作戦開始
「うわああああああ~!」
アリスがチューリップのマーケットを訪れてからしばらく経ったある日、アリスが屋敷の庭園で飼っている大きな鳥かごの中の鳩たちに鼻歌を歌いながら餌をあげていると、ポールが叫び声を上げながら走って来るのが聞こえた。
「聞いてくれよアリス……!」
「あらポールさん、今日はどうなさったんですか?」
「騙された!あのチューリップ野郎に!」
「チューリップ野郎?」
「こないだ買ったチューリップの球根が、とんでもなく小さい球根だったんだ!値段と重さに関係があるなんて知らなかったぜ!銘柄と価格だけ見てた!」
ポールは興奮してよく分からなくなっていた。
「一体いくらくらい損されたんですか?」
「三十万ルークだよ……」
ポールはうな垂れた。
(五十万ルークで買った球根が二十万ルークの価値しかなかったのね……。可哀想なポールさん)
「どちらで購入されたんでしたっけ?」
「近くのサヴォイホテルにマーケットがあるんだよ。そこで黒い眼帯を付けたチューリップ野郎にやられたんだ」
黒い眼帯と聞いて、アリスの眉がピクリと動いた。黒い眼帯を付けた男は滅多にいないだろう。
「つかぬことをお伺いしますが、チューリップの球根の値段は、毎日どうやって決まるんでしょう?」
「北部の首都シサルピーヌに国で一番でかいチューリップのマーケットがあるんだ。翌朝の新聞にそこで取り引きされた価格が書いてあるから、この街ではそれを目安にしてみんな取り引きしてるよ」
(なるほど、そういう仕組みになっているのですね)
「もうチューリップなんて懲り懲りだ!チクショー!」
アリスは手に持った乾燥トウモロコシの袋を見つめると、少し考えてから言った。
「ねぇ、ポールさん。そのお金、取り返せると言ったら……信じていただけますか?」
「……え?」
***
「アリス、また苦労をかけてしまってすまないね」
「いいんです、シャルル様。お気遣いなく」
アルノー銀行の本店は北部の首都シサルピーヌにあり、周辺の顧客への挨拶回りのため、シャルルの代理として三か月ほどアリスが現地に滞在して対応することになった。
「シャルル様、今回の長期滞在ではエマさんに同行してもらってもよろしいでしょうか?アルノー銀行は元々エマさんのご担当でしたから、色々と伺いたいのです」
「ああ、もちろん問題ないよ」
「屋敷が手薄になってしまいますね。申し訳ございません」
「こちらは大丈夫だよ、アリス。いつもお気遣いありがとう」
あの日以降、シャルルとアリスは急接近していた。話す時は以前より距離感が五十センチは近かった。顔を合わせる度になんとなくお互いは顔を赤くし、声をかけ合う仲になっていた。
「首都シサルピーヌに行けるなんてもう三年振りだわ!とっても楽しみ!呼んでくれてありがとう、アリス」
エマはアリスの両手を取って言った。
「ただエマさん、今回は少し込み入ったお願いがありまして……。少し街をエンジョイする時間は少なくなるかもしれません」
「うんうん、いいわ。アリスにはおっきな借りがあるものね。まさか、また何か面白いことをする気なの?」
アリスは顎に手を当てて言った。
「うーん、面白いといいのですが」
「なになに、気になる!今度はちゃんと作戦を話してよね~」
アリスはコクコク、と頷くと言った。
「ちなみにエマさん、体力に自信はありますか……?」




