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シャルル・アルノー

 シャルル・アルノーは、名家アルノー家に嫡男として生を受けて将来を嘱望された。少年時代、シャルルは運動神経の良いとても活発な少年で、ポロのジュニア大会ではその多くで最優秀選手賞を獲得した。シャルルが試合に登場すると、決まって観客席からは黄色い歓声が上がった。しかし、シャルルのファンには残念なことに、シャルルの婚約者はすでにこの時決まっていた。オベール家令嬢のベアトリス・オベールである。


 母親はシャルルの若い時に事故で無くなり、シャルルに弟や妹はいなかった。そういう点では、父子家庭で育ったアリスの境遇に似たところがあった。シャルルは厳しい父親の元で育ったが、激情家の父の性格とは反対に非常に優しい性格をしていた。シャルルは異国の地から輸入され始めたばかりだったチューリップに魅了された。


 シャルルが十五になったある時、馬術の障害飛越の大会があった。数々の貴族が参加する、そのプライドをかけた大会だった。シャルルはアルノー家を代表して参加し、一次予選を無失点で通過した。大会はスケジュールが非常にタイトだったため、時間を空けずに次々と後続の選手と馬が続いていた。


 二次予選、五番手の選手がコース最後の障害物で、障害飛越後にバランスを崩して落馬したのがシャルルから見えた。馬は何事もなかったかのように、騎手のいないままゴールを駆け抜けた。観客席は障害物の反対側にあり、多くがそちらから観戦していたため、落馬した場所はほとんどの人から見て死角となっていた。六番手の選手は、五番手選手の落馬に全く気が付かずにスタートを切った。


 六番手選手は次々に障害を飛んでいった。シャルルからは、五番手の選手が最終障害物を飛び越えた先でうつ伏せに体を丸めてうずくまっているのが見えた。このままだと、障害を飛び越えた馬に踏まれてしまう!他選手の競技中に馬場に立ち入れば競技上失格である。優勝候補筆頭のシャルルは一瞬躊躇したが、次の瞬間には駆け出していた。


 それを見て、ようやく周囲の人々も異変に気付き始めたが、すでに遅かった。六番手の選手は、集中していて馬場に入って走っているシャルルにも気が付かなかった。シャルルは始め馬の前に立ちはだかって止めることを考えたが、それもタイミング的に間に合いそうになかった。うずくまった選手を安全圏へ引きずっていくのも難しい。時間がギリギリの中で、残された手段は一つしかなかった。


 シャルルは、うずくまっていた五番手の選手を守るように覆いかぶさった。シャルルの背中の上に、最終障害を見事に飛び越えた六番手選手とその馬が、蹄鉄で着地した。


 うずくまっていた五番手の選手は、アントワーヌ・ドゼーという名前の地方侯爵の嫡男だった。アントワーヌは落馬の衝撃でクモ膜下出血を起こしていたため、うずくまったまま動くことができなかったのである。以来、アントワーヌはシャルルを命の恩人と慕い、二人の友情はやがて誰にも負けないほどに強固なものになった。


 しかしその一方で、シャルルが支払った代償も大きかった。


 シャルルはこの事故によって内臓破裂と七箇所の骨折を負い、奇跡的に一命を取り留めることができたものの、以降シャルルは激しい運動を医者に止められ、以前の健康体が嘘のように体質も弱り病気がちになった。


 シャルルが死の淵から目を覚ました時、医者が急いでシャルルの父親であるアルノー家当主を呼びにいった。使用人らが続々と駆け付け、シャルルが意識を取り戻したことを涙して喜んだ。しばらくすると、父親が病室へと入ってきて周囲は急に静まった。父親はぐるぐると包帯で巻かれたシャルルを見下ろして言った。


「この、大馬鹿者が」


 アルノー家当主であるシャルルの父親はそれだけ言い残して去っていき、それ以降死ぬまでシャルルと会話をすることはなかった。

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