現場監督ゾラ
オベール家から派遣されムール山の金鉱を監督するゾラは、血も涙もない男であり、金の亡者であった。頭の中にあるのはいかに一ルークでも多く鉱山の労働者から搾取するかということだけである。毎月の最終日以外に金鉱石を持ち出そうとする者がいれば見せしめのために容赦なく鞭打ちにしたし、労働者へ提供する寝床と食事は極限まで切り詰めた。ヒョロリと細長い背に自慢の口髭を蓄え、いつも部下に対し理不尽に激高する一方で、オベール家から偉い人が来ると満面の営業スマイルで媚びを売った。
キャンプから一か月後、マテオは再び金鉱の町ランコルダへと帰ってきていた。
「ゾラ様、とんでもないお金持ちの投資家を名乗る方がいらっしゃっております!」
「ほほう、どれ会ってみるか」
ゾラが金鉱の事務所から出てくると、そこには白馬に引かれた黄金に輝く馬車が停まっており、お付きの者が馬車の扉を開くと中からホワイトのスーツに身を包んだ男――マテオがひらりと降りてきた。男は両手の全ての指に純金に大きな宝石が付いた指輪を装着しており、ピッチリと七三にポマードで固められた赤髪と、寸分の狂いもなくミリ単位で整えられた髭は、その男の全身からほとばしる金持ちオーラをさらに高めていた。ゾラは想像を超える金持ち男の登場に度肝を抜かれた。
(間違いない。この男はとてつもない金持ちだ。どこぞの名のある貴族かはたまた……)
「こちらの金鉱で現場監督をしている、ええと、ゾラと申します。今日はどのような御用で?」
「隣国から来ましたマテオと申します。いい投資先を探しているのです。この町と金鉱は成長著しいと聞きましてな」
マテオの指先に輝く大粒のダイヤモンドの指輪が光った。ゾラの頭の中では、何カラットのダイヤでいくらするものなのか瞬時に計算が進んだ。
(あれ一つだけでも二千万ルークは下るまい……!)
「お目が高いですな。ランコルダには国中から一獲千金を求めて毎日たくさんの移住者がやってきます。ここ二十年でランコルダの人口は三倍になったのです」
(その間に平均寿命は半分になったがな。)
「投資するとしたらどこがおすすめですかな?まずは手始めに三億ルークほど投資したいのだが」
(これはとんでもない獲物がかかったぞ)
ゾラは現場監督である自分の立場を利用し、無知な投資家を仲介しては上前をはねて私腹を肥やしていた。ゾラは額にじわじわと浮かんできた汗をぬぐって言った。
「そういうことであれば、中でゆっくりとお話ししましょう」
ゾラは部下に命じて上等のワインとチーズを用意させ、マテオに部屋の奥にあるソファへと座るよう促した。
「町で一番利回りが高いのは金の換金所ですな。続いて酒と女でしょう。三億ルークあればまとめて何軒か購入できますよ。早速知り合いに声をかけましょう」
「ふむ、町のビジネスもいいのですが、よろしければ、金鉱もお見せいただけますかな?」
「ああ、金鉱はオベール家の所有となっていて、彼らにとってドル箱の資産なのでアンタッチャブルですよ。どんなにお金があっても権利の取得は難しいでしょう。目的次第では方法がないわけではないですが……。まぁ、見学だけでよろしければ自分がお連れしましょう」
「是非お願いします」
ゾラはマテオを連れて金鉱の案内を始めた。マテオにとって久しぶりの金鉱だった。細い坑道に沿って、金鉱夫たちは現場の監督官たちの元、黙々と作業していた。粉塵の中、監督官たちを除き多くの者たちが簡易的なマスクのみで作業をしていた。マテオは二十年前と違い、あまりに杜撰な管理の元金鉱夫たちが働いていることに驚かされた。
「ほら、この石を見てください」
ゾラはマテオに向かって五センチメートル四方程度の石のカケラを拾って見せた。そのカケラの端っこには、僅かな分量の金が輝いていた。
「これらを持ち帰って砕き、水銀に混ぜて金を取り出すのです。ここの金鉱石の純度はピカイチですよ。通常の金鉱では掘り出した一トンの鉱石の中から取れる金は五グラムほどですが、ここではその数倍は堅い」
ゾラはマテオの耳元に近寄って囁いた。
「もっとも、時々純度が下がってしまうこともありますがね」
マテオはすぐにピンと来た。ゾラは純度の高い金鉱石を横流ししては粗悪な石を混ぜて、金純度をごまかしてオベール家へと報告しているのだろう。昔ランコルダに住んでいた時に聞いたことのある悪徳な手口だった。
「なるほど……。是非余った『純度』を買い取りたいものですな」
マテオは、ゾラの口角がニヤリと歪んだのを見逃さなかった。マテオは周囲を見渡して聞いた。
「鉱山の入り口は、ここ一つなのですか?」
「ええ、金鉱夫は皆ここから入って作業をします」
事務所の横を抜けて坑道に入り、もう一キロメートルほどは細い道のりを歩いて来ていた。二人は来た道を戻り、しばらくして坑道の入り口にある事務所に到着した。
「面白いものを見せてもらいました。ゾラさんと言いましたね。ありがとう」
「マテオさん、もし余った『純度』に興味がお有りであれば、今晩、十時に『ソト』という名前のバーに来てください」
ゾラはそう囁きながら、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。マテオはそのゾラの笑みを見て虫唾が走った。
(ゾラ……親父とリュカの仇)
マテオは、怒りを胸に秘めながら夜十時に指定のバーへと向かった。




