない。生きたまま解放して告発されれば大変なことになる。もちろん今も生きている保証はなかったが、狡猾なジョセフのことである。アルノー銀行から万が一融資を止められた時のための脅迫用に、アリスの利用価値を計算して生かしている可能性は十分にあるとシャルルは感じていた。しかし選挙戦はほぼ終了し、明日の開票を残すのみである。タイムリミットはすぐそこに迫っていた。


***


 翌日選挙の開票が始まり、大接戦の末ついにウジェーヌ・オベール=バシュラールがこの国の史上最年少宰相となった。ウジェーヌとその父親のオーギュスタンは屋敷にて喜びを分かち合っていた。


「父上、ついにやりました……!」

「ああ、お前は自慢の息子だよウジェーヌ!!」


 ウジェーヌは有頂天になった。選挙戦で想像を超える借金を背負うこととなってしまったが、宰相となってあらゆる利権をオベール=バシュラール家に回すことで、そのうち回収できるだろう。まぁそんなことはどうでもいい。ついにオベール家とバシュラール家の悲願を達成したのである。


「ベアトリス!!」

「あなた……!!」


 ベアトリスはウジェーヌに抱きついてキスをした。


「本当に君と結婚してよかったよベアトリス!!あんなクソ没落令嬢のアリスと結婚せずに本当によかった!!!!」


(ついにわたくしが宰相夫人に……!!)


 ウジェーヌとベアトリスは、()()()()()()()()()()()()、と思った。


***


 アリスは選挙結果が出たその日の夜もオベール=バシュラール家の別荘にある奥まった部屋に縛られたまま転がされていた。慌ただしく監視役の男たちの足音や物音が聞こえたかと思うと、突然パタッと音が止み、その場は不気味なほどの静寂に包まれた。合わせてドアの窓の先に見えていた大部屋の明かりが消え、その場は一寸先も見えないほどの暗闇となった。


 ふと、焦げた匂いが鼻先を通り抜けた気がした。その直後にドンッという大きな音がしたかと思うと、薄っすらとドアの窓から光が射しドアの隙間から灰色の煙が部屋に入ってきた。パチパチと木が燃える音が聞こえ始め、それは次第に大きくなった。何度も過去試したように、もがいて縄をほどこうとしたが、縄は頑丈でビクともしなかった。


 アリスは芋虫のように身体をくねらせながら、窓際まで少しずつ移動していった。壁まで何とか辿り着くと、ずりずりと壁伝いに這うように身体を持ち上げ、曇りガラスの窓に思い切り頭突きをした。窓は割れなかった。アリスは、額を何度も何度も窓に打ち付けた。やがて額から血が流れ、アリスの口に入ると、口の中に鉄の味が広がった。窓ガラスに僅かにひびが入ったが、それでおしまいだった。アリスが思ったよりも窓ガラスは頑丈にできていた。最後の望みはそこで断たれ、アリスは力無く床に倒れた。


(ああ、私はここで死ぬのね。選挙戦はどうなったのかしら。エマとポールとマテオさんは手紙の通りにうまくやってくれたかしら?お父様、私が生きている間に悪者に天罰を下すことができず申し訳ありません)


 部屋には徐々に煙が充満し、アリスは頭痛とめまいがした。もうすぐ意識を失うのだろう。次第に目の前がぐるぐると回りだし、視界が狭くなっていくのを感じた。


(さようならシャルル様……どうぞお幸せになってください。あなたのことが、好きでした)


 その時パリン、とガラスの割れる音が聞こえ、人影が部屋の中に飛び込んでくるのがぼんやりと見えた。


「危ない……ここから逃げてください」


 アリスはか細い声で言った。


「もう大丈夫だ、一緒に逃げようアリス」


 アリスが意識を失う直前に目にしたのは、そこにいるはずのないシャルルの姿だった。

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