セツナとアカリ
地上で物資を探すスタルカァは、戦前の無事なシェルターを見つけます。
そこに横たわる、50年前に死んだ少女とともに、昔の世界に思いをはせるところから物語が始まります。
東京地下鉄物語1
人魚姫になることに憧れていた。
小さなころに渡された唯一の本を何度も、正直すっかり大人になった今でも何度も読み返していた。この、正気を失った人々がうごめく地下鉄、変異したミュータントが徘徊する地上に物資を求める生活の中で、私の唯一のあこがれだった。
この、目の前のミイラの少女は未来をどう思っていたのだろう? いつか、数日後には世界が元通りになると信じていたのだろうか? ミイラになった少女の手の中にあるジッポライターを奪い取り、ポケットに入れた。光が有限な地下鉄でいい金になるだろう。
少女のミイラが明けられなかった鉄の扉を蹴破ると、貯蔵されていたガス管が雪崩になって足元に転がった。
いい場所だと思った。壁には文明らしい絵が飾ってあり、見知らぬ家族の写真や、やわらかいソファー。ガラスの机。地下では失われた50年前の文明が確かにあった。
急いでシェルターの扉を閉じて、きつく肌を傷つけるガスマスクを脱いで呼吸をした。これが平和の空気かと思った。地下とは違う、ほのかなカビのにおいと、絵の具のにおいがした。
私の名前はセツナ。私はストーカー。地上から化け物の目をかいくぐり、物資を地上から持ってくる。地下鉄の住人の中で最も名誉で、最も危険な仕事をこなす。
ふと、ミイラになった少女の足元を見ると、絵本が置いてあった。
私の大好きな童話だった。
人魚姫
私はその少女の隣に座って、一緒に本を読むことにした。最後のこのシーン突然現れる王子様に合うために、泡になって消える最後をみると、いつも身震いした。
私も人魚姫になりたいといつも思っていた。
「ここは私の秘密の場所にしよう」
私はひそかに決意した、この家具や物資を地下に持ち帰って、一日の糧を得るのは簡単だ。だが、どうせ遠くない未来にミュータントに引き裂かれるか、このガスで頭をやられてしまう運命ならば、この扉をたまに閉じて、このミイラになった少女と一緒に物思いにふけるのも悪くないと思ったのだ。
「またくるね」
少女にそう告げて、私はガス管をひとつカバンに突っ込んでから、バカマシンガンを手に取った。地下の設備で作ったいい加減な銃なのでこういうあだ名がついた。照準がバカだからだ。
「今度は友達もつれてくるから」
私は私の唯一の友、アカリのことを思った。 私と違って頭のいいやつだ。 いつも冷静で、優しくて、絵本の中に出てくる人のように優しい。 彼女だけが私のことを信じてくれた。 私の知らない話、地上の昔の話を聞かせてくれる。 アカリの名前は、まさに私の生きる明りだった。 彼女の話を聞いている時だけ、地下にいることを忘れて幸せな地上の世界に思いをはせた。
セツナの帰りを、ネズミ男と待っていた。まぁ実際には名前があるのだが、彼の風貌と僻みっぽい視線からひそかに彼につけたあだ名だ。
「なぁ、ホームから100m以上は離れたらまずいだろ」
ひとりで行けよ、と彼は言う。
「じゃあ帰れば? 卵壊さないで勝手に帰ったってセツナにいってやるから」
彼は顔をぎゅっとすぼめて限りなく細かく足を交互に踏み出す。セツナが地上に出て資材を探しに行っているのに、駅の連中はこんなのばかりだ。あとはやらしい目で私の部屋をのぞこうとするやつと、いつも泣いている女ばかりだ。そのくせセツナが指示を飛ばすとできないだの、無理だのと無限に難癖をつけてくる。
何もできないくせにといつも思うのだが、セツナは笑ってじゃあ私がいってくると笑顔で出て行ってしまうのだ。セツナが駅員の子供じゃなかったらもうとっくに中央の駅でもっといい警備の仕事についていただろう。
地上に神経ガス爆弾が落とされた直後、地下鉄の駅員は地下で最も勇気のある人々だった。何もわからない地下鉄の人々を勇気をもって誘導したのだと聞いている。彼らは地下鉄のことは何でも知っていた、その子供たちがその知識を受け継いで多くの駅で指導者として地下鉄の人々を指導している。
私はあるエンジニアの子供だった。比較的裕福だったと思う。父は手作業が得意な人で、私もそういう素養があった。地下の道具を組み立てて日用品や武器を作ることで地下の地位を保ってきた。そういう出自だったから、私はセツナと仲良くなった。セツナはほかの子供たちと違い、そとの光を浴びたことがあるから、肌の色がほかの貧弱な真っ白な子供達とはまずちがった丈夫で、健康的な肌、くらい地下鉄の闇のなかをナイフをもって走る勇気を持っていた。ほかの駅からやってくる人たちを何人も助けてきたのだ。
カンカン
伝導管が二回なる
私はそばによって、ハンマーで
カンカンカンと三回鳴らした。私たちの駅の暗号だ。地上につながる鉄の扉を開ける合図だ。ネズミに目を配ると当然ネズミは縮こまって動こうとしなかった。辟易する。私は電動遮断機を下して銃を構えた。最も危険な瞬間だ。ミュータントが入ってくるかもしれないし、強盗が何らかの方法で駅に進入する最大のチャンスの瞬間だ。
地上のほのかな光が地下鉄の暗闇を照らした。
ガスマスクをした肩幅の広い小柄な女性が荷物をもってたくましく降りてきた。
「しめて!」
さっと遮断機を元に戻すと同時に、二人で大きな鉄の扉を押し戻した。
「アカリ、ただいまー!」
にかっと笑ってお互いに肩を抱き合う。その瞬間セツナは耳打ちをして、
「ほら、これ、あげる」
と、金色の金属の塊を差し出した。これはジッポライターというやつだ。恐ろしいほどの貴重品だ。これで部屋を買えるかもしれない。
ネズミがささっと近寄ってくると、セツナは怒鳴ってネズミを叩きのめした。
「なぜ扉を一緒にしめなかった!」
ネズミは何か言い訳をしたが、セツナは腹に拳をぶち込んで次同じことをやったらホーム300メートル先に捨てていくぞ!といった。
セツナはこんな感じのまさに戦士といった風で、駅の人たちから頼りにされつつ、怖がられていた。そんなセツナはいつも私を部屋に招いて、昔の世界の話を私にせびった。境地上で見たものが一体何だったのか?ということを私に聞くのだ。私は自分の知っていることと、自分の想像した話を聞かせると彼女は花を咲かせたような笑顔を聞きその話にずっと聞き入った。
それが私たちの日常、地上が滅んだ、東京地下鉄の物語だ。
暗い夜と、永遠に続くかと思われる地下鉄の世界が好きでした。
続くといいけど