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虚辞

新宿駅を脱出したアカリたちは、次の駅に向かいます。

その線路の上で、セツナは、東京メトロにどんな人々がいるのか、初めて駅を出る仲間たちに説明を始めます。何事もすべて他人任せの民主主義者たち、科学技術を表面上否定する人食い集団、みゅーたんをと信奉する宗教家、明るい守られていた駅から脱出してメトロの闇はどんどん深まっていきます。

メトロの闇は永遠に続くかのように感じた。私たちのトロッコに積んだダイナモが前方をかすかに照らしている。二人で交互にハンドルを漕ぐ間に、ミュータントが一匹、二匹と悲鳴をあげて線路上から逃げていった。


ネズミとパワーが懸命にトロッコをこぎ続ける。私は過ぎ去っていく線路の様子を見ていた。私が生まれた駅が遠ざかっていく。こういうのを寂寥感とでもいうのだろうか?予想のつかない未来にか、それともメトロの冷たい風のせいか、肩が時折ぶるぶると震えた。


セツナは線路の先をじっと見ていたが、やがて口を開いた。


「みんな、そのままで聞いて」


今は時間があるから、とセツナはいう。


「みんなの計画には驚いたけど、こうしてみんなと外に出るチャンスをくれて、ありがとう」


私たちはちょっと驚いて、顔を見合わせた。私以外にはこういう話し方を基本的にしないからほかの二人はもっと驚いただろう。普段仕事をするセツナは怒鳴っているか誰かを蹴飛ばしているか、殺しているかのどれかだからだ。


「中央の駅にみんなで行けば、きっといいことがある」


へへへ、と笑って「俺は中央で風呂に入ってみたい!」とか「中央の女は皆髪をのばしてるって本当か?」などといった。


「私は、いつか髪を伸ばしてみたいなぁ」

私のやんわりな欲望を言うとセツナは黙ってうなづいた。


「大規模襲撃を生き残った兵士がこうしてトロッコで移動してる」


こんな経験した兵士なんていない、とセツナは言う。


「ここにいるみんななら、中央でも歓迎される」


皆目を輝かせた。未来はなんだか明るい気がしてきたからだ。


「だから」


セツナの口調は急に厳しくなる。今までの完全に上から目線の怒鳴りつける口調ではなく、ここにいるみんなを仲間と認めた口調だった。


「中央に行くまでの道で何が起きるのか、話しておこうとおもう」


セツナは過去に1回中央まで移動したことがあるらしい。その時はセツナの父と一緒に移動したらしいが、細かい話は私たちは聞いたことがない。うわさだけは聞いたことはあるが。


「駅の外ではミュータントは大して怖くない」

「え?」


ついさっき、駅を壊滅させられた駅長の言葉とは思えない。


「ほかの駅で何が起こるのか、簡単に話す」


走るトロッコの、カタコトという小気味の良い音、吹き付けるメトロの風の中でセツナは東京メトロの闇について話し始めた。




『勢力』




「まず、東京メトロの勢力についておさらいするよ」


セツナは東京メトロにある4つの勢力について説明するらしい。私はセツナからよく話を聞いているのであらましはわかっているつもりだが、他の二人、いや駅の住人たちはそういった話に触れることはほとんどない。


「まず、私たちが所属する、東京メトロ自由連合」

「ほかにもあるってのか?」

「そう、私たちに関しては大して説明はいらないと思うけど、東京メトロ連合は大江戸線で囲まれている部分を支配してるの」


なので、基本的にはこの内部で移動したほうが安全だ。私たちの新宿駅は、東京メトロ連合の中では僻地。最前線ということになるだろうか。


「その連合内で物資を交換して駅を存続させて、地上にいつか出るっていうのが東京メトロ連合の目標なの」

「ランドリーの奴はそんな言い方じゃなかったぞ」

「ランドリーは、民主主義っていう勢力よ」

「みんしゅしゅぎ?」


セツナは「うーん」と首をひねってから私のほうをちらっと見た。説明を求めているんだろうか。私が「はい」と手を上げるとセツナは「はい、アカリ!」と説明を譲った。


「端的に言えば私たちの敵だよ」

「へーぇ」

「まぁ、うん、そうなんだけど」


セツナはさらに首をひねったが「まぁそれでいいか」と頷いた。


「連中は、自分達の主張をメトロ全体に広めるためにメトロ全体にいるの」

「どういうことだ?」

「ほら、ランドリーも言ってたでしょ、メトロ住民全員の願いをかなえるから意見が欲しいって」

「あぁ…」


現実的に考えれば、そんなことができるわけがないし、それをやれば駅の存続などできない。メトロの住民全員が部屋を持ちたいとか、毎日風呂に入りたいとか、警備の数を減らしたり増やしたりの希望を自由自在に変えることなど無理だ。


「まぁ、言いたいことはわかるよね。そういうわけで民主主義者たちはメトロのいたるところにいるんだけど、彼らの本拠地は池袋駅にあるの」


私たちが中央に移動する際の中継地点の候補に挙がっている一つだ。


「できれば私たちは大江戸線を使って巡回している警備に相乗りして飯田橋を目指したいんだけど」


セツナは腕を組んで難しい顔をする。


「民主主義者たちは、私たちの駅、これから向かう東新宿と飯田橋をよく攻撃するの。攻撃に出くわすことも十分考えられる。だから、池袋駅に向かうことは基本的にないと思う」


私はセツナに尋ねた


「駅ではどうしたらいい?」

「これから行く駅は奴らの耳がどこにでもある。新宿駅が崩壊したことを聞いたら奴らは調子尽くし、みんなはあまり口を利かないほうがいいと思う」


みんなは、しぼんだ顔をした。メトロ住民の厳しい戦いの話をサラッとされてショックを受けたのかもしれない。


「メトロ連合の人たちが安心できるかっていうと、そういうわけでもないの。あいつらは、目ざとくて、商売の騙しあいをいつもしてるから、田舎者かどうかって一目でわかるの。何か話されても黙ってたほうがいい」


特に、おいしい話があるとか、いいものがもらえるって話にはついてかないでね、とセツナが言う。私たちはますますシュンとしてうなだれた。


セツナは、最後にと付け加える。


「メトロの中には宗教っていうのがあるの、みんなわかる?」


と見渡す。


「あぁ」とネズミが相槌を打った。


「あの、神様が世界を作ったとかいうあれ」

「そう、いろんな宗教があるんだけど…メトロで一番気を付けないといけないのは、順応教、あとプラグマ教っていうのがあるの」


セツナは、「旅で間違いなく出くわす」という。


「順応教っていうのは、ミュータントとか、ガスの吸いすぎで頭がおかしくなった奴らをたくさん増やそうっていう連中」

「なんだそりゃ」

「連中は世界がこうなったのは神様が人間がもっと仲良くなれるようにこうしたっていう風に考えてるみたい」


セツナの言葉に私たちは絶句した。私もこの手の話は初めて聞いたので訳が分からなかった。


「ガスで頭をやられたりすると、へらへらしたり、まともに話せなくなるでしょ」

「そうだな」


最後はおしっこやらなにやら所かまわずまきちらして、ご飯もまともに食べられないので衰弱して死ぬことになる。


「けど、すごくごくまれに、ガスを吸ってもぱっと見は普通に見える奴がいるの、そういうのがうまいこと何も知らない人を誘い出して、ガスが詰まったフィルターとかを格安で売ったり、ガスマスクをこっそり故障させたりしてくるの」


みんな「ひえぇ」と口元を抑えた。


「だから、みんな、駅で優しそうな人に話しかけられても何も話さないで固まって行動して…あと、やり方はわからないけど、人間をミュータントにする方法とかも知ってるらしい…」


セツナは次にと、さらに話を続ける。つくづく私たちの駅は守られてきたんだなと痛感する。セツナやセツナの父がそういう人たちを駅に入ってくる前にそれなりにはじいていたんだろうか?


「プラグマ教っていうのは、たぶん出会わないと思うけど、世界がこうなっちゃったのは私たちの武器を作る力が発展しすぎて自滅したのが悪いって考えてる人たち」

「まぁ、間違ってもないかもな」


パワーがしたりと言葉を重ねた。セツナはそれを無視して話をつづける。


「連中は私たちが身に着けてる、こういう銃だとか、ライトだとかを見つけると取り上げてくる、大江戸線の内部にはそういう人はいないんだけど、もし外側を通るとこいつらと出会うことになる、トロッコを待ち伏せして脱線させてきたりとか…なるべくそういう駅は避ける」

「そういう連中はどうやって生活してんだ?」

「実際はそういう連中のボスは取り上げたものをほかの駅に売ったりしてぜいたくな暮らしをしたり…、噂では捕まえた人を食べてるって言われてる、その宗教のトップ以外の事はあまり考えてないかな…」


ネズミは「うー」と唸ってうなだれた。私も気持ちはわかる。メトロの暗闇が一層深くなったような気さえする。


「だから、可能な限り大江戸線の内側を使って移動する、場合によっては地上を通って移動したほうがいいかもしれない」


そんなセツナの説明を聞いているうちに、最初の目標、新宿二丁目駅が近づいてくる。


「みんな、堂々とふるまって。いかにも歴戦の兵士って感じで」


あと、基本的には怒った顔して黙ってて。と付け加えた。みんな冷や汗を懸命に描きながら頷いた。生まれて初めてほかの駅にやってきたのだ。






「とまれ!」


ゆっくりと近づいてきた私たちに、頭上から声がする。私たちと同じ服装をした警備員が話しかけてきた。


「誰だ!」

「新宿駅の駅長のセツナだ!」


警備員は「あぁ」と頷いた。「開けろ」と指示すると、周囲から警備がに三人現れてあっという間に取り囲まれる。静かに防壁が開いていく。


「どうしたんだ? 連絡がなかったが」

「その話は駅長と話す」


ひそひそと話し声が聞こえる。私はなるべく胸を張って堂々と歩いた。ネズミは相変わらず可能な限り細かくうなだれて歩くのでこっそり尻を蹴飛ばした。パワーは見た目は堂々としていたが、たまに膝ががくがくとしていた。それはこれだけ銃口を並べられて囲まれたら不安にもなる。


通れ!と言われるとセツナは、よし、いくぞ、漕げ! とパワーとネズミに指示した。もつれる足を気取られぬように懸命にトロッコに登って扉をくぐる。駅のホームの光が見えてくる。私たちが見たことがない駅の広告が見えたし。私たちの駅にはない、喧騒が聞こえてきた。


ホームに到着すると同時に、トロッコをレールから外して乗り換えの施設に預けた。ここでは相当もたついてしまって、三丁目の警備員に相当妙な目で見られた。


「新人か?」

「…」


私たちは黙っていた。セツナから十二分に脅しをかけてもらったので「もうだれも信用しないぞ」という姿勢はしょっぱなに崩れることはない。


「そいつらに話しかけるな、すぐにキレるからな」


セツナが警備にいう。「そうかよ」と警備はにやにやしていたのをやめて引っ込んでいった。


「みんな、ここで待ってて」


20分くらいで戻ってくるから。セツナは警備にちょっと話してから奥に消えていった。


「…」

「…」

「…」


私たちは腕組をして、駅のホームの警備詰め所でじっとした。可能な限りしかめっ面をして。最初のうちは、触らぬ神に祟りなしってことで、特に何もなかったが、どの駅にも目立ちたがりはいる、肩で風を切って歩いてきた奴がネズミによってきてあっという間に肩をどつき始めた。


「なぁ、おまえどっからきた?」

「…」

「新宿駅の新人か?」


肩をどついても反撃しないことがわかると、そいつはますます調子に乗ってけりを入れ始めた。


「お前のとこの駅長、さっき見たけど。 けつでかいよなぁ」

「…」

「なんとかいえ」


正直ネズミにしては頑張ったほうだ。普段なら「あぁごめん」とか「みゅ」とか言って相手に馬鹿にされるのがもうちょっと早いくらいだろう。私は立ち上がってそいつの軸足にけりを入れた。そいつはひっくり返ってしりもちをついた。様子をうかがっていた周囲から笑い声がどっと上がる。


「死ねカス」


私は端的に感想を述べた。ついでに唾を相手の股間あたりに吹きかけた。ここら辺はセツナの物まねだ。そいつは、喚いてから私のほうにとびかかる。パワーはここらへんで開き直ったのだろうか、座っていた椅子を持ち上げてそいつにたたきつけた。相手が転ぶと私とパワーでそいつをけり繰り回す。


「しね! しね!」

「雑魚が!」


そうなると、様子を見ていた周囲もその乱闘に交じって気が付けば私たちと三丁目駅の大乱闘になっていた。というか、気が付くとセツナも交じって警備をぶん殴っていた。


「全員殺してやる!」


そう叫んで手当たり次第にぶん殴っている。こっちは4人で相手は駅のホームを埋め尽くすほどいるので、どうしようもない。今度はこっちがリンチの目にあう。


タンタンタン


乾いた銃声の音がホームに響き渡ると、皆が一斉に静かになった。


「クズどもなにしてくれとんじゃ!」


ホームの階段に、ひげを生やした老人が銃を携えて威嚇の射撃を打ちまくったらしい。


「いててて」

「う~」

「警備担当はなにしとんじゃ!」

「こっちのセリフだくそじじい!」


セツナは唇を切って血を吐きながら叫んだ。


「セツナ、こいつが我々に突っかかってきたんです!」

「私たちは悪くありません!」

「そうだ!」


私は因縁をつけてきたチンピラを指さした。まぁもうしゃべる元気がないので「あぁ」とか「うぉ」とかしか言えない状態ではあったが。


「セツナ駅長、他の隊員もこっちに来なさい!」

「くそが…」


あからさまに悪態をつきながら、セツナは私たちに目を配って「来い!」といった。私たちはしずしずと移動を始める。まったくほかの駅について早々に私たちは現実を思い知った。ほかの目が見えなくなるとセツナは振り返って。


「やるじゃ~ん」


とこぶしを突き出した。どことなく満足げだ。いやいや、あの対応はまずいんじゃないかな。パワーとネズミあたりも腫れた顔をにやりとゆがめてこぶしをぶつけ合った。


「よくあること」


とセツナはいう。駅の連中もいい気晴らしになるだろう、くらいのことを言っていた。うちの駅とだいぶ雰囲気が違う。


「ああやって定期的に馬鹿を半殺しにするくらいでちょうどいい」

「そ、そうかなぁ」

「ウチとだいぶ違うけど…」


管理室に入ると、三丁目駅の限られた人たちが深刻な話し合いをしていた。どうやって中央にこの事態を伝えるかどうか、という具合だ。


「ウチの連中が大変失礼した」

「教育がなってないですね」


白髪の強面のおじさんたち相手にセツナは実に偉そうだ。ちょっとハラハラしたが、オジサンたちは「面目ない」といって私たちに席をすすめてきた。セツナは他の駅では相当に顔が利いているらしい。


「セツナ駅長、話が途中になったが、本当かね」


新宿駅がミュータントの襲撃を受けて崩壊したというのは、席の真ん中の一番体の大きな老人が聞いてきた。よく見ると耳とか唇がちょっと欠けていて、かなりおっかない顔をしている。時々気になるのか欠けた部分を指でさすっている。


「えぇ」


セツナは「恥ずかしながら」と付け加えた。


「民主の連中に駅を乗っ取られてしまいました…」

「これはえらいことになった」


実は、とその一番のお偉いさんが付け加える

「こっちの駅も似たような状況でな」

「問題は二つある。新宿線のどこかに大規模なミュータントが通れる穴がある」

お偉いさんの一人が指を一つ折る。

「もう一つは、副都心線を通じて民主主義者が流入している」

「民主主義者はともかくとして、新宿駅はあらゆる方向にミュータントの穴があります、JR新宿の連結通路も同じ理由で封鎖されて分断されました」

セツナは続けた。

「民主主義者は、順応主義者と同じくらいたちが悪い。私たちが穴をふさごうとするのを何としても阻止しようとしますから」


会議室にいる人々は、「なんてことだ」と頭を抱えたり、顔をこすったりしている。


「東新宿と飯田橋はミュータントは何とか防いでいるが、民主主義者たちが入り込んできて、もう維持が難しいらしい、民主主義者たちは順応主義者と結託して我々を排除にかかっている。」

「奴ら、池袋駅が維持できなくなったので、必死だ。我々の駅を奪おうとしている、はっきり言ってミュータント以前に奴らと決着をつけないと我々はおしまいだという話でもちきりでな」


会議は、民主主義者たちが備蓄した駅の資材を放出して、水を垂れ流しにしたり、燃料を無限に使用しようとすると嘆いていた。セツナは、その話を退屈そうに聞いた後で、「話してもいいか」と手を挙げた。


「なにかね」

「では、東新宿や飯田橋に行ってもかえって危険ということですか」

「そうだ、今飯田橋と東新宿は大変な状況だ」

これはさっそく当初の予定が大幅に狂ったことになる。北と東のルートが全滅したのだ。新宿に戻ってもどうしようもないし、下手をすると新宿南の代々木駅も危ない。


「我々は新宿駅が壊滅したことを中央大手町に連絡しないといけない、市ケ谷駅が使えないとなると、丸ノ内線を移動することになりますが…」

「うむ」

「こちらの駅の状況も伝えておきたいでしょう。誰かひとり我々に同行してくれませんか」


行く先の駅の事情を知っている者を紹介してください。とセツナは淡々と話した。普段怒鳴ってばかりいるセツナとは全く違う。私たち3人は静かにその様子を聞くほかなかった。


「そんなものはおらん」

「はぁ?」

「そんな大手町まで行ったり来たりするようなやつなどいたらこっちに紹介してほしいくらいだ」


隣の駅がミュータントに襲われたのに貴重な人材を放出などできるか、とやはり論争になった。十分ほど不毛な言い争いが起きたのち。


「物資はくれてやるから、自分たちで行け」


ということになったようだ。セツナは「ケチ野郎」とあいてをなじって、私たちを連れて会議室から出ていった。備品係の駅の職員と二言三言話して、何か荷物を受け取って、商人たちが行き交うホームに降りる。


「いや~、うまくいったね!」

どこがどううまくいったのかよくわからないが、セツナは相当満足そうである。

「えぇ?」

「どこが?」

「何が?」


私たちはテーブルを囲んで密造酒をなめていた。私たちの駅にはあまりない雰囲気の怪しげな雰囲気がする場所だ。汚い布の向こうには肌をさらした女がちらちらと見え隠れする。防音設備などないので、女の嬌声と男の唸り声が結構な頻度で聞こえる。


「ほら、キャップに…フィルターに…」


セツナは受け取った袋を見せびらかしている。キャップというのは私たちの通貨で、瓶のフタをお金として換算しているのだ。フタ2つで弾丸一発という程度だ。昔の純正の硬貨は他に使い勝手がよさ過ぎたので戦後の結構最初の時期に溶けて消えたらしい。


「お、おい」

「なに」


パワーがセツナに顔を寄せて不安げにひそひそと耳打ちする。


「そんな大事なモンを広げるなよ…」


盗まれるだろ、パワーは心配げだ。確かにパワーの言うとおりだ。私たちの駅と違ってここはあまりガラがいい場所じゃない。大体はこんなもんなんだろうけど、ここにいる人たちはなんだかどこか目つきがすさんでいて、いつでも刃傷沙汰を起こしてやろうという感じの人たちな気がする。


これ見よがしにこんなものを広げていたら誰かに絡まれるんじゃないだろうか?


「なぁ、おたくら」


と思っていたら早速やってきた。しかも3人組だ。いかにも「お前たちを食い物にしてやるぞ」という気配を隠しもしないそんな感じの男3人だ。


「新しいクロウトか?」

「ん~、そんな感じ?」


セツナは、ねぇ?とパワーに話を振った。


「え?」

「ちょーっと私らいい感じなんだよね~」

「へぇ」


そこらへんで尻を振っている女のような口調をセツナはする。


「なぁ、俺たちはここらへんで商売してるもんなんだがよ」

「そう、じゃあ先輩ってこと?」

「まぁな」


男たちは見合って「へへへ」と薄く笑った。


「ここでやっていくっていうんだったら、掟、ルールってもんがある」

「みんなで仲良くやっていくための最低限のルールだよ」


わかるだろ、と男たちはパワーに詰め寄る。パワーは、「え?」とセツナに必死に視線を送る。いやいや、俺がボスじゃねーよという慌て方だ。確かに何も知らない人から見たら、パワーは体つきも大きいし、顔もそれなりにイケてる口だから、まぁリーダーだと思うよなぁ。それにしてもセツナはどういうつもりなんだろ。


男たちは、場所代がいるだとか、最低6人は必要だとか、契約金がどうだとか、何も知らないパワーにどんどんしゃべり続けた。セツナはそれをボケっと聞いていた。


「どうだ、兄ちゃん、いい話だろ?」

「え?いや、それはちょっと俺では」

「ほら、女の子にもいいとこ見せたいじゃねぇか」


相手のリーダー格がセツナの手を握って「いい男だねぇあのあんちゃん」とニタニタしながらすり寄っている。セツナは面白そうに「え~、やっぱそう?」などと言いながら楽しんでいるらしい。私の肩にも手を乗せてきたが、正直吐き気がした。ヘラヘラしてられるセツナの気が知れない。


「ちょっと、どういうつもり?!」


私はセツナの首を捕まえて、「ちょっと」と袖のほうに荷物をもって引っ込んだ。大切な物資だ。


「どうって、道案内探し」

「えぇっ!?」

「私、丸ノ内線通ったことないもん」

「だからって!」


あのいかにも怪しげなおっさんたちに道案内を頼んだからかえって危険そうである。


「いやまぁ、確かにボラれそうだけど」

「だったら変な声出して盛り上がらないでよ!」

「アカリ、私がトロッコで言ったこと覚えてる?」

「そりゃ覚えてるわよ、変な人に引っかからないほうがいいって!」

「あの人たちは普通、たぶん」


完全に公平な取引など地下鉄にない、セツナは言った。


「本当にいい人じゃないけど、金の話を真っ先にするあたり、せいぜい後で金を余分によこせとかいうくらいだよ、最大で、銃突きつけてくるくらいでしょ。ガスマスクに細工したりする人たちじゃない、顔の血色も普通だし、普通の子悪党だよきっと」


荷物見たら、結構大荷物だし、向こうも線路を大人数で移動したいってだけなんじゃないかな。とセツナは言う。ミュータントの大半はラーカーと呼ばれている種類で、臆病だ。普段はこちらが大人数だったり、武装した人間が多かったりするとあまり襲ってこない。この前の大襲撃みたいなのは特殊中の特殊だ。だから商人たちは線路を移動するときは可能な限りまとまって行動する。


「私たちが素人で大人数っておもったから、向こうも人数が欲しいんじゃないかな」

「そう…かな」

「私の顔が利くのは大江戸線と新宿線とか、北のほうだから、南は他の人に便乗しないと」

「…」

「まぁなんとかなるって!」


セツナは「私たち本当の商人じゃないから! ちょっとボラれたら、中央の人にちくってやろう!」と言って私の肩をたたいた。


「おーい! 嬢ちゃんたち~!」

「は~い!」


セツナは猫なで声を出してさっきの商人のおっさんたちに返事をした。


「なぁ~兄ちゃんたちがよ~、返事がわりぃんだよなぁ~?」

「そうなんだ~?」

「な、いい話じゃねぇか嬢ちゃんたちも! 大手町まで行きてぇんだろ?」

「…えぇ、まぁ…」

「だったら、キャップ500で俺たちが安心安全に一緒に行ってやるよ~」


商人同士の便乗金としてはどうかしているような気がする。こういうのはお互い様じゃないだろうか。


「え~、たかーい」

「ん~、じゃあ250でどうだ? これ以上はおっさんたちも無理だが~」


セツナは「やすーい!」と適当に笑って頷いた。いや、高いんだけど。しかしまぁ、先ほど新宿駅の民主主義者たちと言い争って、嫌がらせに防壁扉を開放して出ていったことを考えると、私たちが中央から応援を連れて新宿駅を奪い返しに行くことは明らかだ。恐らく民主主義者たちは私たちを指名手配にしているはず。正直に話して250キャップで受けてくれる人が現れるのか?と考えると、超破格な気もした。向こうもこっちもだます気マンマンと思うと、少々相手も運が悪いのでは?と思わなくもない。


あれ、もしかして騙してるのはこっち?


「え、じゃあ…それで…」


パワーは真のリーダーが安いといったのでそれで適当に相槌を打った。


「おじさんたち、よろしくぅ~」

「嬢ちゃんたちもよろしくなぁ~」

「うわぁ~こんなかわいい子たち連れてるなんてよぉ~」

「兄さんたちついてるよなぁ~、どこでひっかけたの?」


心底うれしそうなオジサンたちの様子を見ていると、なんだかそう悪い人たちでもなかったのだろうか。そんな気がした。

自分のために、仲間のしたことを都合よく解釈することは誰にでもあることです。

都合よく解釈するほうに悪意はありません。言い訳は様々です

「昔自分がやられたから」「これは仲間の為」「相手が無知なのが悪い」

どんな人でも身に覚えのあるこの解釈を自ら非難したり反省したりする必要はありません。

やりすぎなければ。

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