密談
ある雨の日、バシュラール家の屋敷では、バシュラール家当主オーギュスタン・バシュラールと、オベール家当主のヴァロンタン・オベールが非公式の会談を持っていた。
「それで、アルノー家の復活の噂は本当と……?」
「ええ、どうやらそのようですな。資産と収支の状況を調査させましたが、ある時を境にものの見事にV字回復を遂げておるようですぞ。あっという間に我々に次ぎ第三の資産を持った勢力へと返り咲いておりました……」
オーギュスタンは腕を組んで考え込んでいた。ヴァロンタンは口を開いた。
「ふむ……。何か手立てを講じておくべきですかな。それにしてもエマール家の、ええと、なんと言ったか。アリス・エマールは良い時にアルノー家に奉公に行ったものだ」
「ウジェーヌの元婚約者の、あのアリス・エマールが?それは初耳ですな」
ヴァロンタンは言った。
「ええ、以前私のところに来ましてね、シャルル・アルノーを紹介して欲しいと」
その時ドアを開ける音がすると、ハスキーな声が部屋に響いた。
「そのアリス・エマールじゃがな……」
「ジョセフ様……!」
「父上……!」
バシュラール家先代当主、ジョセフ・バシュラールだった。その威厳にオーギュスタンとヴァロンタンは椅子から立ち上がり、一礼した。ジョセフは二人の間に腰をかけると丸眼鏡の位置を直してから言った。
「念のため、探らせておったんじゃ。アリスは我々に恨みを持っているかもしれんじゃろう?それに、アリスがアルノー家に奉公に出たのを境に、アルノー家が急速に復興を始めた」
「まさか……。あの娘一人に何ができると言うのですか」
「オーギュスタン、お主はちと黙っておれ。ヴァロンタン殿、どう思う?」
ヴァロンタンはアリス・エマールと会った時のことを思い出していた。
「私にも、彼女が何かできるとは思えませんな。ただ、非常に気持ちの良い女性でして、我々への恨みは全く感じませんでしたな」
「ふむ、ヴァロンタン殿もそう思うか」
「して、調査の結果はいかがだったのでしょう?」
ジョセフは少し考えるそぶりをしてから口を開いた。
「……シロじゃ。アリス・エマールはアルノー家でただの一使用人として働いておる。それ以上でも、それ以下でもない。目立った動きも見つからなかった。一方で、当主のシャルル・アルノーは明確に病から回復してきているようじゃ」
「シャルル・アルノーが……!」
オーギュスタンとヴァロンタンは互いに顔を見合わせた。オベール家令嬢ベアトリスは、没落し余命幾ばくも無いと思われていたシャルル・アルノーとの婚約を一方的に解消してウジェーヌと結婚した。シャルル・アルノーがバシュラール家とオベール家に敵対する可能性は十分にあった。
「ウジェーヌは近い将来宰相になる。シャルル・アルノーが我々にとって不安の種となるのであれば、早々に取り除いておいた方がよいじゃろうな」
「……承知いたしました父上」
「かしこまりました。我々も手を尽くしましょう」
(ワシにはどうしてもアリス・エマールが完全にシロだとは思えんのじゃが……)
ジョセフはまだ、心のどこかで何かが引っかかっているのを感じていた。




