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何もできない魔法使い ~背中合わせの世界線~

 静かなお医者さんの言葉がボクに重く押し寄せる。

幼い子供なら、状況が理解できず、するべき事も分からず、助けて貰えるなら縋り付く。

あの時のボクだって、救急車を呼んで貰えて一緒について行っただけで……何もしていない。

自分の事を『何もできなかった』と言うのなら、お医者さんも同じような子供だったのかも。

……でも、その時に子供だったのなら、それって物凄く『普通』と思うけれど。

子供なのに『何でもできる』なら、それは寧ろ大人じゃんね?


やっぱり、子供なら『何もできない』のは『当たり前』だから『仕方がない』と思う。


 お医者さんの言う『何もできなかった』という言葉が普通過ぎて、逆に違和感がある。

今のボクと子供の頃のお医者さんに同じ点があるとしたら『何もできなかった』という点だろう。

……確かに、もしもお母さんの『倒れた場所が違っていたら』と思うと血の気の引く思いがする。

あの時は誰かが居たお蔭で逸早く救急車が来たけれど、ボク一人なら何ができただろう。


 まずは落ち着いて、声をかけて反応をみて、出血や呼吸や脈などの確認をして、近くの誰かに助けを求めて、緊急であれば救急に連絡をして、現在の場所と状況を伝えて救急車を要請して、体温や呼吸など状態の安定を確保して、各出入口までの動線を確認して、場所によっては救急車へ同乗する際の所持品、現場への連絡先、電気ガス水道戸締り等の安全も確認して、分かるのなら家族に状況を伝えて、深夜なら病院からの移動手段の確保、それに保険証や保険会社への相談や手続き……まだ、足りない。

そんな事もボクは全部、誰かにして貰った事も分かっている。


だからこそ『助けられると思うか』と言われたら、何一つ助けられる気がしない。


 できる人に縋るのは、子供なら当たり前。

だからこそ、困っている人や苦しんでいる人、辛い人を助けられるお医者さんは凄いと思う。

それこそ助けるのも大変なのに、助けてもボクみたいな人から何か言われそうだし。

褒めたり喜んだり認めてくれないなら、やってられないと思うんだよね。

嫌な思いをしてまで『助けたい』とは思わないもん。

だって思わないよ、知らない人だもん。


……あれ?


 誰もが『助けたい』と思わなくて、誰もが『誰かが助けてくれる』と思っていたら。

それなら『誰が助ける』のかな……今のボクのような人ばかりなら、成り立たないよね。

お母さん、お父さん、お兄ちゃん、誰もが助けてくれるからボクは当たり前に感じていた世界。

誰もが助けてくれない、助けられる人がいない世界があっても、ボクには遠く感じて分からない。

考えるだけでも不安や恐怖が突き刺さり背中が凍て付く感覚に、お医者さんとの違和感の正体を見る。


『助けたい』との強い想いを辿ると、それは痛みと供にボクに振り向く……たぶん、それは。


「お医者さんのお母さんって……」

「……君のお母さんと同じ症状だったよ」


「『魔法』でも、『神様』でも、何でも良いから……助けて欲しかったなぁ」

 ……『助けたかった』んだ、あぁ……

透けて遠くを見るお医者さんの柔らかい微笑みは、果てしない草原の穏やかな風のようで。

その言葉には途方も無い痛みも、行き場の無い優しさも、どうしようもない無力感もあって。

都合の良い『魔法』や『神様』や『大人』の存在を思い描く事にも理解を示すのは、きっと。

それは子供であれば、誰かが『何とかするべき』と願うだけの理不尽な選択肢だから。


何もできずに優しさに縋り付くだけの子供の痛みを知っているから。


『魔法』みたいな叶える力も、今の自分にとって都合の良い才能が欲しいだけ。

『神様』みたいな支える力も、今の自分にとって都合の良い世界が欲しいだけ。

『大人』みたいな耐える力も、今の自分にとって都合の良い環境が欲しいだけ。

ボクに『魔法』みたいな才能があれば、誰にだって負けないもん。

ボクに『神様』みたいな友達がいれば、こんな世界とは違うもん。

ボクに『大人』みたいな経験がないから、守るのは大人だもん。


 自分に都合が悪ければ、いらないし、認めたくないし、聞きたくもない。

その時には『何もできない』『当たり前』『仕方のない』のも分かっている。

そんな事は分かっていても……納得できる筈がないじゃないか。


「だから……君とは似ている気がするんだよね」

 そう言いながら、お医者さんは笑顔を向ける……けれど。

『同じ』とお医者さんの言っている部分と『違う』とボクの感じる部分は大きくて。

零れ落ちた命も、望まない境遇も、無力な自分自身も、その理解がボクを締め付ける。

『同じ立場だったら』と考えると、胸の奥から声にならない嗚咽が漏れる。

お医者さんも子供の時なら、ボクと同じで守られたい筈だから。


「お医者ざんは、もっど、泣いで良いど、おもっ……」

 その痛みも、怖さも、苦しさも、悔しさも、寂しさも、抑え切れない感情が涙となり溢れ出す。

今も誰かが助けてくれると『信じている』ボクと、受け入れざるを得ず『信じたかった』お医者さん。


今のボクの状況も当たり前ではなくて、お医者さんの子供の頃との背中合わせ。

同じ状況で、同じ病状で、同じ結果を求めた……その二つの同異なる世界線。

お医者さんにとっては同じ世界線でもあり、求め続けた世界線……そう。


お医者さんがお医者さんでなければ、変わらず同じだったかもしれない世界線にボクはいる。


「ありがとう……でも、そこまで泣かれたら、私は泣くに泣けないかなぁ」

「だっで、だっで、おいじゃざんのおがあざんわぁ……」

 ボクの頭を撫でながら、お医者さんは少し困惑気味に笑う。

お医者さんでも『泣くだけ泣いたのだろう』という事はボクにも分かる。

救えない世界も、失われていく環境も、耐え難い現実も受け入れるしかなくて。

その怒りも、悲しみも、妬みも、悩みも、諦めも、納得の感情が追いつかない。


何もできない子供は、ただ疲れるまで泣くしかできないのだから。

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