監禁
選挙戦が終盤に差し掛かったある日、嵐の風雨が屋敷に吹き付ける中、シャルルはアントワーヌからの手紙を何度も読み返していた。書いてあることがにわかに信じられなかった。
「二週間ほど前、アリスさんがジョセフ・バシュラールとの会食をしているのを最後に目撃証言が途絶えている。どうやらアリスさんはジョセフ・バシュラールよりも先に店を出たらしいからその後行動は共にしていないようなんだが……。その数日後、ジョセフ・バシュラールはオベール=バシュラール家の別荘付近で目撃されている。確証は無いけど、ジョセフ・バシュラールがアリスさんについて何らかの事情を知っている可能性はあると思う」
(なぜジョセフ・バシュラールが……?)
手紙に書かれていたバシュラール家の別荘の住所は、船で海を渡った先にある、観光地の島の中だった。狡猾で知られる先々代当主ジョセフが絡んでいる……?シャルルは嫌な予感しかしなかった。シャルルは叫んだ。
「誰か、早く馬を!」
屋敷にいたポールが、急いで馬の準備を整えた。
「こんな嵐の中、危険ですよシャルル様!」
「ありがとうポール、でも大丈夫だよ。とても重要な用事なんだ。アリスを見つけられるかもしれない手がかりなんだ!」
シャルルにとっては、今まで手がかりの掴めない全くの暗闇だったところに、ほんの少し光りが射したような気持ちだった。少しでも可能性があるのなら、そこに賭けるべきだと思った。シャルルは白毛の愛馬にまたがると、船着き場目指して一目散に駆けていった。
***
その二週間ほど前のこと……。
「アリス・エマール、少し派手にやりすぎたな」
頑丈な木で造られたそのオベール=バシュラール家の別荘は、ジョセフ・バシュラールがかつて当主だった頃からよく利用している場所だった。アリスは奥まった部屋で縄により両手両足を縛られ、転がされていた。木の床にはところどころドス黒いシミができていた。それは嫌でもアリスに、この部屋でかつてバシュラール家による拷問やそれ以上のことがあったことを想像させた。
アリスはあの日工作員に首を絞められて意識を失った後、目隠しをされて何かに乗せられ、気が付いた時にはこの部屋で縛り上げられて転がされていた。暴力を用いた権謀術数に関して言えば、ジョセフはアリスよりも上手だった。
「何のことか……私には分かりませんわ」
「他の者の目はごまかせても、ワシの目はごまかせん。お主がこの選挙戦で何か企んでいることは分かっておる。ウジェーヌが無事に宰相に就任するまでじゃ。それまでに何かされたらたまったものではないからのう。アルノー家のV字回復に関する様々な案件でお主が関わっていたのではないかとワシは睨んでおる。オベール家からの金鉱取得についてもそうじゃ。そして今回の契約……全てお主の思惑が働いたんじゃろうて。さぁ、何を企んでおったんじゃ?言うてみい」
「……」
アリスは黙っていた。
「まぁよい。ここにいれば何か企んでいたとしても何もできまい。食事も提供するから安心せい。あと二週間と少しの辛抱じゃ。宰相の椅子はバシュラール家にとって悲願なんじゃ。悪く思うな」
アリスはジョセフを見上げて言った。
「ジョセフ様……見損ないましたわ。これのどこが『ワシの好きなフェアプレー』なのでしょう」
「アリスよ、良いことを教えてやろう。悪事もばれることがなければ全てフェアプレーなのじゃ」
ジョセフは今までもこうやってバシュラール家にとっての敵の面々を葬り去ってきたのだろう、とアリスは思った。
「本当のお爺様のように慕っておりました」
アリスは目に涙を溜めて言った。それは本心だった。
ジョセフはアリスを監禁している部屋を出ると、監視役である工作員の男に言った。
「選挙結果が出たらすぐに、あの女を縛ったままこの別荘に火を付けろ。何も証拠の残らないようにしっかりと炭になるまで焼くんじゃ。分かったな」




