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ボクにできることは ~鶴の心に『おもい』を込めて~

「お母さんは『元通り』になりますか」

 これは今日もお母さんに会いに病院へ来て、お医者さんに会った時のボクの第一声。

期待する言葉はあるけれど、ボクの期待する答えが簡単に返ってこない事も分かっている。

ボクだって頑張って調べたから、今のお母さんの現状は概ね理解しているつもり。

だからこそ『頑張るしかない』と笑顔を見せて隠し通そうとするお母さん。

それでも『頑張る』事と『無理をする』事は違うとボクは思うんだ。


「……ケンジ君はどうして、そんな事を聞くのかな」

「お母さんはボク達の為に『無理をしている』と思うから」

「リハビリの人達が無理のないように支えているから大丈夫だよ」

 お医者さんの言うように『専門の人に任せたら良い』というのも分かるけれど。

ただ『無理のないように頑張る』事と『結果が望むものである』事は重ならない。

過度な頑張りでは危険性もあるし、無難な頑張りでは結果が出ないと不安になる。

お母さんの身体と気持ちの状態が納得して噛み合うとは思えないんだ。


「幾ら頑張っても思い通りの結果が出ないのなら、無理する事はないもん」

「ケンジ君はお母さんの頑張りを……どう思うのかな」

「今のお母さんには『頑張らなくてもいい』が無いから無理があると思う」

 思い通りの結果が出なければ『無駄』というものではない。

それでも、できていた人が『元通り』にならないなんて受け入れられるだろうか。

『昔のお母さん』を目標にして『今のお母さん』の頑張りは続いている。


「頑張り過ぎて無理をしている感じなのかな」

「辿り着きたいゴールは、辿り着けるゴールと違う気がするもん」

 これ以上は医療、お医者さんにはやりようが無くて、本人の頑張りが要になる。

その『頑張るしかない』お母さんに『頑張らなくてもいい』なんて簡単に言える筈もない。

頑張りで理想に近付くとしても、それができていた事なら理想のようで当然のようなもの。

できている現実とできていない理想と終わりの見えない頑張りで気持ちは摩耗する。

無理をしても納得のできないものであるなら、力を抜いても良いと思うけれど。

今もお母さんは『ゴールラインが見えない世界』で足掻き続けている。


「私も『医師になれる』から頑張った訳ではなくて、頑張った結果があるだけです」

「……医師になれなくても頑張れたのですか?」

「知らないと分からないし、分からないとできないし、できるようになりたいから、頑張った」

 なれるから、できるから、結果を踏まえて努力はするものだけじゃない。

お医者さんは、名医どころか医師になれなくても医療に関わる生き方を選んだのだろう。

今まで何もしてこなかったボクと、今まで何でもしてきたお医者さんでは言葉の重みが違う。

このまま専門の人に任せて、本人の頑張りに任せる事が一番無難に納得できるものなのかも。

お母さんには無理をして欲しくないけれど、その姿をボクが嫌なだけかもしれない。


親としては子に対して『頑張れるだけ頑張った』事が納得の道筋なのだろう。


 お母さんの病室に行くと少し空気が重く、何かが違う気がした。

今日はリハビリのない休みの日で、お母さんはベッドの上で外を見ている。

その手元には、ボクが持ってきていた折り紙が拡げられたままになっていた。

そしてボク達に気付くと、いつものように笑顔でボク達を迎え入れてくれる。

笑顔もあるし、お話もできるのだから、普通に見えるかもしれない。


だけど。


 外を見ていた目に力は無く、ボク達に気付く事はなかった。

折り紙も一度は潰して伸ばしたような歪な折り目が見えている。

メモ帳や鉛筆にボールペンもあるけれど、今日は触れてもいない。

いつもの笑顔で隠しきれない何かが、ボクにも感じられる……だから。


「お母さん、頑張らなくていいよ」


「……あのねぇ、お母さんはね、今は無理をしてでも頑張る時なの」

「うん、知ってるよ、調べたから」

 ボクでも驚くほどに、自然と口から言葉が洩れていた。

何かを察してか、お母さんは窘めるように言うけれど、今のボクは全くの無知じゃない。

身体に痛みがあるのか、思うような結果が出ていないのか、これからの事に不安が過るのか。

自分の気持ちを強くあろうと思っている時だから、何も分かっていないと思われたのかも。

ボクはベッドによじ登り、お母さんと睨み合うように対峙する。


「今のお母さんは、お母さんらしくないもん」

「お母さんが何をしたら、お母さんらしいのよ」

「そんなの知らないよ、お母さんらしくなくても、お母さんだもん」

 語尾が強くなるお母さんに、ボクも合わせて語気を強める。

子供に条件が無いように、親にも条件が無いけれど、何も無いのに認め合う。

お母さんがボクを子供と、ボクがお母さんを親と、認め合う以外に何もいらない。

昔のお母さんと今のお母さんは変わってしまったけれど、ボクのお母さんだから。

ボク達の為に懸命に頑張っている姿は、誰が何と言おうとお母さんだから。


「いつも頑張ってるもん、辛かったら任せたらいいじゃん」

「それで、一番困るのは、ケンジでしょう」

「だったら、ボクに任せたらいいよ」

 お母さんが頑張るなら、ボクも頑張ってみる。

一番困るのはボクなのも、何もできないボクが一番分かっているけれど。

お母さんがボクを大切に想うように、ボクだってお母さんを大切に想うから応えたい。

それでも気持ちは負けないけれど、何もできないボクに任せて貰える事はあるのかな。

ふと、折り紙を見てメモ書きと折鶴を思い出す……そうだ、ボクが頑張るんだ。

お母さんが無理をしないように、今のボクが『何を頑張れるのか』を。

気持ちを、言葉を、行動を、伝えないといけない。


 少し『くしゃくしゃ』な折り紙の裏に伝わるようにと思いを込めて書いていく。

それは魔法使いで名医のお医者さんにも、今まで積み重ねられてきた知識でもできない。

頑張るお母さんや、支えるお父さんや、手伝うお兄ちゃんにお願いするものでもない。

期待を込めて『治りますように』と、何でもできそうな神様や誰かに託さない。


だから、ボクは書いたんだ。


『ボクがなおす』って。

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