ぼくはだいじょうぶ
ぼくはだいじょうぶ。ひとりだってだいじょうぶ。そう心の中で何度も言う。でも学校から帰ってきた時も、宿題をしている時も、お風呂に入った時だって怒ったあいつの顔が頭に浮かんで離れなかった。
「ハルト、今日は一緒の布団で寝ようか」
先にお布団に入ったお母さんが掛け布団をペロリとめくってぼくを呼んだ。
「小学生なのにはずかしいよ。ぼく、もうひとりで眠れるし」
「お母さんがひとりだと寂しいの。だから一緒に寝よう」
そう言ってまくらを半分空けてポンポンする。
「もう、しょうがないなぁ」
ぼくはしぶしぶお布団の中へ潜りこんだ。一つの枕を半分こ。おでこがぶつかりそうなくらいお母さんの顔が近くにあった。
「おやすみ」
お母さんはそう言って電気を消した。
「おやすみ」
ぼくはそう返事をして、もうまぶたを閉じているお母さんの顔を見た。
幸せそうに目を閉じているお母さんと反対にぼくの心はどんよりとして、涙が出てしまいそうだった。ぼくは知っている。こんなに近くで一緒にいても、みんな本当はひとりなんだ。お母さんの見る夢とぼくの見る夢はちがうし、眠りに落ちるタイミングもちがう。ぼくの明日とお母さんの明日もちがうんだ。明日になればぼくはあいつと顔を合わせなくちゃいけない。
それは今日の昼休みのことだった。
「お前なんか友だちじゃない! ひとりで遊べばいいだろ」
前の席のユウキは顔を真っ赤にして怒って言った。
「ああ、ぼくだって友だちやめるよ! ぼくはひとりでもだいじょうぶだし!」
そう言ってぼくもそっぽをむいた。
きっかけはたいしたことじゃない。ぼくは休み時間にうんていがやりたかった。でもユウキは鬼ごっこがやりたかった。そしてどちらもゆずらなかっただけだった。
そりゃあ、ユウキは足が速いから逃げるのも速いし、鬼になってもすぐ捕まえられるから楽しいだろう。でもぼくはユウキほど足が速くないし鬼になったらずっと鬼のままでつらいんだ。
ケンカをしたぼくたちは別々に休み時間をすごした。ぼくはひとりでうんていに行った。ユウキはひとりで校庭を何周も走り回っていた。ぼくはうんていにぶら下がってひとつ飛ばしではじまで行く。後ろから2人組の女の子たちがうんていに来た。ひとりの子が落ちるともうひとりも一緒に落ちてキャッキャっと楽しそうに笑っていた。ぼくは1回も落ちなかったけど何にも面白くない。
ふと見ればユウキはすごい速さで校庭を走っていた。ひとりでやるうんていがこんなにつまらないのなら鬼ごっこの方が100倍楽しかったかも。いまからでもユウキのところに行って「鬼ごっこしようぜ」って言えたらいいのに。
その時、走り終わったユウキとぱちりと目があった。
ぷいっ
ユウキはぼくのことなんか見たくないみたいに目をそらした。だからぼくも同じようにぷいっとしてもう一度うんていにぶら下がった。本当に僕たちは友だちじゃなくなっちゃったんだ。ぼくの胸がズキンと痛んだ。
休み時間が終わって教室に戻った後もユウキは一度もふりむかなかった。いつもは「前を向きなさい」って先生に怒られるくらいぼくとおしゃべりしようとするのに。ぼくは仲直りしたかったけれど無視されるのが怖くて声をかけることができなかった。
今日のことを思い出しながらふとんの中でぎゅっと小さくなる。
友だちに戻りたいな。
でも無理かもしれないな。ユウキすごく怒っていたもんな。
何度もユウキの背中を思い出して頭の中がぐるぐるなった。その時……
つんつん
布団の中で何かがぼくの足をつついた。見るともう眠ったと思っていたお母さんがぼくを見ながら、いたずらっ子みたいに笑っていた。
「何? お母さん」
「ハルトさ、今日、学校で何かあった?」
ぼくはぎくりとして思わず顔を掛け布団で隠した。
「別に。何でそう思うの?」
小さな声で言うとお母さんはもう一度ぼくの足をつんつんとつついた。
「いつもは寝る前にお友だちの話を楽しそうにするのに今日はとっても静かだからケンカでもしちゃったのかなって思ったの」
言い当てられて驚いているぼくをお母さんがくすりと笑う。
「当たり?」
「うん……」
お母さんに今日あったことを話すとお母さんはうんうんとうなずきながら聞いていた。
「そっか。2人とも本当は一緒に遊びたかったのね」
「ぼくは遊びたかったけどユウキはわからないよ。ケンカしてからぼくのこと一度もみてくれなかったんだ」
悲しい気持ちになって下を向く。するとお母さんはまたぼくの足をつんつんとした。思わず顔を上げるとお母さんと目が合った。
「つんつんってされると『何だろう?』って思わず見ちゃうでしょ? ハルトも明日ユウキくんの肩をつんつんってしてみたらどうかな。お母さんもね、勇気を出してハルトにつんつんってしたのよ」
そう言いながら今度は脇腹をつんつんした。ぼくはくすぐったくて笑ってしまった。すると笑い声を聞いたお母さんはくすぐるのをやめて、ぼくをぎゅっと抱きしめた。お母さんの心臓の音がドキンドキンと耳にひびく。お母さんの腕の中は温かくて心地よくてウトウトとまぶたがくっつきだした。
「きっと大丈夫だよ」
お母さんの優しい声が耳元でささやく。するとぼくの心のもやもやが消え去って、ぼくはいつの間にか眠ってしまっていた。
次の日の朝、ぼくよりも後に登校してきたユウキはぼくのことを見ないように席に座った。ぼくは勇気をだして青いセーターの肩をつんつんとつつく。ユウキの肩がピクリと動いた。ぼくはもう一度つんつんしてみた。
「なんだよ」
ユウキはくちびるをとがらせながら振り向いた。
「あのさ……今日の休み時間一緒に遊ぼうよ。ユウキの好きな遊びでいいからさ」
ユウキは少し驚いた顔をしてから照れくさそうにほっぺをポリポリとかいた。
「じゃあ……うんていしようぜ」
「え? ユウキはうんていが嫌いじゃなかったの?」
「嫌いっていうか、ハルトはうんていが得意でひょいひょい行けるから楽しいだろうけど、ぼくは手が痛くてぶら下がっていられないからイヤだったんだ。でも昨日うんていで遊んでいるハルトのこと見てたら一緒にやるのも楽しそうだなと思ったんだよ」
ぼくはなんだかほっぺたがムズムズしてふにゃっと笑ってしまった。
「じゃあうんていの後は鬼ごっこしよう! ぼくも走っているユウキ見てたら一緒に走りたくなったんだ」
ユウキも嬉しそうにニカっと笑った。
「いいぜ」
「約束だよ」
ぼくはツンツンした指で今度はこちょこちょっとユウキをくすぐった。するとユウキも「やったな」と言いながらぼくのことをこちょこちょっとくすぐった。帰ったらお母さんに「仲直りできたよ!」って言わなきゃ。するとお母さんの喜ぶ顔が浮かんだ。
ぼくはだいじょうぶ。ひとりじゃないからだいじょうぶ。
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