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このあたりで凄い鉱脈が発見されたそうで

 マテオは、半年振りに作業着姿でジャンの経営するバーを訪れていた。明日は月末、金鉱夫が月に一回金鉱石を持ち帰ることのできる日である。店の中は月末を前祝いする客でごった返していた。店の奥からマテオの姿を見つけたジャンが現れて言った。


「おいマテオ、もう二度と来るなと言ったはずだ。お前に飲ませる酒はない。帰りな」

「ジャン、今日はどうしてもお前と飲みたい気分なんだ」


 ジャンはマテオのことをじろりと睨んだ。マテオが言った。


「それに、お前は私の命令を聞く必要がある」

「ああ?なんだって?俺はお前に命令される覚えはないぞ」


 マテオは、ジャンの肩に手をかけて言った。


「明日から私がこの金鉱の現場監督なんだ」

「……なに?おい、どういうことなんだ」


 マテオは金鉱の権利書を懐から出してジャンに見せた。


「お、お前まさか……!!」

「ああ、この金鉱はすでに私の世話になっているアルノー家の物だ。ついにゾラの奴を追い出す算段が整ったんだ。リュカと……親父の仇を!」


***


 翌日、ゾラが金鉱の事務所にやってくると、見知らぬ警備員に入口のところで止められた。


「おい、なんだお前らは。私は現場監督のゾラ様だぞ」

「ああ、どうもゾラさん」


 事務所の奥から聞き慣れた声がした。作業着姿のマテオが事務所から出てきた。


「この金鉱はすでにオーナーが代わり、あなたは解雇されましたよ」

「……え?あれ、あなたはマテオの旦那では?」

 

 ゾラは目を丸くして言った。目の前にいるのは紛れもなくマテオだったが、金持ちオーラは消え去ってまるで別人になっていた。


「はい、今日から私が現場監督になりました」

「……はぁ?」


 ゾラは何が起きているのがさっぱり分からなかった。その時ゾラの横を通って、ジャンを始めとした作業着の金鉱夫たちが次々に事務所へと入っていった。ゾラは彼らを見て叫んだ。


「おい、ちょっと待て。お前らなんで事務所に入っていくんだ!金鉱の入り口はそっちじゃないぞ!」


 ジャンはゾラの方をチラリと見てから言った。


「このあたりで凄い鉱脈が発見されたそうでね」


 しばらくすると、「ウォォ~!!純度百パーセントォォ!!」という歓声と共に、金の延べ棒を肩に担いだ金鉱夫たちが事務所からぞろぞろと出てきた。


「今夜はお祝いだ~~っ!!!!」


 ゾラが呆然とする中、金鉱夫たちは狂喜乱舞して踊りながら町中のバーというバーへと飛び込んでいった。


「そ、それは……!!クソが!!!!それは私の金だぞっ!!!!」


 我に返ったゾラが慌てて事務所に入ろうとすると、再び警備員に止められた。


「この事務所も金鉱の一部です。今日金鉱に入って金鉱石を持ち帰ることのできるのは、今月これまで無賃で働いた金鉱夫だけですよ。証明書はどこです?」

「な……なんだってぇぇぇ?!ぐああああああああああ~~~!!」


 混乱の極致に到ったゾラは、頭をかきむしりながらその場にへたりこんだ。ゾラの資産は事務所の床下に隠してある金の延べ棒が全てだった。マテオはゾラを冷たい目で見下ろした。


「ゾラ、私は二十年前お前に事故を装って殺された労働組合長の息子だ。マテオと聞いて何も思い出さなかったのか?」


 ゾラは青ざめた表情でマテオを見上げた。マテオは続けて言った。


「二度とランコルダに足を踏み入れるな。分かったな」


 その日の夜、ジャンのバーでは、マテオとジャン、そしてアリスが祝杯を上げていた。バーには金の延べ棒ボーナスを祝う客たちで溢れかえっていた。


「今日は限界まで飲んでいけよマテオ!はい、アリスさんには牛乳」

「ああ!ジャン、お前も付き合えよな」


 三人は大声で乾杯をした。ジャンは、マテオの方を見つめて言った。


「あのさ……こないだはあんな扱いして悪かったな。マテオ」

「いや、いいんだジャン。二十年前のあの時は……すまなかった。現場監督には私がなるはずだったのに、私は逃げてしまったんだ。そのせいでお前の親父さんが……」


 ジャンはマテオの肩に手をかけて言った。


「気にするなマテオ、お前を責めるのはお角違いだって分かってたんだ。俺もな、親父が死んだ理由が分からなくて、ただ誰か責める相手が欲しかっただけなんだ。本当に悪いのはゾラの奴さ。お前じゃない。今まで、すまなかった」

「私を……俺を許してくれるのかい、ジャン」


 ジャンは無言でマテオを抱きしめた。二人の目には、涙が光っていた。その様子を微笑ましく見ていたアリスがパチパチと拍手を始めると、伝播した他の客からも拍手が聞こえ始め、それはやがて大きな歓声となって二人を包み込んだ。ジャンは店にいる金鉱夫たちに向かって言った。


「お前らよく聞け!憎きゾラの野郎は消えた!今日は俺のおごりだから、店の酒がカラになるまで飲んで行けよ!」

「うぉぉぉぉおおおおお!!」

「ジャン万歳!マテオ万歳!」


 アリスは、温かい笑みを浮かべ、嬉しそうなマテオの横顔を見つめながら牛乳を飲んでいた。


(上手くいってよかったですわ。これでまたここの牛乳を飲みにくる口実もできましたし……)


***


 アルノー家がムール山の金鉱を獲得し、マテオがその監督に就任して以降、ムール山の金鉱夫の待遇は劇的に改善した。健康被害をもたらしていた水銀の使用も禁止され、ランコルダには最新式の金の精製炉が導入された。石ころを混ぜられることのなくなった金鉱石は以前の高い金純度となり、アルノー家に長期に渡って大きな利益をもたらすこととなった。

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