オベール=バシュラール家当主ウジェーヌの誕生
一週間前にシャルルは拘置所への送致が決まった日、エマに対して言った。
「僕がもし戻って来られなかったら……アルノー家を皆で守っていってほしいんだ。皆が家族同士だと思って、支えあってほしい」
「そんなシャルル様……必ず戻っていらっしゃると信じております」
「それと、もし僕がいない間にアリスが戻ってきてくれたらこれを渡してくれないか?」
シャルルは白銀の鷲のペンダントを胸ポケットから取り出すと、エマの手に握らせた。
「僕の魂はここに。アリスならどんな状況でもアルノー家を正しい方向に導いてくれる。そんな気がするんだ」
エマはハッとしてシャルルを見た。その表情は決意に満ちていた。この御方は全て気づいているのかもしれない、エマはその時ふとそう思った。
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「シャルル様……ご無事でよかった……!」
アリスが拘置所に駆け付けた時、シャルルは自力で歩けないほどに衰弱していたが、アリスに笑顔を見せた。アリスは解放されたシャルルを抱き留めると、すぐに持病の薬を水で流し込んで飲ませた。その後肩を貸して馬車へと担ぎ込み、アルノー家の屋敷のシャルルのベッドへと運んで寝かせた。
「体力の回復までには、しばらく時間がかかるでしょう」
シャルルのベッドを囲み、エマやポール、マテオらがアリスと共に心配そうな面持ちで立っていた。もう数日遅かったら助からなかったかもしれない、と医師は言った。シャルルはやつれた顔で笑顔を浮かべながら言った。
「僕がいない間心配かけてすまなかったね。少し休んだらすぐ動けるようになるから」
アリスはシャルルのことを心配しながらも一人、他の人々とは少し違うことを考えていた。
(オベール家にバシュラール家……我々を裏切り……お父様の心を傷つけ、シャルル様まで汚い手を使って痛めつけるなんて。やはり私の手で必ず天罰を与えなければなりませんわ)
シャルルが帰ってきた日から、新聞や週刊誌などでアルノー家を批判する記事や悪い噂はぱったりと止んだ。逆に、手のひらを返したかのようにアルノー家を称賛する記事が溢れた。ベアトリスのシャルルに対する告発は何かの間違いだったことにされた。何はともあれ、窮地は脱出することができた。
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ある日、アリスはとある新聞記事を食い入るように読んでいた。記事によると、オベール家、バシュラール家の当主が揃って引退することが発表されたという。両家は一つのオベール=バシュラール家となり、後を継いだウジェーヌ・オベール=バシュラールが若き当主となった。
そして、次期宰相選の公示は約一か月後だという――仮にウジェーヌ・オベール=バシュラールが宰相選に立候補した場合、再選を目指す現宰相のニコラ・ダヴーとの激しい選挙戦が予想される――その記事はそう締めくくられていた。




