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面倒臭いものは面倒臭い ~お母さんが動かない~

 ……ザワザワ、ダダダダ……

お菓子を選ぶボクの後ろを右往左往と駆け回る人がいて騒がしい。

多くの人が利用している場所、所謂『公共の場』において相応しくない空気。

後悔をしないように真剣なボクだけど、これでは集中が妨げられてしまう。

ざわめきの中心を通路から覗き込むと、そこは溢れんばかりの人だかり。

お母さんが来ないのだから、大した事ではないと思うけれど。


 なんだろう、この状況は……流石のボクでも興味が出てきた。

これほどの大人達が『バタバタ』している光景は見た事がないもん。

何が起きているのか分からないから、店内放送でも流して貰えないかなぁ……

見に行きたいけれど、お菓子売り場を離れたらお母さんと擦れ違うかもしれない。

あれだけの人混みの中にボクが行くと『もみくちゃ』にされそうだしなぁ。


 ……ザワザワ、ダダダダ、ガヤガヤ……

遠巻きに覗き込んでいる大人達の止まない異音……何だか不安になってくる。

『何か面白い事でもあるのか』と思ったけれど、これは『空気が重い』というヤツだ。

『タイムセール』や『イベント』なんかと違う異質な感じに、ボクの心音が乱れる。

あれだけの人だかりなら、お母さんだって見に行っているのかもしれないぞ。


……大丈夫、少し離れるだけだもん、大丈夫。


 うわぁ、良く分からないけれど人が荒波のようだ。

騒ぎを聞きつけて、少し離れた所から動画を撮ろうとする人もいる。

人の渦の中心では、何だか心配して声を掛けている人もいるみたいだ。

更に近付くとボクに気付いて『邪魔になるから』と言う人もいる。

それでも見上げてお母さんを探すけれど、何処にも姿は見当たらない。

騒がしい大人達の視線を辿り……ふと、視線を下げると、そこには。


お母さんが倒れていた。


「……お母さん?」

 ボクの言葉が周囲の大人達の視線を集める。

『どうしたのかな』と近付いて、何度も呼んでみたけれど、動かない。

寝ているのとは違うし、何も反応が無いし、何が起きているのかも分からないし。

周囲の大人を見るけれど、心配そうな顔をするだけで何もしない人達ばかり。

『可哀相』と小声で話す人も、慌ててスマホを仕舞う人も、視線を逸らした人も。


どうしたら……ねぇ、どうしたら良いの?


「お母さん、お母さん、お母さん」

 ボクが近付こうとすると触らせないように止める人もいる。

知らない人が邪魔をするけれど、ボクはどうしたら良いか分からない。

これだけボクが呼んでいるのに、お母さんが動かないのが分からない。

誰も何もしてくれないからボクがするのに、止める理由が分からない。

此処には知らない人ばかりで、お父さんもお兄ちゃんもいない。

何かしないと、何とかしないと酷く嫌な感じがするんだ。


ボクの呼び声は、体の奥まで痛い『叫び』になっていた。


『……ボクが傍に、ボクが一緒にいてあげていたら、こんな事にはならなかったのだろうか』


 テレビで聞いた事のある音が近付いてきて店内にも響き渡る。

数人の人達が入ってきて、慣れた感じで状況、状態の確認を始めた。

ボクを押し留めると、お母さんの名前を聞いてきたから答える。

お母さんの荷物から運転免許証を取り出して間違いの無い事を確認していた。

どこかと連絡を取りながら、次の段取りを説明して、周りも動き出す。

反応をみたり、器具で測定したり、車輪の付いた運搬機材も運ばれてきた。

連絡先に今の状況を説明して、行き先を選定しているみたい……だけど。


専門用語が飛び交い、何が起きているのか、何をしているのかも、ボクには知る術が無い。


 この人達は『救急隊員』と呼ばれていた。

できるだけ頭を動かさないように台に乗せられ、お母さんが運ばれる。

人の波が割れてできた店の出入り口までの道を、ボクも一緒についていく。

お店の前には、絵本やテレビで見た事のある『救急車』が後ろを開けて待っていた。

言われるままに乗り込んでお母さんの手を握るけれど、握り返される事はない。

聞いた事のある音を響かせると『救急車』は動き出した。


 この辺りでは一番大きな病院へ行くらしい。

お母さんのスマホから、お父さんに連絡をして病院へ来てもらう事になった。

ボクも何かを伝えようとしたけれど『お母さんが動かない』としか言葉が出ない。

お父さんも何か言っていたけれど、頭の中は何一つ残らずに白く宙を漂う。

何もできずに傍で震えるだけのボクは『何もできない子供なのだ』と思い知らされる。


今はどの辺りを通っているのかも、よく分からない。

前の道を開けるようにと注意をしている声がする。

この救急車を見て騒いでいる子供達の声がする。

騒音のような音楽が漏れ出ている車がいる。

何も変わらない日常が周りにはある。


 それなのにボクの時間が流れない。

これ程に病院に着くのが遅く感じるものなのだろうか。

道を間違えてないのだろうか、工事でもしているのだろうか。

知らない人達に行き先を邪魔されているのかもしれない。

余計な事だけが、ボクの頭の中を駆け巡る。


ボクの中の『一刻を争う状況』は続く。

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