#87 救うべきもの
「……おうや? 何や、あっさり現れたやないか姉ちゃんたち!」
「ええ……呼ばれたからね!」
「さあ、魔女辺さん……そのお二人を、離しなさい!」
赤音が座乗する自機、デモニックリバイヤサンより見れば。
その前に現れたのは果たして、引き渡しを迫った二機の法機をそれぞれに駆っている青夢とマリアナだった。
生徒会総海選より数日後。
事の起こりは無論、少し前に魔男の元騎士団長にして再び返り咲いたアルカナによる魔女社会への宣戦布告だった。
――聞くがいい、魔女社会の諸君! 我ら魔男の12騎士団は諸君らに対し、全面戦争を布告する!
それに伴い市街地には、自衛隊の防空態勢が取られ。
まさに魔女社会は厳戒態勢に入っていた。
そんな中。
なんと青夢と法使夏は自ら専用機を駆り。
魔男側を誘い出していた。
そうして現れた第十三の騎士団・女男の騎士団。
その保有艦たる幻獣機母艦スキュラ・幻獣機母艦カリュブディスを率いて同騎士団所属のメアリーとミリアは、青夢と法使夏に挑んだ。
そうして一時、彼女らはミリア率いる幻獣機母艦カリュブディスに翻弄されながらも。
加勢して来たマリアナや剣人の力もあり、何とか撃退に成功する。
しかし、それから数日後のことだった。
巨男の騎士団が擁する巨人型の幻獣機父艦が大挙し、さながら巨人の群れを成していた。
それを空飛ぶ法機グライアイ三機とゴルゴン旗艦により龍魔力四姉妹が、迎え撃っていた。
その激戦の末、最終的には四姉妹の四女・愛三とアロシグの一騎討ちとなり愛三の勝利に終わった後。
アルカナの提案により魔男側の攻勢競い合い――争奪聖杯に参加している六騎士団が一斉攻撃を仕掛けることになったがそれも辛くも退け。
その際に得られた情報から、自衛隊と凸凹飛行隊・龍魔力四姉妹は。
魔男の"本拠地"――正確には、罠として仕掛けられていた偽本拠地へと向かった。
しかしそこで待っていたのはマルタの魔女――赤音の裏切りと。
――ああ、君たちも聞いたことがあるだろう……ライカンスロープフェーズ! それこそ騎士が自身の幻獣機に魂を同化させた形態だよ……君たちが葬り去った幻獣機タラスクや幻獣機ナイトメアがとっていた形態でもある!
自分たちが知らずして人の命を奪ったという事実を突きつけられた凸凹飛行隊のうち法使夏と剣人が、そして龍魔力四姉妹が幻獣頭法機化させられた自機を奪われてしまったという結果だった。
その功績に加え、魔女社会にも多数の幻獣頭法機が潜んでいるという不安を与え混乱させたこともあり。
女男の騎士団が争奪聖杯を制することになった。
が、それは第十三席に見せかけた騎士王――ダークウェブの王タランチュラの席に彼女たちを座らせることで彼の逆鱗に触れさせようとするアルカナの策略であり。
それにより赤音たちは、タランチュラの怒りを買ってしまう。
一時は自身のミスに打ちひしがれながらも、それを察知した青夢は他の凸凹飛行隊と共にいち早く動き出そうとするが。
――聞こえるかいな、ジャンヌダルクの魔女さんにカーミラの魔女さん! この二人を離してほしかったら……神妙にして、あんたらの残る機体を差し出せや!
なんと自身と同じく女男の騎士団団員であるはずのミリアとメアリーを下に吊るした幻獣頭法機デモニックリバイヤサンを駆り赤音は、ジャンヌダルクとカーミラの引き渡しを要求して来たのである。
そうしてその要求通り。
「ああ、もちろん離しちゃるわ……せやけど! まずは、あんたらの二機を差し出すんが先と違うか?」
「ええ……そうね!」
青夢とマリアナは、こうして自機を駆って来たのである。
そして赤音は、彼女たちに自機の引き渡しを要求する。
それに対し。
「……行くわよ、魔法塔華院マリアナ!」
「言われるまでもなくってよ、魔女木さん!」
その要求に応える形で、青夢とマリアナは操縦席より脱出し。
パラシュートを展開し、自機を乗り捨てる形で明け渡す。
「意外に素直な姉ちゃんたちやな……ようしフィーメイルクラーケンにキマイラ! その二機を吊すんや!」
赤音の呼びかけに対し。
飛び出して来た二機の幻獣頭法機はジャンヌダルクとカーミラをそれぞれに吊す。
「さあ魔女辺さん……お二人を離しなさい!」
「ああ、そやな……えいや!」
「うわあ!」
「き、騎士団長!」
しかし赤音は。
吊るしていたミリアとメアリーを、落とす。
「し、使魔原たち!」
「さあゴルゴニックシスター、これで終わらせるんや! …… セレクト、ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート!
デパーチャー オブ 直撃炸裂魔弾 エグゼキュート!」
「!? く、動きが!」
「やはり、こうであってよね……」
さらに赤音は。
幻獣頭法機ゴルゴニックシスターをも呼び出し。
その機体――そのものというよりは融合している幻獣機二機の力たる"目"を使い。
パラシュートで空中に漂う青夢とマリアナを照準して無防備にし、直撃炸裂魔弾で一網打尽にしようとする。
と、その時。
「くっ、ジャンヌダルク!
……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「カーミラ! ……hccps://camilla.wac/、セレクト サッキングブラッド エグゼキュート!」
「おおっと!? 何や……偽物掴ませて来たんか!?」
今にも青夢たちに迫る敵弾と彼女たちの間に、光線が割って入り。
敵弾群を返り討ちにし、さらに生じた大きな爆発も治らせる。
そこに現れたのは、赤音も気づいた通り先ほど差し出されたダミーとは異なる本物の空飛ぶ法機ジャンヌダルク・カーミラだった。
「よっこらせ! さあ、魔法塔華院マリアナ!」
「ええ、だから言われるまでもなくってよ!」
その隙に青夢たちは、それぞれの自機に乗り込み。
落下を続けるミリアとメアリーの下へと向かおうとする。
「……ははは、まあそんな所やと思ったわ! ……セレクト グライアイズアイ、グライアイズファング エグゼキュート! デパーチャー オブ 直撃炸裂魔弾 エグゼキュート!」
「! やはり、来たわね!」
しかし、赤音の反応もまた素早く。
次もまた幻獣頭法機ゴルゴニックシスター――に融合しているグライアイの力で標的を再照準し。
再び直撃炸裂魔弾群を発射する。
「……hccps://camilla.wac/、セレクト サッキングブラッド エグゼキュート!」
しかしマリアナにより。
またも迫って来た敵弾群を、今度はエネルギーを吸収し尽くして落として行く。
「おやおや……こりゃあ厄介やなあ! しっかし、法機のせいで社会が混乱しとる言うのに、よくもまあ新しく調達できたもんやな!」
赤音は先ほど自分が掴まされたダミーの二機を見つつ、ため息を吐く。
「ああ、それ? それは……法機ではなくってよ!」
「! な、何やて? ……くっ!」
しかし赤音の言葉に、今まさに本物の自機たるカーミラを駆るマリアナが答えるや否や。
幻獣頭法機フィーメイルクラーケンに吊るされたダミーのジャンヌダルクとキマイラに吊るされたダミーのカーミラは。
なんと機体後部のプロペラから火を噴き出し、自身を吊すそれらの幻獣頭法機をそれぞれに振り回し始める。
「くっ、これはまさか! ……法機に偽装した誘導銀弾かいな!」
赤音は合点し苦々しく叫ぶ。
これが狙いかと。
「さあ使魔原にグレンデルの騎士! 早く」
「ええ、来てくれてありがとう!」
その間に青夢とマリアナは、ミリアとメアリーを助けようと近寄るが。
「……これであんたたちを、殲滅できるわ! さあゴグマゴグ!」
「ああ、そうだねえミリア! グレンデル!」
「! はーあ……できれば、そうじゃなければよかったのになあ!」
しかしそうしてミリアたちは。
これまた彼女たちの自機たる幻獣機を呼び出し、青夢らとの交戦に入る。
◆◇
「ミリア……」
「魔女木……」
「頼むわよ、魔女木さんに魔法塔華院さん……」
この様子をこの現場より少し離れた所から見ているのは。
今や自機を奪われている法使夏に剣人、更に龍魔力四姉妹だった。
◆◇
「二機だけではないとは、どういう意味であって龍魔力姉妹方。」
「ええ、そのままの意味よ! まだ戦力は残されているっていう意味!」
時は、戦いの数時間前に遡る。
魔法塔華院別邸に急遽現れた龍魔力四姉妹の言葉に、マリアナたちは少し混乱していた。
「で、でも夢零さん? 今は私たちの法機がかろうじて残っていて、他は機体があっても使えないんじゃ……」
青夢は夢零に尋ねる。
既知の通り、自機たる法機は凸凹飛行隊と龍魔力四姉妹からも殆ど奪われている。
自衛隊からあの偽本拠地で奪われた機体も多かったが、それでも津々浦々の基地に機体自体は多数残されているのだが。
――……我々の幻獣機は、言って見ればこの幻獣頭法機に変貌する前段階の法機の状態で魔女社会に多く潜伏している! つまり幻獣機の格納場所は……この魔女社会全般だ!
先日のアルカナによる発表により、自衛隊のそれらの機体群も一般社会の機体も回収の上検査が行われており。
やはり、使用不能な状態になっている。
よって法機は、今や殆ど使えないはずだったのだが――
「正確には、法機じゃないぜ! ……まあ、厳密には航空機の類になるものだ!」
「こ、航空機の類?」
しかし英乃の言葉に。
またも青夢たちは、首を傾げる。
それは、何か。
「そ、それはですね」
「誘導銀弾だよ!」
「! し、誘導銀弾が?」
二手乃の言葉を遮る形での愛三の言葉に、法使夏は驚く。
確かに、航空戦力とは言えるが。
法機と同列に語れる兵器ではなく、凸凹飛行隊の面々は今一つ話が見えない。
「まあともかく私たちに考えがあります! だから、それを聞いていただければ。それに……誘導銀弾だけじゃありません。法機はなくても、艦艇はまだあります。戦闘車両もあります。ね? 戦力なら、まだあるでしょう?」
「な、なるほど……まあ、一理はあってよね?」
夢零は更に前向きな状況を伝え、マリアナも頷く。
「……行こう、魔法塔華院マリアナ! どちらにせよ早く行かないと魔女辺赤音や使魔原たちが危ない!」
「……それすら、罠である可能性が高くってよ。それはお分かりであってよね魔女木さん?」
「ま、マリアナ様……」
「魔法塔華院……」
「ええ……そうね。」
青夢は今にも飛び出さん勢いだがマリアナは、懸念を口にする。
そう、確かにミリアやメアリーを人質にしているという点についても罠である可能性はある。
彼女たちが解放された途端、青夢たちに牙を剥くことも無きにしもあらずだからだ。
しかし。
「……でもそれはさっきも言った通りよ! それこそどちらにせよ、魔女辺赤音や使魔原ミリア、グレンデルの騎士とは一度話をしないと! そうしないと、何も決められないでしょ!」
「ええ、マリアナさんに魔女木さん……私からもお願いします! どうかマルタの魔女さんを救ってあげて!」
「! む、夢零さん……」
青夢が尚も曲げられない意志を伝えると。
夢零からも、赤音を救うよう懇願される。
「あたしからも頼む!」
「わ、私からも!」
「そーだよ、お願い! マルタちゃんを救って!」
いや夢零のみならず、その妹たち――合わせて龍魔力四姉妹もまた、青夢に懇願する。
「でもよろしくって? あのマルタの魔女――魔女辺赤音はあなた方も裏切っていてよ龍魔力四姉妹方!」
「ええ、そうね……でも、魔女木さんの言う通り。私たちもマルタの魔女さんのことは知らない、だから! もっと知りたい!」
「ああ!」
「はい!」
「うん!」
「夢零さんたち……」
マリアナは夢零たちに問うが。
夢零たちも青夢と同じく、一度赤音と話をしなければ分からないという姿勢であることを明かす。
「わ、私からもマリアナ様! どうかミリアを」
「た、頼む俺からも! 俺たちは自機を失っていて……」
「雷魔、方幻術……」
法使夏と剣人も、マリアナに頼み込む。
「まったく……あなた方も、人任せでは駄目であってよ! きっと法機は取り戻しますから……後はあなた方が、ご自分でおやりになって!」
「! は、はいマリアナ様!」
「ああ、必ず!」
「魔法塔華院マリアナ……」
マリアナは、敢えて突き放すようにして法使夏たちに言う。
「……さあ、行きましょう! 私たちは待たれてる、早くしないと!」
「……言われるまでもなくってよ!」
ようやく青夢とマリアナは、腰を上げた。
◆◇
「使魔原ミリア……雷魔法使夏が心配してるわ!」
「その名前はもう聞き飽きてる……あの娘もいずれ終わらせるけど、まずはあんたからよ!」
再び、戦場では。
ジャンヌダルクを駆る青夢とゴグマゴグを駆るミリアが、今にもぶつかり合わんとしていた。
と、その時。
「ウウム……マドロッコシイ! ワレガ、ジキジキニ……」
「!? な!」
突如として空に現れた巨大な幻影にこの戦場の一同は、息を呑む。
それは蜘蛛男の騎士王――ダークウェブの王たる、タランチュラの姿だった。
◆◇
「ううむ、我らが王! 王直々に出て行かなれなければならぬ体たらくになりましたこと、お許しください……」
この戦場を龍魔力四姉妹たちと同様、離れた所で見つめるアルカナは。
タランチュラの姿に、頭を下げる。