ジョセフ・バシュラール
本日の更新終了予定だったのですが、元気なので続けて投稿いたします!
「お前の管轄しているシンシティパレスが巨額の赤字を出したそうじゃな?」
「ええ、お爺様。アルノー家のメイドが十億ルークをルーレットで一点賭けするという狂気の沙汰を起こしまして」
「ワッハッハ。とんだ勝負師のメイドがいたもんじゃのう」
白髪で丸眼鏡をかけた老人、バシュラール家先代当主のジョセフが、ウジェーヌと久しぶりにバシュラール家の屋敷の部屋でポーカーを楽しんでいた。
「大丈夫ですよ、お爺様、ご安心ください。バシュラール家全体からすれば僅かな損失です」
「……お前の言葉をそのまま信じてよいものかのう」
ジョセフはウジェーヌの首筋をジロジロと見ながら言った。そこには濃厚なキスマークが四つも付いていた。
「コホン……。ベアトリス・オベール嬢といつもデレデレと楽しんでいるのはいいことじゃが、周囲は次期バシュラール家当主となるお前のことを、よく見ているということを忘れるでないぞ」
「……は、はい、お爺様」
ウジェーヌはバツが悪そうに頭をかいた。
「あまり調子に乗ってほしくないから今まで言っていなかったがな、お前をいずれ宰相にと推す者も出始めておる。随分先になるやもしれんが……オベール家とも一緒になって、まぁお前はそれだけ期待されているということじゃ」
「さ、宰相ですか……!」
ウジェーヌは宰相の言葉の響きに色めき立った。めくるめく宰相の権力を想像して胸が躍った。
「ところでウジェーヌよ、お前の結婚は祝福するが、アリス・エマール嬢とはその後どうなったのかね?」
ジョセフは、四年前にアリス・エマールが屋敷を訪れた時の印象が鮮烈に残っていた。その後もアリスが訪れる度に、ジョセフはアリスと話すのを楽しみにしていた。バシュラール家を一代で不動の地位に押し上げた、狡猾なことで知られる百戦錬磨のジョセフ・バシュラールからしても、アリスはあの若さにして底知れぬ知性と大物さを感じさせるところがあった。ウジェーヌとアリスが婚約したことを知った時は、没落貴族エマール家の令嬢とはいえ、孫は良い相手を選んだと喜んだものだった。
「ああ、ええと、その……。きっと元気にやっているでしょう、彼女のことですから」
「その後の動向を全く把握しとらんという訳か」
(我が孫ながら甘い男よ。いつ我々に牙を剥く存在になってもおかしくないというのに……)
「エマール家の先代当主とワシは昔仲が良くての。現当主のルイ・エマールとその亡くなった奥さんとも良く一緒に食事をしたもんじゃ。特に亡くなった奥さん、ジョゼフィーヌは非常に賢い女性じゃった。ウジェーヌよ、エマール家を甘く見るでないぞ」
「はぁ……」
ウジェーヌは思った。
(エマール家を甘く見ない方がいい?今や借金だらけで当主が病気の、ただの父子家庭なのに……。一体彼らに何ができるというのか)
「フルハウスじゃ」
ジョセフは手札をオープンして言った。
「な!またですかお爺様……!今日も僕の負けですか……」
ウジェーヌはがっくりと肩を落とした。ジョセフはそんなウジェーヌからは目を逸らし、窓の外の庭を見ながら考え事をしていた。何か頭の片隅で危険を知らせる警報が鳴っている気がして、どうにもその雑音を消し去ることができなかった。
(アリス・エマールか。密偵を使ってその後の動きを探らせてみるかの。あくまで念のためじゃが……)




