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婚約者が知らない令嬢と結婚式を挙げていました

2022年11月8日の日間総合ランキングで1位をいただいた作品の長編版になります。二話以降の設定や内容について、大幅に変更を加えております。まずは10万文字くらいの想定です。少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

「ウジェーヌ、君は本当にあのエマール家の令嬢と婚約したのかね?あの没落貴族のエマール家だぞ?」

「ええ、幼馴染のアリスはとても賢く堅実な女性です。結婚式の予定を立てるのが楽しみですよ父上」


 ウジェーヌの父親であるバシュラール家当主は、息子の婚約に不満だった。


「実はな、今日オベール家と会食があるんだが、ウジェーヌも一緒に来ないか?ベアトリス様もいらっしゃるそうだ」


 オベール家令嬢のベアトリスは美女として社交界で知られている。オベール家は国を代表する金持ち貴族でもあった。ウジェーヌには父が何か企んでいるように思い気が進まなかった。


「いえ父上、私は間もなく結婚する身ですから……」

「顔を出すだけでいいんだよウジェーヌ。どうか私の顔を潰さないでおくれ」

「まぁ、父上がそこまでおっしゃるのなら……。いいですか、顔を出すだけですよ」


 ウジェーヌの父親は会食へと向かう途中にもウジェーヌに話しかけた。


「いいか、ウジェーヌ。我がバシュラール家とオベール家が一緒になれば、君はこの国で国王よりも重要な男になり、世界で一番大きなこの国を動かす男になれるんだ。それこそ男子の本懐とは思わんかね?」


 会食はオベール家が運営する、この国で最も豪華な三ツ星レストランでおこなわれた。ウジェーヌは豪勢な場所や食事など慣れっこになっていたと思っていたが、その店の豪華さには圧倒された。オベール家の威光を示すように一級品の絵画や芸術品が店内に散りばめられ、さながら国立の美術館のようであった。


 ディナーのテーブルにつきしばらくすると、オベール家当主に手を取られ、ベアトリスが輝くブロンドの髪をなびかせて入ってきた。ウジェーヌはすぐに目を奪われた。ベアトリスは噂に違わぬ美人で、透き通るような白い肌をしており、服装の露出度の高さも相まって艶やかな雰囲気をまとっていた。


「お会いできるのを楽しみにしておりましたわ、ウジェーヌ様」


 食事をしている間、ウジェーヌはそわそわしっぱなしだった。大きく胸元の開けたベアトリスのドレスのために、目のやり場に困って食事どころではなかった。ウジェーヌは緊張をほぐすためにアルコールの力を借りようと、赤ワインの注がれた大型のワイングラスを取ろうとした時に、注意が散漫になり手が滑ってしまった。ワイングラスは勢いよく倒れ、中に入っていた赤ワインが前方向に投げ出され、さらにはグラスの倒れどころが悪く、砕け散ったガラスの破片がテーブルの上にまき散らされた。


「も、申し訳ありません……!大丈夫ですか?」

「わたくしは大丈夫ですわ……痛……っ」


 ウジェーヌの向かいに座っていたベアトリスは、上半身にワインの飛沫を浴びただけでなく、テーブルの上に散らばった鋭いガラスの破片に触れてしまい、指先から血を流していた。ウジェーヌは頭が真っ白になった。


「ベアトリス様……!」


 ウジェーヌが慌てて立ち上がり、向かいのベアトリスの方へ駆け寄ると、血を見たベアトリスはふっと気を失ってウジェーヌの胸に倒れ込んだ。否、ベアトリスは気を失ったフリをして、実はウジェーヌの胸に顔をうずめながら舌をペロリと出していた。


 その後ベアトリスは召使いに支えられて部屋をあとにし、気まずい空気が流れたためディナーはお開きになってしまった。ウジェーヌと父親はオベール家当主に謝りっぱなしであった。オベール家当主は怒りを表に出さないようにしていたものの、終始不機嫌なのは明らかだった。


 ディナーの翌日、ウジェーヌは馬車でオベール家の屋敷へと向かっていた。ベアトリスを見舞い、謝罪するためだった。ウジェーヌはオベール家に到着すると、その信じられない豪邸に気後れした。その豪邸は、大きな庭園を囲むように建てられており、鳥のさえずりの聞こえる庭園には、美しい花や木々が数多く植えられていた。屋敷の建物は、白いレンガ造りで、華やかな青い屋根が特徴的だった。屋敷の入り口には、巨大な木製のドアがあり、そこには豪華な照明が飾られていた。ウジェーヌは父の言葉を思い出した。


(いいかウジェーヌ、絶対に粗相のないようにするんだぞ。)


 ウジェーヌは緊張を胸に屋敷に着くと、屋敷にいた白髪の執事に出迎えを受けた。ベアトリスの部屋に直接通されると、ベアトリスが泣き腫らした顔でウジェーヌに抱き着いてきた。


「昨日はわたくしのせいで大切なディナーを……本当にごめんなさい」

「いや僕の方こそ、なんとお詫びしてよいのやら……」


 ベアトリスは上目遣いにウジェーヌを見た。ベアトリスの唇が、ウジェーヌの唇のすぐそば、触れるか触れないかくらいの距離にあった。ウジェーヌの心臓が激しく脈打った。


「まぁ、こんな花束を持ってきてくださったなんて、嬉しいですわ!」


 ウジェーヌが持ってきたお見舞いの花束を見て、ベアトリスの顔がパッと明るくなった。しかし、その後すぐに表情は暗くなった。


「どうなされたのですか?」

 

 ウジェーヌは聞いた。


「ごめんなさい、わたくし、最近辛いことが多くて……」


 ベアトリスは顔を背けて言った。


「何があったかうかがっても?」

「実はわたくし、好きでもない相手と結婚させられそうになっていますの……」


 ベアトリスは泣き腫らした目に再び涙を浮かべた。


「でも家のために、受け入れる覚悟を決めておりましたの。それなのに、昨日こんな素敵なお方に出会って心を奪われてしまって、そうしたらまたそのことを考えてしまって……もっと早くにあなた様にお会い出来たらよかったのに……」


 ベアトリスは再びウジェーヌに身体を寄せ、また上目遣いに言った。


「無理だと分かっています。でもどうかわたくしを救ってくださいませんか……ウジェーヌ様」


 ベアトリスは、遠まわしにウジェーヌからのプロポーズを待っているのだ、とウジェーヌは感じた。


(僕がアリスと婚約していることをきり出さなくては。でもこの状況でどう上手く話せばいいのか……。「僕は最近婚約したんだ。でも君とは友人としてどうかこれからも……」)


「あのね、父から聞いていないかもしれないんだけど、実は僕は……」


 目の前に美しいベアトリスの顔があった。ベアトリスはずっと上目遣いでウジェーヌを見つめていた。視線を逸らそうとして、大きくはだけた胸元に一瞬目を奪われた。父の言葉がウジェーヌの頭をよぎった。


(いいか、ウジェーヌ。我がバシュラール家とオベール家が一緒になれば、君はこの国で国王よりも重要な男になり、世界で一番大きなこの国を動かす男になれるんだ。それこそ男子の本懐とは思わんかね?)


「実は僕は……?」


 ベアトリスはウジェーヌの目を覗き込んだ。


「僕は全く馬鹿な間違いを犯すところだったよ。君のような人に出会う前に人生を決めてしまおうとするなんて。本当に僕が相手でいいのかい?」

「ウジェーヌ!」


 ベアトリスはウジェーヌを抱きしめて口づけをした。


「ベアトリス、僕と結婚してくれないか?」

「ええ、もちろんよ。嬉しいわウジェーヌ!」


 ベアトリスは心の中でガッツポーズした。


(チョロいもんね。これで私の華麗な人生も安泰だわ……。誰があんな病気でやつれた、いつ死ぬかも分からない貧乏人貴族と結婚なんてするもんですか!)


***


「どうやら上手くいったようですな!」

「ははは、さすがオベール家当主様の作戦でしたな!」


 オベール家の屋敷にある奥まった部屋で、ウジェーヌの父であるバシュラール家の当主オーギュスタンと、ベアトリスの父であるオベール家当主のヴァロンタン二人が酒を酌み交わしていた。


「それにしても、娘さんはなかなかの演技派でいらっしゃる」

「誰に似たのかのう、末恐ろしいわい!ワッハッハ」


 二人は上機嫌だった。


「昔の家同士の約束で危うく病気の没落貴族シャルル・アルノーに大事なベアトリスを嫁にやるところだったからなぁ。まさかほんの数年でアルノー家が没落するとは思わなんだ。子供同士、相思相愛が理由の婚約破棄であれば問題あるまい」

「こちらも危うくエマール家とかいう借金だらけの没落貴族の令嬢に大事な息子を奪われるところでしたわ。危ない危ない」

「お互い助かりましたなぁ。第一位と第二位の資産を持つ名家が合流し、これでもはやこの国は両家の物ですぞ」


 二人は声を合わせて笑った。


「ワッハッハー!」

 

***


「ウジェーヌ・バシュラール侯爵、オベール家令嬢ベアトリス様とご婚約」


 アリス・エマールはある朝新聞を読んでいた時その目を疑った。アリスはウジェーヌと来月末の週末に結婚式を挙げる予定だった。何度も読み返したが、記事に間違いはなかった。同姓同名の侯爵などあり得ない。その日、アーデルンにある結婚式場にウジェーヌと一緒に挨拶に行く予定だったが、すっぽかされただけでなくその日以降は全くウジェーヌと連絡が取れなくなった。


 何があったのか、全く分からずアリスは日に日に弱っていった。食事は喉を通らず、愛嬌のある美しい顔はやつれ、体重も減ってやせ細っていった。その一か月半後、アリスはウジェーヌと結婚式を挙げる予定だった日に、想いを断ち切って気持ちに決着を付けようとアーデルンの結婚式場へと向かった。


(今日、私はウジェーヌと結婚式をここで挙げる予定だったんだわ)


 そこではその日屋外で、いつにも増して盛大な結婚式が開催されていた。美しい花や装飾の数々と、多くの正装した招待客の中、純白のスーツとウェディングドレス姿に身を包んだ新郎と新婦が遠目に見えた。


 新郎はウジェーヌだった。ウジェーヌはアリスが知る以前の姿のまま、はち切れんばかりの笑顔を浮かべ、幸せいっぱいのようだった。アリスは信じられない光景を目の当たりにし、目の前がぐるぐると回り出した。


 ウジェーヌはふとした瞬間にアリスに気づいたようで、動揺を隠せずに見て見ぬふりをした。牧師が何やら話している間、ウジェーヌの目は不安そうに泳ぎ、ずっと上の空だった。


「これから先、幸せな時も悩める時も、お互いを愛し助け合いながら幸せな家庭を築くことを誓いますか?」


 しばしの沈黙が訪れ、風を受けた木々の葉がカサカサと鳴る音が会場を流れた。


「あ、は、はい!誓います!」


 緊張しているのね……かわいい新郎だわ……という声が会場から漏れた。


「それでは、誓いのキスを」


 誓いのキスを終えて顔を上げた後、ウジェーヌは恐る恐る遠くのアリスがいたところを見た。そこには誰もいなかった。ウジェーヌは、きっと勘違いで幻想を見たのだと思ってほっとした。


 アリスはとぼとぼと歩いて家に向かっていた。途中馬車の馬にぶつかりそうになって鼻を鳴らされた。ウジェーヌとベアトリス、二人の誓いのキスを見た時、アリスが心の中で大事にしていた何かが音を立てて壊れた。


(とても美しい結婚式だったわ。新婦のベアトリス様は素敵だった。そしてウジェーヌも今までで一番輝いていた。どうぞ二人でもっともっとお幸せになってください。だって、悪者を突き落とす時は、相手が()()()()()()()()()に迎えに行った方が気持ちいいでしょう?)

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