#86 守るべきもの
「魔法塔華院……」
「魔法塔華院さん……」
「……矢魔道さん、少し外していただけなくって? ここは、わたくしたち飛行隊の問題ですので。」
「ちょっと魔法塔華院マリアナ! あんた矢魔道さんにまで」
廊下で出くわしたマリアナに。
青夢は食ってかかるが。
「いや、いいんだ魔女木さん! すまない魔法塔華院さん、僕はこれで。」
「や、矢魔道さん……」
矢魔道は大人しく、その場を去る。
「……さあて、魔女木さん。まずはわたくし――いいえ、ここにはいないけれど雷魔さんや、そこのミスター方幻術に対して言うべきことがあるんじゃなくって?」
「! え、ええそうね……ごめんなさい……」
「! ……ふん、素直すぎて逆に心配であってよ!」
しかし、マリアナが珍しくも放った正論に青夢は返す言葉もないとばかりに謝る。
生徒会総海選より数日後。
事の起こりは無論、少し前に魔男の元騎士団長にして再び返り咲いたアルカナによる魔女社会への宣戦布告だった。
――聞くがいい、魔女社会の諸君! 我ら魔男の12騎士団は諸君らに対し、全面戦争を布告する!
それに伴い市街地には、自衛隊の防空態勢が取られ。
まさに魔女社会は厳戒態勢に入っていた。
そんな中。
なんと青夢と法使夏は自ら専用機を駆り。
魔男側を誘い出していた。
そうして現れた第十三の騎士団・女男の騎士団。
その保有艦たる幻獣機母艦スキュラ・幻獣機母艦カリュブディスを率いて同騎士団所属のメアリーとミリアは、青夢と法使夏に挑んだ。
そうして一時、彼女らはミリア率いる幻獣機母艦カリュブディスに翻弄されながらも。
加勢して来たマリアナや剣人の力もあり、何とか撃退に成功する。
しかし、それから数日後のことだった。
巨男の騎士団が擁する巨人型の幻獣機父艦が大挙し、さながら巨人の群れを成していた。
それを空飛ぶ法機グライアイ三機とゴルゴン旗艦により龍魔力四姉妹が、迎え撃っていた。
その激戦の末、最終的には四姉妹の四女・愛三とアロシグの一騎討ちとなり愛三の勝利に終わった後。
アルカナの提案により魔男側の攻勢競い合い――争奪聖杯に参加している六騎士団が一斉攻撃を仕掛けることになったがそれも辛くも退け。
その際に得られた情報から、自衛隊と凸凹飛行隊・龍魔力四姉妹は。
魔男の"本拠地"――正確には、罠として仕掛けられていた偽本拠地へと向かった。
しかしそこで待っていたのはマルタの魔女――赤音の裏切りと。
――ああ、君たちも聞いたことがあるだろう……ライカンスロープフェーズ! それこそ騎士が自身の幻獣機に魂を同化させた形態だよ……君たちが葬り去った幻獣機タラスクや幻獣機ナイトメアがとっていた形態でもある!
自分たちが知らずして人の命を奪ったという事実を突きつけられた凸凹飛行隊のうち法使夏と剣人が、そして龍魔力四姉妹が幻獣頭法機化させられた自機を奪われてしまったという結果だった。
その功績に加え、魔女社会にも多数の幻獣頭法機が潜んでいるという不安を与え混乱させたこともあり。
女男の騎士団が争奪聖杯を制することになった。
が、それは第十三席に見せかけた騎士王――ダークウェブの王タランチュラの席に彼女たちを座らせることで彼の逆鱗に触れさせようとするアルカナの策略であり。
それにより赤音たちは、タランチュラの怒りを買ってしまう。
一時は自身のミスに打ちひしがれながらも、それを察知した青夢はいち早く動き出そうとするが。
「まあいいわ……それは、何に対して悪いと思われて?」
今こうして、マリアナに引き止められているのである。
「まず……あのライカンスロープフェーズのこと、黙っていてごめんなさい!」
「し、しかしな魔法塔華院! 魔女木はお前や雷魔を慮った! それに……黙っていたのは、俺だって」
「ええ、そうであってよねミスター方幻術! ならばあなたも同罪であってよ……まったく魔女木さん、本当にあなたは!」
「……ごめんなさい。」
「……ふ、ふん! 謝れば済む問題ではなくってよ!」
しかし、マリアナが責めれば責めるほどに青夢は平謝りし。
マリアナはすっかり、調子が狂う想いである。
「まったく……このわたくしが、そんなことで気に病むとでも思って? 舐めないでほしくってよ、わたくしはそんなことで……っ……」
が、マリアナが尚も調子が狂うとばかりに苦々しく返そうとした時だ。
急に彼女は、立ち眩みふらつく。
「!? ま、魔法塔華院マリアナ?」
「だ、大丈夫か」
「大丈夫ですか、マリアナ様!」
「!? ら、雷魔……」
しかし、そんな彼女を受け止めたのは法使夏だった。
「なるほど……ひとまずうまく連れ出せたみたいね方幻術。」
「あ、いや……俺ではない。矢魔道だ。」
「こうら、あんたなんかが矢魔道さーん♡を呼び捨てにしない! ……って!? 方幻術、あんた」
「そうよ。私が魔女木、あんたを連れ出せって頼んだの!」
「! なっ!」
が、青夢は法使夏の言葉に驚く。
剣人は、彼女の頼みで青夢を宥めようとしていたのである。
「な、何であんたが」
「ま、まあほんの気まぐれよ! あ、あんたが……ミリアを助けようとしてくれたのは不本意にも事実だから! 何かお礼をしないと申し訳なくなったの! べ、別にあんたを完全に認めたって訳じゃないんだから誤解しないでよね!」
「あ……うん。」
法使夏は青夢に、素直じゃない返しをする。
さておき。
「ら、雷魔さん……いつまでわたくしを差し置くおつもり?」
「!? も、申し訳ございませんマリアナ様!」
「……たく。」
が、いつまでも支えられたまま蚊帳の外のマリアナは不平を述べ。
法使夏ははっとする。
「まあ、悔しいけれど少しはあなたの思う通りであってよ魔女木さん……わたくしはあなたやミスター方幻術と違って、無神経ではいられなくってよ!」
「……魔法塔華院マリアナ……」
先ほどの気の強い言葉からは一転しマリアナは、ライカンスロープフェーズの幻獣機の破壊――すなわち結果的には人殺しをして来てしまったことに葛藤した胸中を今の状態で表す。
「ええ、マリアナ様……私も……くっ!」
「! 雷魔さん!」
「! ま、マリアナ様!」
が、法使夏も。
マリアナにつられる形で同じ胸中であることを語り、彼女を支える身でありながらふらついた所を。
逆にマリアナに支えられる。
「もう……ご自分を棚に上げてわたくしを支えようなど、共倒れにしかならなくってよ雷魔さん!」
「……申し訳ございません。」
マリアナは法使夏を、一喝する。
「まあ、よくってよ。まったく、どなたもこなたもフラフラして……これじゃあ、わたくしがしっかりするより他ないんじゃなくって?」
「……マリアナ様」
「ごめん……」
「面目ない……」
マリアナは更に、青夢や剣人も一喝し。
二人も返す言葉がないとばかり、俯く。
「だから、フラフラするなとこのわたくしが言いましてよ皆さん! ……実際に、今わたくしたちがふらついている場合ではなくってよ。今この日本には……公にこそされていませんが、アメリカ本国より米軍の部隊が派遣の予定との情報が入っています。」
「! な!?」
「べ、米が」
「静粛に! ……まだ、公にはされていません。」
「ご、ごめん……」
そしてマリアナが告げた言葉に、凸凹飛行隊の面々は今度は驚く。
米軍が来ている?
と、いうことは――
「……恐らくさしもの魔男も、本国からの米軍には手も足も出なくってよ。しかし、ここで彼らにこの日本への介入を許せば……今後アメリカに対して、日本は立場が弱くなってよ。」
「うーん……」
「そ、それは大変ですマリアナ様……」
「うむ……」
マリアナの言葉に青夢たちは、今一つ実感が湧かないながらもうなずく。
「まあ、それはわたくしたちにはすぐ影響のある話ではなくってよね。しかし……恐らく米軍は、魔男の軍に容赦なく攻撃を加えるでしょう。」
「! ま、マリアナ様それでは!」
「ああ、それでは」
「……使魔原や魔女辺赤音たちまで、その攻撃で……?」
しかし次のマリアナの言葉には、青夢たちははっとする。
そう、ならば女男の騎士団も無事では済むまい。
法使夏や青夢が助けようとしている彼女たちが、危ないのだ。
「ええ……まあ使魔原さんはまだ分かるとして、魔女木さん。魔女辺赤音まで、まだ助けようとおっしゃって? あの女は、わたくしたちを裏切ってあのアラクネさんまで葬ったのであってよ!」
「! ええ……そうね。」
しかしマリアナは、赤音を助けようという青夢には難色を示す。
青夢もその言葉には、再び俯く。
「お嬢様、一大事です!」
「! なあに、どうしたのであって?」
と、そこへ。
メイドが血相を変えて走って来た。
その手には、持ち運び式のテレビが。
「こ、これをご覧ください!」
「! ミリア!?」
「なっ……」
それを見た青夢たちは、驚く。
「あははは、見えるかいな魔女さんたちい! ここには今は魔男とはいえ……あんた方のお仲間が一人含まれとるでえ! さあ……助けに来うへんか?」
それは、東京湾上空に現れた赤音の駆る幻獣頭法機デモニックリバイヤサンと。
そこから宙吊りになっているミリアとメアリーの姿だった。
◆◇
「話は全て聞かせてもらったわ……我が王、この女男の騎士団にはまだ使い道がありますわ。」
「!」
「……ホウ、ワレモ、ソウオモッテイタトコロダ!」
「さ、さすがは我らが王と姫君……(まったく……またも忌まわしい!)」
それはこの少し前、女男の騎士団他全ての騎士団長が強制ログインさせられたダークウェブの最深部にて。
アルカナは先ほどとは打って変わり。
急に出て来てタランチュラの関心を買い出したアリアドネに、激しい嫉妬の念を覚える。
「あなたたちには……奪い損ねたジャンヌダルクとカーミラの奪取または破壊をお願いしたいわ!」
「……承知や、ダークウェブの姫君さんや!」
そんな中アリアドネが出した命令に赤音は、素直に恭順の意を示す。
「さあ……あなたたちにはまだ、働いてもらいましょ。」
「は、はい!」
「あ、ありがたいねえ姫君様!」
「ほほほ……」
アリアドネはミリアとメアリーを前に、口に手を当てて微笑む。
ミリアとメアリーは、平身低頭で感謝する。
「さあて……我らが騎士王。そこにいる騎士団長共にも働いていただくというのはいかがでしょうか?」
「……ホウ?」
「ひ、ひいいい! は、はいい!」
アルカナの言葉にタランチュラは(ほぼ空気と化しつつあった)他の十一騎士団長の方を睨み。
騎士団長たちは、怯え切る。
◆◇
「さあて……我々はあの女男の騎士団が残りの法機を撃ち漏らした時にその後始末をするっしょ!」
「後始末とはやる気が下がるザンス! でも……誰か怖い人に命令された気がして任務放棄する気も出ないザンス! ひいい!」
高空域には、魚男の騎士団ら争奪聖杯に参加した五騎士団が艦隊にて待ち構えており。
今また記憶を封じられたものの、やはりダークウェブの王への消えぬ恐怖で否応なく命令に従おうとしていた。
◆◇
「聞こえるかいな、ジャンヌダルクの魔女さんにカーミラの魔女さん! この二人を離してほしかったら……神妙にして、あんたらの残る機体を差し出せや!」
「み、ミリア!」
「ま、魔女辺さん……」
「やはりであってね……魔女木さん、これでも魔女辺赤音まで守ろうと考えて?」
「うっ……」
モニターに映る赤音座乗のデモニックリバイヤサンと、そこから宙吊りになっているミリアとメアリーを見て。
青夢は歯軋りする。
しかし。
「……少なくとも、魔女辺赤音と話をしないと。」
「! はあ、魔女木さんあなたは……本当に、筋金入りの馬鹿であってよね!」
それでも意思を曲げない青夢にマリアナは、ため息を吐く。
「まあどちらにせよ……どうなさるおつもりであって? 当然わたくしたち二機で無策のままに攻めたら、即敗北するのは目に見えていてよ魔女木さん――いいえ、一応は飛行隊長!」
「! ……ええ、そうね……時間はないけど、ここは飛行隊長として考えないと! 私たち二機で」
「いいえ、二機だけじゃないわ!」
「!? な、龍魔力の姉妹方?」
そうして策を考えようとする青夢たちだが、その時。
背後から叫んだのは、いつの間にかこの別邸に入っていた龍魔力四姉妹だった。




