ボクにできることは ~暗闇に光を灯す為に~
少しだけ病院でのお母さんは変わったらしい。
リハビリの頑張りでも、病室での療養でも、何気に『楽しそう』という。
話では『できもしないのに頑張っている』という子供の為に頑張っているらしい。
どんな理由でも、無理なく頑張れているなら何でも良いけれど……その子供とは誰の事なのかな。
ボクは本も片付けられるし、服だって着替えて洗濯に出しているし、料理でも手伝える事が増えたし。
やっぱりお母さんが無理をしそうだから、ボクだって頑張る事なら負けられないんだよね。
病室でお母さんと一緒に勉強もして、今までのお母さんに追いついていく。
ボクの周りには、いつも色々な『おほんさま』が一杯だ。
至る所に栞や付箋を貼って、気になった情報は確認できるようにノートにも纏めている。
家でも家庭の医学とネット環境を展開させて、お兄ちゃんも見ていた医療系のアニメも視聴中。
本棚には気難しそうな『おほんさま』が居たけれど、今は気にしている場合じゃない。
分からない事でも『分かる為の解決策』を知りたくて色々な情報を収集している。
「お、今日も頑張っているな」
「やはり『とりあえず』は、貴方を超えないといけないので」
お医者さんは『とりあえず』というボクの言葉に苦々しくも軽く吹き出す。
お母さんの命を救ってくれたお医者さんには感謝もするけれど、治す相手としてはライバルだ。
お医者さんのように『名医』にならなくても、ボクがお母さんのお医者さんとして一番になるから。
ボクがお医者さんになるのも良いし、器具や運動からのアプローチ、新たな分野を確立するのも良い。
学校で同じ年代の子や、気の合う子、頑張っている子と『対策チーム』を組むのも良いかも。
『ふらり』と寄ったお医者さんは、勉強中のボクの頭を撫でて目を合わせる。
「人にやる気を起こさせるのが上手いな」
何故かお医者さんの目には『負けられない』という気持ちが滲み出ていた。
ボクも気持ちでは負けないと視線を押し返すと、それを察してかの少し楽しそうな笑顔。
お医者さんの今まで積み重ねてきた事は格好良くて憧れるし、勝負になるか分からないけれど、やる。
お母さんのお医者さんとして『負けられないライバル(自称)』との出会いには少なからず感謝だ。
お医者さんの背中は離れて行くけれど、ボクは噛み付けるほどの近くにいくからね。
勝ちも負けも意味は無いけれど、ボクが負けた気持ちになりたくない。
『絶対負けない』と書いた折鶴を送りつけてやろう。
この世界が日々向上しているのなら、現状での『停滞』は能力の低下に他ならない。
今のお医者さんに追いついてもゴールじゃない。
お医者さんが前で歩いているのなら、今よりも更に先にいるのだから。
今まで手を引いて貰っていたから、追いつこうと走るどころか歩けているのかも分からないけれど。
お母さんを治せるように、治るように学ぼうとすると、それこそ幾つもの山を越える勢いがいる。
ボクはできる事を積み上げて、少しでも何かをできる人に、支えられる人になるんだ。
そんなボクが学校に行くと突きつけられるのが、無駄が多いという事実。
今まで何もしていなかったボクが言うのも何だけれど、学校は『皆の学び舎』の筈だもん。
勉強が分からないなら教科書の予習や復習もして、今ならインターネットで色々と学ぶ事もできる。
それなのに勉強どころか独りでは何もできない『暇人達』ほど、誰かの足を懸命に引っ張っていた。
ボクは現役で勉強できる人が、時間を割いてまで他人の足を引っ張っているのを見た事が無い。
何も学ばない人がいるのは、何よりも『無駄だなぁ』とは思うね。
かなり無駄が多い学校だけど、家族よりも大きな社会との関わりの場。
全てが役に立つものでなくても、何かの知識や参考、経験になる可能性がある無駄。
無駄を無駄として学ばないなら、お母さんが倒れた時にできる事も、倒れる前に学ぼうとはしない。
人によっては、工作も、水泳も、音楽も、料理も、歴史も、全てを必要としない人もいる……が。
何か起きてからでは遅くて、知識や経験を詰め込んでおけば活かす事ができるから必要なんだ。
知らない人との付き合い方も、迷惑をかけない集団行動も、緊急時の行動も勉強なのかも。
上手くいく時もあれば、上手くいかない時もあって、これも勉強なのかも。
もっと大きな社会に出れば、もっと色々な人がいて、もっと厄介な問題も増えるのだから。
感情や知識や経験という姿形の無いものが誰にでもあって。
それらを書き連ねられたものが本となり、誰かの知識となって更に本を創り出す。
今のボクが手にしている本は『誰も悲しまないように』と連綿と続く知識という神様の贈り物。
お医者さんも沢山の贈り物を手にして、ボクのお母さんを助けてくれる神様のような名医となった。
そんな人が『できない』と言う事なら仕方がないと受け入れるのが普通なのかもしれないけれど。
それは『できていない』だけで受け入れられないから、神様の贈り物をボクも手にするんだ。
難しくて、分厚くて、面白くもない『おほんさま』でも、今のボクが恐れる事はない。
ボクの中に宿る知識は、暗闇を照らす幾つもの光。
ボクの行きたい場所は、今ある『おほんさま』ですら知らない場所。
追いつく地図を片手に学び走るのも大変で、よそ見もするけれど走り続ける。
勝手都合の良い絵本の事だけで、現実に何もしなかった今までとは違うから。
行きたい場所を照らす為に学ぶ、未来を切り開くとはそういう事だ。
何も分からない不確定な未来という、光の届かない世界へようこそ。
沢山の折鶴がボクと一緒に飛んでいる。
数えきれない想いの数だけ『ふわふわ』と。
希望も、期待も、決意も、想いが込められて。
大丈夫、前に進む力は胸の奥で共にあるから。
弱さも、不安も、怯えも、一緒に背負って。
迷わない程度の光は、夢として遥か先に射してある。
ボクの見ている世界は、誰も見た事のない世界へ続く。
新しく場所を切り開いていく事が簡単で平坦の訳がない。
それでも。
どんな暗闇の絶望の未知でも、ボクが光を抱いて希望の道とする。
開け、未来。
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最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
頭の中の映像はあるのですが、文章化するのに難航しました。
まだまだ『八百万のかみたま』で他にも形にしたい話はあります。
その際には、よろしくお願いします。
鑑命導灯