#91 その名はスフィンクス/その名はキルケ・メーデイア
「あ、アラクネさん!」
「今さら何をするというのか……忌々しい女王陛下よ!」
空に浮かんだ、復活した女王の姿を見た魔女たちが歓喜の声を上げる一方。
自ら口にした通り忌々しげに、アルカナは吐き捨てる。
生徒会総海選より数日後。
事の起こりは無論、少し前に魔男の元騎士団長にして再び返り咲いたアルカナによる魔女社会への宣戦布告だった。
――聞くがいい、魔女社会の諸君! 我ら魔男の12騎士団は諸君らに対し、全面戦争を布告する!
それに伴い市街地には、自衛隊の防空態勢が取られ。
まさに魔女社会は厳戒態勢に入っていた。
そんな中。
なんと青夢と法使夏は自ら専用機を駆り。
魔男側を誘い出していた。
そうして現れた第十三の騎士団・女男の騎士団。
その保有艦たる幻獣機母艦スキュラ・幻獣機母艦カリュブディスを率いて同騎士団所属のメアリーとミリアは、青夢と法使夏に挑んだ。
そうして一時、彼女らはミリア率いる幻獣機母艦カリュブディスに翻弄されながらも。
加勢して来たマリアナや剣人の力もあり、何とか撃退に成功する。
しかし、それから数日後のことだった。
巨男の騎士団が擁する巨人型の幻獣機父艦が大挙し、さながら巨人の群れを成していた。
それを空飛ぶ法機グライアイ三機とゴルゴン旗艦により龍魔力四姉妹が、迎え撃っていた。
その激戦の末、最終的には四姉妹の四女・愛三とアロシグの一騎討ちとなり愛三の勝利に終わった後。
アルカナの提案により魔男側の攻勢競い合い――争奪聖杯に参加している六騎士団が一斉攻撃を仕掛けることになったがそれも辛くも退け。
その際に得られた情報から、自衛隊と凸凹飛行隊・龍魔力四姉妹は。
魔男の"本拠地"――正確には、罠として仕掛けられていた偽本拠地へと向かった。
しかしそこで待っていたのはマルタの魔女――赤音の裏切りと。
――ああ、君たちも聞いたことがあるだろう……ライカンスロープフェーズ! それこそ騎士が自身の幻獣機に魂を同化させた形態だよ……君たちが葬り去った幻獣機タラスクや幻獣機ナイトメアがとっていた形態でもある!
自分たちが知らずして人の命を奪ったという事実を突きつけられた凸凹飛行隊のうち法使夏と剣人が、そして龍魔力四姉妹が幻獣頭法機化させられた自機を奪われてしまったという結果だった。
その功績に加え、魔女社会にも多数の幻獣頭法機が潜んでいるという不安を与え混乱させたこともあり。
女男の騎士団が争奪聖杯を制することになった。
が、それは第十三席に見せかけた騎士王――ダークウェブの王タランチュラの席に彼女たちを座らせることで彼の逆鱗に触れさせようとするアルカナの策略であり。
それにより赤音たちは、タランチュラの怒りを買ってしまう。
一時は自身のミスに打ちひしがれながらも、それを察知した青夢は他の凸凹飛行隊と共にいち早く動き出そうとするが。
――聞こえるかいな、ジャンヌダルクの魔女さんにカーミラの魔女さん! この二人を離してほしかったら……神妙にして、あんたらの残る機体を差し出せや!
なんと自身と同じく女男の騎士団団員であるはずのミリアとメアリーを下に吊るした幻獣頭法機デモニックリバイヤサンを駆り赤音は、ジャンヌダルクとカーミラの引き渡しを要求して来たのである。
そうしてその要求通りに現れた青夢とマリアナだが。
実は人質などではなく、最初から青夢たちに牙を剥くつもりだったミリアとメアリーと彼女たちはぶつかり合いとなる。
しかし突如として現れたのは、手ずから彼女たちを葬ろうとするダークウェブの王タランチュラだった。
それに対し、ミリアとメアリーの助命を乞うも拒否された赤音はやむを得ないとばかりに真意を明かす。
――これはその姐様直々の密命や! 王様、あんたに誘いに乗ったふりして、姉ちゃん方二人を守れっちゅうな!
そのためにアラクネは一度は葬られたが、バックアップによりいずれ蘇るという。
そして、その言葉通りにアラクネは復活してみせ。
「ええ……見ているといいわ!」
「何?」
「騎士団長!」
「!? く、ブランデンとリベラか!」
アラクネの言葉と共に、赤音へと呼びかけたのは。
ミリアとメアリーである。
いや、それだけではなく。
「さあお姉さんたち……行っくよー!」
「め、愛三どうしたの!?」
「な、何があったんだ?」
「め、めめ愛三!?」
何故か愛三も、いつも以上に張り切っていることに姉たちは驚く。
◆◇
「ようこそ……龍魔力愛三さん、メアリー・ブランデンさん、ミリア・リベラさん!」
「あ、あんたは!」
「あ、アラクネとかいう……」
時は、アラクネの幻影が空に浮かぶより少し――現実世界でいえば、ほんの一瞬前。
ミリアとメアリーは自ら唱えた願いにより、復活したアラクネの意思によってダークウェブの最深部へと召し出されていた。
いや、彼女らだけではない。
「え、えっと……確か、アラクネちゃんだっけ?」
「……ふふっ!」
「え? わ、わたしなんか変なこと言った?」
アラクネを笑わせたのは、本来彼女直々に法機を与えられた者でも女魔男でもなかった人物。
「うわ! あ、あんた誰だい?」
「あなた……まさか龍魔力の!?」
「あ、はい……愛三っていいます。 よろしく、グレンデルちゃんにゴグマゴグちゃん!」
「ぐ、グレンデルちゃんに……」
「ご、ゴグマゴグちゃん……」
龍魔力四姉妹の末妹たる愛三の独特のペースに、ミリアもメアリーも困惑しているが。
「……はははは! ああ、あなた面白いわ……私をアラクネちゃんて呼んだり、ミリアさんたちを幻獣機の名前で呼んだり!」
「へ? 面白、い?」
「そういえばそうだねえ……ぷっ!」
「や、止めてください姐様……お、お腹が!」
尚笑うアラクネに、メアリーやミリアもつられて笑う。
さておき。
「お、おほん! ……さあて、よく来たわミリアさんにメアリーさん! そして……本来呼ばれていないながらも、その願いの強さによってここに来れた愛三さん!」
「! は、はい!!」
「え? わ、わたし……呼ばれてないの〜?」
が、愛三はその事実にがくりとする。
まさか、お呼びでないとは。
「ふふふ……いいのよ愛三さんも! それぐらいあなたは願いが強かったんだから……さあ、もう一度願いを聞かせて!」
「ね、願い……?」
そんな彼女に笑いかけるアラクネの言葉に。
愛三はふと、頭に情景が浮かぶ。
◆◇
「幻獣機の融合した、私たちの法機……」
「そう、私たちの法機――これが真の、空飛ぶ法機グライアイよ!」
「ああ、姉貴!」
「はい、お姉様!」
それは、赤音によりグライアイを始めとする法機が返還された時のこと。
戻って来たグライアイ――先ほどまでは幻獣頭法機ゴルゴニックシスターだった機体が、ゴルゴン旗艦へと帰艦し。
「さあ……行くわよ二手乃と英乃!」
「ああ!」
「はい!」
「行ってらっしゃい……」
そのまま夢零が、帰艦した一機に。
他の一般機にインストールされ直したグライアイ二機は、それぞれ英乃、二手乃に乗られ。
再び、発艦していく。
「いっつも……わたしは見送りかあ……」
愛三はそんな現状を、歯痒く思っていた。
これではまるで、自分だけ姉妹の一員ではないような――
◆◇
「……うん! アラクネちゃん、わたしの望みは!」
「……ふふふふ……」
「え!? な、何?」
愛三はそこまで思い浮かべ、アラクネに自分の願いを聞かせようとするが。
再びのその呼び方がツボにハマったのかアラクネは、またも笑う。
「ええ〜……そんなにわたしの望みおかしい?」
「ごめんなさい、そうじゃないの。……気を取り直して、あなたの願いは?」
「うん……わたしは、お姉さんたちと本当の意味で姉妹になりたい!」
「そう……それでいいわ、愛三さん!」
アラクネは愛三の願いを、認める。
「あ、あたしたちは!」
「私たちは! 飛びたい……姐様と!」
ミリアはメアリーの言わんとすることに、先んじて答える。
―― ごめん法使夏……今度こそ、私たち二人でマリアナ様に貢献しよう!
――うん、ミリア!
「(何よ私ったらこんな時に……もう、あいつは関係ない! 魔女も魔男ももう結構……私は、メアリー姐様と!)」
その即答は一瞬自身の頭に浮かんだかつての半身との約束――から来る振り払いたい気持ちをごまかすためでもあった。
だがメアリーを想う気持ちそのものに、嘘偽りはない。
「……分かったわ。ミリアさん、メアリーさん、だけれど忘れないで。……既にあなたたちは一つ。形がどうであっても、その心はね!」
「! な」
「……ああ、分かった。」
しかし、そんなミリアの気持ちを知ってか知らずか。
アラクネは二人に、そっと諭すように呼びかける。
ミリアはそれに、少し面食らい。
メアリーは、感じ入ったように返事をする。
「……さあ、今一度あなたたちの願いを!」
「うん! ……サーチ! トゥービー ア トゥルー メンバー オブ アワ シスターズ!」
「ミリア!」
「はい、メアリー姐様!」
「……サーチ、フライ アウェイ トゥギャザー!!」
そうして。
愛三、ミリア、メアリーは今一度、自身の検索ワードを唱える。
すると――
hccps://circe.wac/
hccps://medeia.wac/
hccps://sphinx.wac/
「こ、これが!?」
「あたしたちに」
「与えてもらった、力……」
愛三たちは目の前に浮かぶURLに、感じ入る。
「さあ早く! 皆と戦列に加わるのよ!」
「はい! ……セレクト、hccps://sphinx.wac/!」
「ミリア! ……セレクト、hccps://circe.wac/!」
「はい! ……セレクト、hccps://medeia.wac/」
「ダウンロード!!!」
アラクネの促しに従い。
そのまま三人は、術句を唱え――
◆◇
「ああ、お易い御用やで二人とも……幻獣機ゴグ、マゴグ! 幻獣機グレンデルマザー、グレンデル! コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 空飛ぶ法機キルケ・メーデイア! エグゼキュートやねんで!」
「!? な!」
翻って、現実世界では。
ミリアとメアリーに求められるまま、赤音が詠唱したままに。
ミリアとメアリーは宙に止まり。
ミリアの乗機ゴグマゴグは二機――ゴグとマゴグに分かれ。
メアリーの乗機グレンデルは、更にもう一機のグレンデル――詳細不明だが、赤音曰くグレンデルマザー――を生成し。
それぞれの乗機は合体し、ミリア・メアリーの各法機の形を成したと思えば。
更に――
「こ、これは……?」
「ひ、比翼の鳥……?」
これを見ていた魔女たち、その中でも法使夏が特に驚いたことに。
それは、空飛ぶ法機キルケが左翼を畳み。
メーデイアが右翼を畳み合体した比翼の鳥――もとい、双胴機の形を成している。
「行くよ、ミリア!」
「はい、姐様!」
そこへ乗り込んだミリアとメアリーは、呼吸を合わせて。
「hccps://circe.wac/」
「hccps://medeia.wac/」
「サーチ コントローリング 空飛ぶ法機キルケ・メーデイア!! セレクト、キルケ・メーデイア リブート エグゼキュート!!」
術句を詠唱し、自身の専用機たるキルケ・メーデイアを始動し。
「ぐっ! ほう、いい度胸だ……私に刃向かうというか!」
アルカナの乗る幻獣機セブルディアボロスへと、突撃を仕掛ける。
「ああ、そうだねえアルカナの旦那……あんたには世話になったからねえ!」
「私たちこそお礼をしなきゃ……あんたに受けた、恩という名の屈辱に対する、ほんの礼をねえ!」
ミリアとメアリーは、避けられ通り過ぎて到達した空域より機体を旋回させつつ。
あの時――アルカナに騙し討ちされた時の彼の台詞をそっくりそのまま返す。
「ふっ、まったく……やはり所詮は魔女風情があ!」
「があ!」
「ぐるる!」
「がるる!」
それを理解したアルカナも、闘志を滾らせ。
それに呼応しセブルディアボロスも、三つの首で吼えて応える。




