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この町を救う方法は

「てめぇに飲ませる酒はねぇ。出て行きな。この裏切り者!!」


 アリスとマテオの二人はジャンと呼ばれた店主にバーから叩き出された。二人は逃げるようにその場を後にし、離れたところにあるベンチに腰をかけた。


「アリスさん、申し訳ありません。私はやはりここに来るべきではなかった……」

「過去に一体何があったのか、お聞きしてもよろしいですか?」

「ええ……本当は心にしまっておくつもりだったのですが」


 マテオはゆっくりと口を開き、話し始めた。


「私が子供の頃、父がここで金鉱の労働組合長をしていたのです。父は押しの強い性格で、金鉱の所有権を持つ会社から派遣された鉱山の監督に対しても一歩も引きませんでした。その頃はしっかりと給与も金鉱夫に対して支払われていて、今のような厳しい条件のタダ働きはなかったのです」


 アリスは、しっかり者のマテオの父親のことを想像した。きっと立派な人物だったのだろう。


「全てが変わったのは、金鉱の所有権がオベール家に移ってからでした。オベール家は現在の劣悪な労働環境をもたらす仕組みを導入しようとしましたが、父はもちろん新しくオベール家から派遣された現場監督に対しても毅然とした態度で立ち向かいました。しかし一か月後、父は坑道の崩落による事故で亡くなりました」


 アリスはハッと両手で口を押さえた。


「なんてこと……。聞いてしまい申し訳ありません」

「いえ、もう随分昔のことですからいいのです……。労働組合長の息子だった私は、当時二十歳を過ぎたばかりの若造でしたが、周囲からは次期労働組合長になることを期待されていました。私も当然そうなるものだと思い、意気込んでいたのです。しかしそれから間もなくして、母が水銀中毒で倒れ、もう長くないことが分かりました。母は死の床で最期のお願いを私に告げました」


 マテオは遠い目をしながら言った。


「『一生のお願いよ。労働組合の代表になることだけはやめて。父さんは殺されたのよ』と」


 アリスは身じろぎ一つせず、じっとマテオの瞳を見つめていた。


「それから間もなくして、母は父の後を追うように亡くなりました。私は母からの最期のお願いと周囲からの期待の狭間で迷い、結局逃げ出してしまいました。山を下り、シャルル様の御父上に拾っていただいたのです」


 マテオはそこで少し止まってから、続けた。


「その後風の便りで耳にしたのは、先ほどのジャンの父親であるリュカが望まぬままに次期労働組合長となり、その僅か一週間後に原因不明の事故で亡くなったということでした。ジャンが私を父親の仇だと思うのは無理もないことです」

「まぁ……。でも、それはマテオさんのせいではありませんわ……」


 マテオはアリスに向かって笑みを作り、ありがとう、と言った。


「結局リュカの死後労働組合は解散し、オベール家の意向通り今のような劣悪な労働環境が生まれたのだそうです。金鉱石から金を取り出すために、健康に害のある安価な水銀も以前より大量に使われるようになりました。それに昔はありませんでしたが、今は子供も大人の身体が入れない狭い場所で働かされています。町の人々はまだ明るさを失ってはいないようですが、ここに住む人々の平均寿命はかなり短くなり、今では一般的な人々の半分程度だそうです。今だに一獲千金を求めて各地から新参者がやってきますが、その代償は大きいのです」

「そうなのですね……。この土地を離れてから長いのにお詳しいのですね」

「ええ、私にとってたった一つの故郷ですからね。ずっと情報は取るようにしています。故郷の悪い話を耳にするのは辛いことですが」


 アリスは考え込みながら言った。


「……どうすればこの町を救えるのでしょうか」

「相手は天下のオベール家です。彼らが弱者から搾取を続けようとする限り、どうしようもありません」

「そのオベール家から派遣されている現場監督というのは、どのような人なのですか?」


 マテオの表情が変わった。


「クソ野郎ですよ!労働者を虫ケラのように扱い、ただ利益を自分の懐に入れることだけを考えている野郎です!」


 アリスは普段紳士の鑑のようなマテオの取り乱し方に驚いた。


「もしこの町を救える方法があるとしたら……?」

「もし故郷を救えるのなら、私はどんなことでもしたい……するつもりです」


 アリスはしばらく考え込んだ後、ベンチからおもむろに立ち上がると言った。


「少し、試してみたいことがあるんです。もしかしたら……この町を救えるかもしれません」

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