金鉱石の横流し
「それで、マテオさんは隣国でビジネスを営んでいらっしゃるとか。こちらの国へはよくいらっしゃるのですか」
ゾラはマテオのことを見定めるように言った。
「いえ、今回が初めてのことです。お金が余っているので、より大きな新規ビジネスを手掛けようと思いましてね。特に昨今の金の値上がりに目を付けまして」
「お目が高いですな」
ゾラはマテオにウイスキーを勧めた。マテオはそれを一気に飲み干すと言った。
「この際、もう前置きはよろしいでしょう。『純度』のお話しをしようではありませんか」
ゾラは、ニヤリと笑みを浮かべ、マテオに顔を近づけると、ヒソヒソと話し始めた。
「なぁに、とても簡単なことですよ。マテオさん、あなたは純度の高い金鉱石をお手頃価格で私から買い取ります。それを隣国へとばれないように持ち帰り、代わりにこの山の鉱石に似た見た目の石ころを同じ量持ってきてください。決して精製した金はこの国で流通させないように。分かりますね?」
***
それからしばらくして、アルノー家の屋敷の裏庭には、大量の金鉱石の山ができた。山は日に日に大きくなっていった。
「うわぁ、なんだこりゃ!石ころだらけじゃないか!」
ある日金鉱石の山を見つけたポールが、素っ頓狂な声を上げた。
「うふふ、シャルル様の許可はちゃんと取ってありますわ」
アリスはポールに言った。
「もっともっと大きくなりますから、また見に来てくださいね、ポールさん」
翌日、ムール山の金鉱にある事務所には、再び白いスーツでビシっと決めたマテオが訪れていた。
「この取引は素晴らしいですな。毎月の『純度』を、もう少し多く買い取りたいと思いましてね」
現場監督のゾラは飛び上がって喜んだ。マテオとのビジネスは完ぺきだった。マテオが横流しされた鉱石の運搬を全て手配し、夜誰にも見つからずに金鉱石の搬出と石ころの搬入が実行されていた。今までゾラがこっそりとやっていた横流しとは比較にならない量をスムーズに受け渡しできた。マテオはゾラにとってこれ以上ないパートナーだった。
マテオに横流しした金鉱石の売却金は全てゾラの懐に入っていった。ゾラは大量の紙幣の保管で足が付かないよう、得たお金は知り合いの金の換金所で金の延べ棒に交換し、事務所の床下に隠していた。もう一年もして大量の金の延べ棒が貯まったら、こっそりと運び出してドロンする計画だった。
「マテオの旦那、あんまり急にやってオベール家に勘付かれでもしたら大変ですからね。毎月少しずつ増やしましょう、少しずつです」
帰り道、帽子を深々とかぶった馬車のお付きの者が、マテオに話しかけた。
「今のところ順調ですね、マテオさん。指輪や成金風スーツなどをわざわざ買ってご用意したかいがありましたわ」
「アリスさんのおっしゃる通りになりましたね。……このまま上手くいきますでしょうか」
「ええ、このペースでいけばきっと上手くいくと思います」
マテオとアリスは、アルノー家の資金を使って毎月どんどん横流し金鉱石の購入量を増やしていった。ゾラは目立たないように少しずつ増やしたかったが、自分の欲とこの最高の顧客の押しに負け、毎月言われるがままに横流しする量が増えていった。




