ボクにできることは ~包まれる伝え方~
気付いた時には、もう朝みたいで、ボクはベッドの上。
覚えていないけれど、二冊の本を離さずに、ボクは寝ていたみたい。
お父さんが運んでくれたらしく、笑いながら頭を撫でて仕事に行った。
急かすお兄ちゃんと朝食を摂ったら、ボクも用意して学校に行かないと。
ボクの背中には、いつもより重いランドセル。
持ってきた本を授業中に読むと注意されたから、休み時間に集中して本を読む。
遊ばないボクを見て不思議そうな顔をする子もいるけれど、ボクは少しでも時間が惜しい。
今までと違うボクに『子供らしくない』『おかしい』『面白くない』と色々な視線が集まる。
覗き見る子や話しかける子、悪戯をしてくる子もいて、何もせずにはいられないらしい。
授業中は決められた事しかできず、休み時間には邪魔をされて『イライラ』が募る。
やりたい事もできない学校なんて、登校するだけ時間の無駄じゃないかな。
「そんなことしなくても、まほうがつかえるようになるかもしれないじゃん?」
「そのむつかしそうなほんって、せいせきがあがったりするものなの?」
「すこしばかりべんきょうしたところで、さいのうのあるやつにはかなわないよ?」
いつも一緒に遊んでいた子供達が五月蝿く感じる。
都合の良い可能性や、褒められる理由や、自惚れや諦めの評価もいらない。
病院で頑張っているお母さんの姿が見える今のボクとは見ている世界が違うんだ。
こんな子供達と同じ事をしていたら、ボクの求めているものが掴めるとは思えないもん。
お母さんが治らない理由も、病気になった原因も、ならないようにする知識も掴みたいから。
あの時に『知っている』と『知らない』では『何か違ったかもしれない』と後悔がある。
少しでもできる事を増したいボクの邪魔をしないで貰いたい。
「……それでも、お母さんが治せるかもしれない、何かができるかもしれないから」
ボクの淡々とした言葉に何も言えず、子供達はたじろぐ。
ボクのお母さんの事を全く知らない訳じゃないから、ボクが集中していると離れていく。
楽しい事を探すのに懸命な同級生の子供が、楽しくも無い事に関わりたいとも思わないのも当然。
『今じゃなくても』とか『学校の勉強もできていないのに』とか『お医者さんに任せたら』とか。
『だよねぇ』と小声の『正論』……至極真っ当な意見だけど、今までと同じでは何も変わらない。
知らない知識が多過ぎて読もうとするだけで精一杯なボクには、全てが足りないモノばかり。
『何かできたかもしれない』と、あの時と同じ思いはしたくないんだ。
それでもボクの周囲が何も変わる事はない。
耳障りに遊んでいる子も、真面目さを嘲笑う子も、足を引っ張る子もいる。
ボクが変わったのであって、ボクを知っている子達も接し方が分からないみたいだ。
短い休み時間では図書室にいく事もできなくて、皆の雑音で物凄く『イライラ』する。
給食を早く終えると教室から離れ、待望の図書室でボクは邪魔をされずに本を読む。
今のボクは皆とは違うから、誰にも関わらずに一人でいるのも悪くないさ。
……だけど。
ふと窓越しで遠くに見えるのは、子供達の楽しそうな世界。
ボクだって何も変わらないなら、何も違和感なく同じように楽しかったはず。
学校は集団であり、色々な人がいる事を知って、自分の事も知る事ができる場所。
年相応の勉強も、競い合う運動も、家とは違う給食も、皆と一緒にできるのは今だけ。
雑談しながら登下校、したくもない必要な掃除、今日は何の日かと共有する情報や経験。
遠足、運動会、防災訓練、授業参観、社会見学、修学旅行、合唱コンクール、夏休みや冬休み。
楽しい事やつまらない事も、できる事やできない事も、都合の良い事や都合の悪い事もある。
学校という今でしかできない経験や、他人ばかりの集団という距離感のある関わり合い。
家族から離れて自分で行う……まだ与えられているけれど、これも一つの社会性。
色々な事情の家庭があり、各所に学ぶべき学校があり、多様な求められる社会がある。
「……そうか、此処にいての勉強もあるのか」
色々な家庭……幸せな家庭ばかりでもなく、楽しいばかりじゃない。
学ぶべき学校……勉強、運動、誰かといる事が、楽しいばかりじゃない。
求められる社会……期待に応える力が必要だから、楽しいばかりじゃない。
好きな絵本に囲まれながら、読んで寝ながら生きていたい。
嫌な事なんてしたくないから、誰かに任せて生きていたい。
好きな事を好きなだけして、楽しい事だけで生きていたい。
誰もが都合の良い事だけで成り立つ世界があっても、きっと今のボクは誰にも憧れない。
今の生活の場、何も変わらない教室へと戻る。
どれだけ勉強をしても、お母さんの現状が見えてくるだけで治る訳でもない。
勉強をしているお医者さんが治せないのだから、当たり前といえばそうなのだけれど。
お母さんの事を知る為の勉強なんて、辛い現実を知らされるだけのものでしかない。
それでもボクは、皆よりも何かしていないと不安で仕方がないんだ。
我に返ると授業は終わりを告げて、皆も帰り始めている。
ボクも帰ろうとすると机に何かある事に気付く……幾つかの折鶴と幾つかの小さなメモが入っていた。
『 がんばって 』
『直接言えばいいのに』と思ったけれど、これが一番良いと誰かが考えたのかな。
伝え方は色々あるけれど、今のボクには分かり易くて何だか温かく感じる。
……そっか、ボクは少し嬉しいのか。
「ケンジ、服が汚れていたら着替えて、病院にいけるようにしておけよ」
家に帰るとお兄ちゃんが家事をしながら用意をしていた。
ボクはお兄ちゃんに言われたようにするしかない事は分かっている。
お父さんは何でもできるし、お兄ちゃんはお母さんの代わりができているのに、ボクは何もできない。
何かしたくても高い所の物は取れないし、重い荷物も持てないし、何が必要なのかも分からないし。
『何もしていなかったのだから何もできない』と自覚させられるボクのスタートライン。
何も任せてもらえない……それでも、何かそれでも。