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マテオと金山

「ひー、ひー、まだこんな道が続くのかよエマ~」

「あんた、男なんだからもっとしゃきっとしなさいよポール!この土と木々の香り、流れるそよ風……!最高じゃない」


 エマは立ち止って目を閉じ、気持ち良さそうに呼吸をした。登山家エマの一行総勢四名は、週末の三連休に自然の美しさを楽しみながらムール山の登山道を進んでいた。ムール山は、南部の人々にとって人気の登山コース、キャンプ地でありながら、金の産出量が豊富な現役の金山でもあった。久しぶりに身体を動かしたアリスは心身共にリフレッシュするのを感じていた。


(シャルル様も次は一緒にいらっしゃるといいけれど)


 シャルルはまだ登山ができるほどの体力は戻っていなかったため、屋敷で他の使用人たちと連休を過ごしていた。アリスはシャルルの柔らかな唇の感触を思い出して顔が赤くなった。アリスは顔をぶんぶんと振ると、隣を歩くマテオの方を向いて聞いた。


「……そういえば、この登山道の先にある町はマテオさんの故郷なのでしたよね?」

「ええ、そうです。もう訪れるのは二十年ぶりになりますな」


 山道の途中にある、標高千八百メートルほどのところに位置する町ランコルダは、ムール山の金鉱で働く人々や、登山家、キャンパーたちの観光で栄える、人口三万人ほどの町である。マテオはランコルダの出身で、金鉱で働く金鉱夫の家で生まれ育った。二十年ほど前にアルノー家の執事となる前は、この町で暮らしていたという。


「知り合いは今もいらっしゃるのですか?」

「ええ……恐らくは。ただ、私は皆を置いて出てきたものですから。合わせる顔がないというのが正直なところです。もう二十年前のことですし、私はあの頃若かったですから、風貌も変わって誰も私のことは分からないと思いますがね」


 マテオは口髭を撫でながら言った。マテオは屋敷でも年長の方で、歳は四十前後といったところだった。赤髪は七三分けに整えられ、毛先の揃った口髭、あご髭を加えいかにもしっかり者の執事といった雰囲気を醸し出している。シャルルとはシャルルが幼い頃からの付き合いで、屋敷内のメンバーからの信頼は一際厚かった。エマがポールとアリス以外の登山メンバーを探していて、地元が登山に都合の良いムール山の山間の町、ランコルダだということで白羽の矢が立ったのがマテオだった。


「わぁ、あれがランコルダじゃない?マテオ、そうよね?」


 エマが遠くに見える門を見てマテオに聞いた。


「はい、そうです」


 ポールはそれを聞いてガッツポーズをした。


「やったー、遂に着いたぞー!キャンプだキャンプ!」


 一行が町に到着すると、色とりどりの看板を付けた店がずらりと並び、盛んに登山客の客引きをしていた。店には登山道具からキャンプ道具、日用品、お土産など様々な物が揃っていた。その中に、見慣れない大きなトンカチと、全長四十センチメートル、直径三センチメートルはあるような、先のとがった鉄製のネジのような物があった。アリスはマテオに聞いた。


「マテオさん、もしかしてこれらの道具は……」

「はい、金鉱夫が金鉱石の採掘に使う道具ですよ」


 ポールが横から口を挟んだ。


「へー、やっぱり金掘れるんだな!夢があるぜ~!」

「いえ、そんなにいいものではないですよ……」


 マテオはぼそりと言った。アリスはマテオの少し棘のある返答が気になった。


 一行は歩いて町を上っていき、見晴らしのいい場所に出た。そこからは、山間の町ランコルダの全体が良く見えた。そこでマテオが三人に向かって町を説明した。


「ほら、見てください。町が東西でくっきりと分かれているのが分かりますか?西側は、私が住んでいた頃には無かった、キャンプ場があるおしゃれな区域です。東側の掘っ立て小屋ばかりが並んでいる区域が私の生まれ育ったところ、つまり金鉱夫たちの住んでいるところです。もっとも、私が出て二十年経ち、東側の区域も大分広がったようですね。人口も大分増えたように思います」


 マテオは目を細めて言った。


「金鉱夫たちの現在の働き方は、カチョレオと呼ばれる特殊な形態をとっていて、約三十日間食事と寝る場所だけ与えられて、まず無償での労働が求められます。そして毎月最終日だけ、自分で肩に担いで持って帰れるだけの鉱石を鉱山から持ち出すことが許されるのです。そこに金が混ざっていればいいですが、混ざっていなければ一か月タダ働きです」

「ほえ~。一か月働いて月に一回の運試しをするってわけか」


 ポールが唸った。無類のギャンブル好きのポールとしては血がたぎる部分はあったが、一方で温室育ちのポールとしてはとてもできそうにないことだった。エマが口を開いた。


「よし、西側のあそこが予約しているキャンプ場だわ。早速行きましょう!キャンプ楽しみ~♪」


 アリスが盛り上がっているエマの肩をトントン、と叩いた。


「すみませんエマさん、私ちょっと金鉱側の町に興味がありまして……少し二手に別れるのはいかがでしょうか?」

「え、ああ、いいわよ。マテオと一緒に東側の方の町を探索したいのね。じゃあ私たちは先に行くわね!」


 エマはポールの手を引っ張ると、風のようにキャンプ場の方へと駆けていった。


「……マテオさんは行かなくてよろしかったのですか?」

「いえ、一人で行かれるのは少し危険な場所ですので、アリスさんにお供いたしますよ。警察の影響がほとんど及ばない、治外法権のような地域なんです。それ故、仮に事件があったとしても大抵内々で処理されます。それに、二十年振りに懐かしくもありまして。しかし、金鉱に興味がお有りとは珍しいですね」

「ありがとうございます。ええ、先ほどのマテオさんのお話を聞いていたら興味が湧いて来たんです」

「とてもフレンドリーな人の多いところですよ」


 大通りから脇道を抜け東側の町へと入って行くと、アリスはすぐに雰囲気が変わったのが分かった。町は独特の重たい金属のような匂いで満ち、お世辞にも衛生的とは言いづらかった。山からの雪解け水が黒く濁って町のあちこちを流れていた。町中には数多くの小さな食堂や公衆トイレ、工具を売る露店などがあり、その中でも特に多くの金の取引所が目に付いた。金の取引所が複数ある場所には、大抵金鉱石を砕いて金を精製するための作業場が隣接していた。そこら中の建物は素人が建てたような雑な造りの小屋ばかりで、万が一大きな地震でもあった日には一斉に倒壊してしまいそうだった。


「アリスさん、あそこの山が見えますか?」

「まぁ、山が……ぱっくりと割れてますわ……!」


 マテオが指差した先には、まるで包丁で叩き切ったかのように先端が真っ二つに裂けたはげ山が見えた。


「あれがムール山最大の金鉱です。金の鉱脈は『脈』という名の通り、血管のように山の地中を通っています。地表から見えるのはその『脈』の先端だけなので、それを奥へ奥へと掘り進んでいった結果、山が真っ二つになってしまったというわけです」

「へぇ、とても興味深いですわ……」

「さて、とりあえず一杯ひっかけましょうか」

「私は未成年なのでお酒は飲めませんが、牛乳でよろしければご一緒いたしますわ」


 マテオはアリスを連れて、この辺りでも一際大きいバーへと入っていった。バーの中には立ち飲みのテーブルが十ほどあり、週末だったこともあってか、まだ外の明るい時間にも関わらず店内はごった返していたが、男性百パーセントのその店の客は例外なく金鉱用の作業服を着ていた。店の奥、一段上がったところではバンドが民族音楽の演奏をしていた。


「おお、この辺りで見ない顔じゃないか。一杯おごらせてくれよ」


 早速隣の陽気な男性二人組がアリスとマテオに絡んできた。さらに周囲の男たちが集まって来て、初対面のアリスとマテオの肩を叩き親しげに話しかけては次々につまみや飲みものを置いていった。


「ね、フレンドリーな人たちばかりと言ったでしょう?ここでは、昔からいた人たちが一獲千金を求めて集まって来た人を歓迎し、一緒に仲良く過ごす文化があるんです」

「とても素敵ですわ」


 アリスはランコルダ産の牛乳を一口飲んだ。


(まぁ、なんて美味しい牛乳……!このコクと新鮮な味わいは……)


 その時、遠くで声が聞こえた。


「おい、あれマテオじゃないか?」


 暫くして顔中に髭を生やした店長と思しき大柄の人物が奥から出てくると、つかつかとマテオに歩み寄り、その前に立った。


「てめぇ、どのツラ下げて来やがった!」


 店長はマテオの胸ぐらを掴むと、いきり立った表情で問いかけた。バンドは演奏をやめ、周囲の人々は一斉に静かになった。


「ま、まさかお前、ジャンなのか……?」

「ああ、そうだよ。お前に殺されたリュカの息子のジャンだ」

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