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何もできない魔法使い ~お医者さんの言葉は~

 今日も病院に来たけれど、ボクにお医者さんが会いに来るという。

お父さんじゃなくて『ボクに』という事に……何となく悪意を感じざるを得ない。

病院にも『公共の場』としての一面があると考えれば、騒がしい人は病院では迷惑だろう。

ボクが他の人より騒がしいのは自覚しているけれど、病院への『出禁』があるのなら困る。

とりあえず、親ではなくてボクに会いに来るという事は、まだ『注意』である可能性が高い。

それとなくお医者さんに告げ口がされたとなれば、叱られるのは確定事項で謝るのも大前提。

お医者さんの姿が見えたので構えると、ボクに話そうとする刹那にボクは動いた。


「ご迷惑をかけまして、申し訳ございません!」

 先読みをして美しく一礼、ハッキリと謝罪をするボク、完璧。

……それなのに、空気が固まっている……お父さんもお医者さんも驚いた顔。

どうやら叱られたりする訳ではないらしく、色々と一緒に話をしたいだけとの事。

苦笑いで『騒がない方が良い』と指摘もされ、結果的に先走りの謝り損で面白くはない。

『なんでも聞いて下さい』との事なので……ふん、何でも聞いてあげようではないか。


「どうしてお母さんを治さないのさ」

「治さないのではなく、医学的な治療はこれ以上望めず、どこまで回復するかも分からないのです」

「幾ら頑張ったら治るの、幾らでも頑張っただけ良くならないの?」

「少なくとも頑張らないと回復は見込めない……という事です」

 つまり、お医者さんではどうしようもなくて、後は頑張るしかないという事なのかな。

頑張る事で幾らでも良くなるのなら、やる気も出てくると思うけれど……言葉は濁された。

そんなに回復しないのなら『頑張る意味なんて無い』とボクは思うんだよね。

……それにしても治せないって、お医者さんの意味が無いじゃん。


「お医者さんは、名医で、魔法使いで、沢山難しい本とかで勉強してきたんでしょ」

「私は名医と思っていないし、魔法使いでもないけれど、沢山勉強はしてきましたよ」

「治す勉強をしたお医者さんでしょ、お母さんだけ分からなくて治せないお医者さんなの?」

「誰であっても私の全力を尽くした後は、本人の回復に任せるしかないからね」

 そうなんだろう、そうなのかもしれないけれど、納得なんてしたくないもん。

何もできないボクの考えている事なんて、何でもできる人に理解されるとも思わない。

それでも何とかしてよ……お母さんが前のようにできないって事じゃないか!

止められない感情が全身から溢れてボクの中で爆発しそうだ。

だって、ボクには何もできないんだよ!


「君のお母さんは……頑張っている」

 ……ボクの中にあった感情が静かに掻き消されていく。

それは穏やかな言葉なのに、お医者さんの声の重さがボクを押し留める。

その楽しさのない笑顔は、ボクを見ているのに別の何かを透けてみているようだ。

お母さんの症状が、一つ間違えれば命の危険もあった事は頭では分かっている。

お医者さんの言葉は頭での理解よりも、逃れられない現実として突き刺さる。

不思議と威圧でもなく、懇願でもなく、自然に何かが伝わってくるんだ。

……お医者さんって『子供と話をしよう』とするものなのかな。

お医者さんが会いに来た理由は、そこにある気がした。


「……お医者さんは、何でボクに会いに来たの?」

「今の君に、昔の『私を重ねて見ているから』かもしれないね」

「お医者さんやお父さんやお兄ちゃんと違って、ボクには何もできないよ」

「……私も、何もできなかったんだよ」

 お医者さんの言葉から『ゆるり』と痛みの感情が流れ込む。

ボクよりも大人で、身長も高くて、何でも分かっていそうなお医者さん。

そんなお医者さんの子供の頃と、今のボクとが鏡のように対峙する。

どことなく子供同士のような不思議な感覚で、ボクは気兼ねなく話をした。


「子供だったらできないのは『仕方がない』と思うけど」

「『仕方がない』と何もしなかったら、いつまでも何も変わらず、何もできないままだよ」

「お医者さんは何でもできる大人に成れているもん……ボクだって、ボクだって」

「したくもない勉強もして、大変な思いで医師の資格を得て、知らない人を助けたいか?」

 まるで『お医者さんになりたい』根幹を否定するような言葉にボクは困惑する。

したくもない勉強だからと何もしないままで、助けられるお医者さんにはなれるとは思えない。

今のボクでは分からないけれど、お医者さんになるのは金銭面でも大変と聞いた事がある。

そしてお医者さんの立場からなら、ボク達やお母さんも知らない誰かでしかない。


……どうして知らない誰かを助けるお医者さんになろうと思えたのかな。


「……どうして、お医者さんになろうと思ったの?」

「私が『何もできなかった』から、なろうとしたのかもしれないな」

「お医者さんは、何でも知っていて、何でもできて、何でもやれそうだけど」

「少しでも知ろうとして、できるように頑張って、やれるようにしてきたんだよ」

 大人になる事で何でもできるのなら、職業という概念に意味は無い。

膨大な知識も、できる為の資格も、様々な経験も、専門的な職種であれば要求される。

何でもできて勉強も好きな『完璧な大人』とボクは思っていたけれど……違うみたい。

お医者さんには『やりたいやりたくない』とか『好き嫌い』じゃない理由があるんだ。


『何かができない』としても『何もしない』という選択肢じゃない。


勉強でも、運動でも、経験でも、生きながらに積み上げられていく。

『何もしない』なら、年齢を重ねても何もできない事から変わらない。

やってきた事も、やらなかった事も、今の自分の姿に重ねられていく。


重ね足りないボクと、重ね疲れたお医者さんが、溜息交じりの苦笑いを突き合わせた。


「やっぱりお医者さんは、子供の時からボクと見ている世界が違う気がするなぁ」

「……同じだよ、変わらない」

ボクの言葉に、お医者さんはゆっくりと首を振る。


「大切な人が倒れても、何をしたら良いのかも分からず、お願いをして必死に縋るだけで」


「……助けられると、思うかい?」

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