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面倒臭いものは面倒臭い ~千羽鶴に願いを込めて~

「起きろ、ケンジ」

 お父さんに起こされて、ぼんやり周囲を見渡した。

やっぱり夢じゃないみたいで、どこにもお母さんの姿が見当たらない。

……そうだ、当たり前だけど今日は平日、学校へ行かないといけないのか。

お母さんがいない状況に泣きそうだけど、そんな余裕も無いみたいだ。

朝とはいえ随分早い気がするけれど、それは洗濯などの家事のせいらしい。


お母さんがいないから、お父さんのやる事が増えている。


「ケンジ、自分の事は自分でしろよ」

 お兄ちゃんに言われると面白く無いけれど、お母さんがいないから仕方がない。

早く洗濯物も早く持って行かないと、お父さんは仕事に行くので間に合わなくなる。

パジャマから着替えて洗濯物を持っていくけれど、お父さんは髭を剃っていた。

忙しそうなお父さんを見て、お兄ちゃんが家事の代役を引き受けているみたい。

お父さんもお兄ちゃんも朝から大忙し……って、お母さんがいないもんね。


お母さんがいないから、いつもお母さんのしていた事がボク達に降りかかる。


「お金を置いておくから、二人で好きなのを買って食べなさい」

 おぉ、沢山お菓子が買えるお札が置かれていた。

お兄ちゃんが仕切るのは面白く無いけれど、お母さんがいないから仕方がない。

お仕事があるとの事で大急ぎで出ていくお父さんに手を振ってお見送りをする。

ボクが昨日のコンビニのパンを食べ始める時には、お兄ちゃんは食べ終わっていた。

残りの洗濯物を干して『バタバタ』と電気ガス水道などの確認とかをしているお兄ちゃん。

ボクは食べ終えると友達が来たので、とりあえずランドセルに詰め込んで一緒に登校する。

お兄ちゃんは家の鍵も任されているから、最後に家を出て走って登校するって言っていた。

お兄ちゃんも何だか大変そうだ……って、お母さんがいないもんね。


お母さんがいないから、自分の事以外も誰かがやるしかない。


「あ、持ってくるのを忘れた」

 学校に着いて気付く……お母さんから注意されないので仕方がない。

忘れ物は、宿題で使っていた教科書とノートと筆箱に体操着。

宿題の事も忘れていたし、体操着は寝惚けて洗濯に出したかもしれない。

適当に入れたランドセルには、教科書の代わりに絵本、筆箱の代わりに箱のチョコレート。

これは先生に怒られると思ったけれど、ボクの状況が伝えられているせいか注意だけ。

恥ずかしい大失敗だけど……って、お母さんがいないもんね。


お母さんがいないから、何て言うか色々と見えてくるものがある。


 ……とにかく、お母さんが戻ってくるまで頑張って我慢だ。

ボクの家は大騒動だけど、学校も、先生も、他の子も変わった訳じゃない。

噂話の好きな女の子が話しかけてきた……昨日の事を知っているみたいだけど。

『大丈夫?』と言って昨日の事を聞いてきたので答えると……女の子達で話し出す。

心配しているのか、興味だけなのか、話のネタにされているのか、良く分からないや。

『何もできないけれど』と、折鶴と折り紙をくれた子がいたのは少し嬉しい。


 日本では昔から鶴は縁起が良くて、折り紙の鶴と言えば基礎中の基礎。

幾つもの折鶴を重ねて吊り下げた千羽鶴は『病気が早く治るように』などの祈願に用いられる。

そんな事を本で見た覚えがあるけれど……それで魔法みたいに早く治らないかなぁ。

『フワフワ』した時間が過ぎて放課後になると、いつも遊びに行くお兄ちゃんがボクを迎えに来た。


……そうだ、買い物に行かないと夕食が無いんだ。


 今日の事を『ダラダラ』と話しながら、いつものスーパーに到着。

帰り道にあるお店だから勝手が良く、ボクも慣れ親しんでいる場所ではある。

お兄ちゃんと一緒に『買い物をしよう』とするけれど、何故だかボクの足が動かない。

今日はお兄ちゃんが買い物籠を持って、ボクはお手伝いとして買い物を……するだけなのに。

何だろう、買い物を想像するだけで気持ちが悪いし、汗や涙も出てくるし、呼吸が荒くなる。

急かしてお兄ちゃんが引っ張るけれど、入りたくもないし、買い物したくないし、家に帰りたい。


「帰る、家に帰る!」

 叫んでしまうほどの分からない不安……寒くもないのに体が震える。

全力で走って家に向かうボクを、お兄ちゃんが心配そうな顔で追いかけてきた。

俯くボクに追いつくと手を握って、とりあえず一緒に家へと帰る。

『大丈夫か?』と聞かれて『大丈夫』と返す……けれど。

ボクの中で何が『大丈夫』で、何が『大丈夫ではない』のかは良く分からない。


目の前には、真っ暗な家。


 分かっている……誰もいない家なのも事も分かっている。

電気もテレビもつけて、もう一度お兄ちゃんが買い物に行こうとした。

そのお兄ちゃんの服を無言で掴むボクがいて、ただ時間だけが過ぎていく。

何だか一人でいるのも怖いから、お留守番もしたくないんだ。


「どうしたんだ?」

 いつもより、お父さんが早く帰ってきた。

玄関で固まっている僕達を見て、不思議そうに声を掛ける。

お兄ちゃんが説明をすると、お父さんは何度も小さく頷き、ボクの頭を撫で回す。

何かができる事で大人な気分だったボクだけど、支えられていた子供なのが分かる。


 今迄のボクは行動する事に躊躇いはなかった。

当たり前に手を引いたり、後押ししたり、受け止めてくれていた人がいたから。

何かが起こるとしても、何かが起きたとしても、何も考えなくてもよかった。

今は何をするにしても怖さや不安が先に立ち、何もできない自分がいる。

理解できない気持ちに押し潰されていく……震える手が止まらない。


こんな思いを何でしないといけないの……って、お母さんがいないもんね。


……あぁ、お母さんの存在が『それだけボクには大きかった』んだ。

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