#83 女王の慈悲
――ほほう……まあ、来るとは思っていたよダークウェブの女王閣下!
「ええあなたもいると思ったわ……ダークウェブの王の腰巾着閣下!」
現れたダークウェブの女王アラクネと、姿はなく声のみ現すダークウェブの王タランチュラの側近アルカナ。
二人は互いに、牽制し合っている。
生徒会総海選より数日後。
事の起こりは無論、少し前に魔男の元騎士団長にして再び返り咲いたアルカナによる魔女社会への宣戦布告だった。
――聞くがいい、魔女社会の諸君! 我ら魔男の12騎士団は諸君らに対し、全面戦争を布告する!
それに伴い市街地には、自衛隊の防空態勢が取られ。
まさに魔女社会は厳戒態勢に入っていた。
そんな中。
なんと青夢と法使夏は自ら専用機を駆り。
魔男側を誘い出していた。
そうして現れた第十三の騎士団・女男の騎士団。
その保有艦たる幻獣機母艦スキュラ・幻獣機母艦カリュブディスを率いて同騎士団所属のメアリーとミリアは、青夢と法使夏に挑んだ。
そうして一時、彼女らはミリア率いる幻獣機母艦カリュブディスに翻弄されながらも。
加勢して来たマリアナや剣人の力もあり、何とか撃退に成功する。
しかし、それから数日後のことだった。
巨男の騎士団が擁する巨人型の幻獣機父艦が大挙し、さながら巨人の群れを成していた。
それを空飛ぶ法機グライアイ三機とゴルゴン旗艦により龍魔力四姉妹が、迎え撃っていた。
その激戦の末、最終的には四姉妹の四女・愛三とアロシグの一騎討ちとなり愛三の勝利に終わった後。
アルカナの提案により魔男側の攻勢競い合い――争奪聖杯に参加している六騎士団が一斉攻撃を仕掛けることになったがそれも辛くも退け。
その際に得られた情報から、自衛隊と凸凹飛行隊・龍魔力四姉妹は。
こうして、魔男の"本拠地"へとやって来たのである。
しかし、そこで待ち受けていたのは。
「そして……どういうつもりで私や皆を裏切ったのかしら、赤音――いえ、スカーレット・フレイさん?」
「おやまあ……アラクネ姐様!」
女男の騎士団長スカーレット・フレイ――であると判明したマルタの魔女たる魔女辺赤音。
そして彼女が率いる、女男の騎士団と。
彼女の能力により操られ集って来た空飛ぶ法機や軍事ヘリ――いや、今や幻獣頭法機と化したそれらだった。
いや、それらだけではない。
「さあ幻獣頭法機フィーメイルクラーケン……儚き泡や!」
「hccps://arachne.wac/、セレクト サッキングブラッド エグゼキュート!」
赤音が攻撃を命じたのは、その手に落ちた法使夏の機体たるルサールカ――であった幻獣機に乗っ取られた機体たる幻獣頭法機フィーメイルクラーケン。
その他かつてのクロウリーたる幻獣頭法機キマイラ・グライアイたる幻獣頭法機ゴルゴニックシスター。
かつて凸凹飛行隊や龍魔力四姉妹が有していたそれらもまた、先述のように赤音の手に落ちその下に集って来ていた。
「アラクネさん!」
「……あなた方は早く逃げて! hccps://arachne.wac/、セレクト ゴーイング ハイドロウェイ エグゼキュート!」
「! 私のルサールカの能力を……おっぷ!」
「くっ!」
「くっ、機体が!」
「……!? な、何!?」
アラクネは自身の後方に尚もいさせていた凸凹飛行隊を。
ルサールカと同じ水流生成能力により、先ほどの海面より脱出させる。
「おや…… 幻獣頭法機フィーメイルクラーケン、ならこっちもゴーイング ハイドロウェイや」
「hccps://arachne.wac/、セレクト ホーリーライト エグゼキュート!」
「!? くっ、眩しいな!」
――何をしているんだ、フレイ! 既にダークウェブの女王の姿も凸凹飛行隊の姿もないぞ!
「……あらまあ。」
またもフィーメイルクラーケンの能力を使おうとする赤音だが。
アラクネが放った光により目眩しされている間に、彼女も凸凹飛行隊も逃がしてしまう。
――だが、まだ海上の自衛隊や龍魔力四姉妹は健在だ! あのダークウェブの女王が奴らを置き去りにするとは思えない……早く海上に行き女王を始末するんだ! 折角魔女から空飛ぶ法機を奪っても、全てのそれらの能力を使えるあの女王を生かしておけば意味はない!
「ああ……それもそやな! ほなら皆、行くでえ!」
アルカナの言葉に、赤音は肯き。
フィーメイルクラーケンの起こした水流の中に自機たるデモニックリバイヤサンやその他幻獣頭法機群を取り込んで海中を突き進み海上へと向かう。
◆◇
「な、何が起こっているっしょ?」
「よ、よく分からないザンスが……これはもしや好機ザンショか?」
「よ、よし! み、皆! 早く奴ら打ち倒すだあ!」
「ううむ……いくぞ!」
「……名誉挽回、汚名返上の好機か。」
その頃。
海上にて魔男の"本拠地"――に見せかけられた罠たる岩礁を守る五騎士団長たちは。
突如として自衛隊や龍魔力四姉妹の法機、さらにゴルゴン旗艦に搭載されていた幻獣機までもひとりでに明後日の方向へ行ってしまうという事態に戸惑いつつも。
これを反撃の好機と捉え、体勢を立て直し始める。
と、その時。
「hccps://arachne.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「!? ぐっ!」
「ぐはっ!」
「! あ、アラクネさん!」
海上に現れたアラクネが、光線を浴びせ。
五騎士団の艦を、突き崩す。
「龍魔力の皆、よく聞いて! 赤音が裏切ったわ、さっき自衛隊やあなたたちの法機がどこかに行ってしまったのはそのせいよ! 裏切った赤音が、マルタの力を使ってあの法機たちを操ったから!」
「!? な!」
アラクネの言葉に龍魔力四姉妹は、激しく動揺する。
が、アラクネはもはや時間がないとばかりに。
「hccps://arachne.wac/、セレクト ゴーイング ハイドロウェイ、エグゼキュート!」
「!? う、渦が!?」
自衛隊や龍魔力四姉妹が戸惑うほど大きな渦を発生させ、自衛艦隊にゴルゴン旗艦、更に凸凹飛行隊の法機戦艦をそこから発生させた巨大な水柱で包み込む。
「安心して、あの雷魔さんのルサールカと同じ能力で、あなたたちを逃すだけだから!」
「あ、アラクネさんは?」
「私はすぐ後を追うわ、だから」
「おおっと! そうはさせへんで!」
「! 赤音……」
「ま、マルタちゃん!?」
自分の身を案じる夢零に、アラクネは心配させないよう答えるが。
そうは問屋が卸さんとばかり、そこへ赤音がデモニックリバイヤサンや幻獣頭法機群を駆り現れた。
それには赤音とほんの少し連帯感を育んでいた愛三も、困惑する。
「赤音……あなた、自分が何をしているか分かっているの?」
「ああ姐様……ちゃんと分かっとるでえ! あたしはあんたらを裏切ったんや……そして! hccps://DemonicLeviathan.mna、セレクト! 子飼いの帯。」
「……くっ!」
「!? あ、アラクネさん!」
アラクネの呼びかけに、赤音は答えつつも。
デモニックリバイヤサンからエネルギーの紐を生成しアラクネに突き刺す。
「今まさにまた、あんたを葬ろうとしとるでえ姐様……ま、せいぜい冥福を祈ってるわ!」
「や、止めて!」
「くっ……! hccps://arachne.wac/、セレクト アトランダムデッキ、世界――歪んだ世界 エグゼキュート!」
「じゃあな、姐様……エグゼキュート!」
「アラクネさああああん!」
赤音はアラクネに告げ。
彼女を爆砕する。
そして。
「!? こ、ここは……」
「これはテレポート……? まさか、アラクネさんが!?」
先行して逃された凸凹飛行隊と共に、アラクネの最後の詠唱により。
自衛艦隊と龍魔力四姉妹は気がつけば、一瞬で東京湾に来ていた。
◆◇
「見たかい、魔女社会の諸君! あの岩礁周辺が本拠地など完全な誤りだ! 我らに本拠地などない、ならば当然気になるのはその幻獣機の格納場所だろうが……それは、こういうことだ!」
その頃、市井でも大変な事態となっていた。
日本全国の各都市に出現した、幻獣機のスモークによるアルカナのホログラムは。
偽の本拠地に誘い出された自衛艦隊の戦う様を見せた後。
映像を自衛隊の法機アマゾネスや軍事ヘリが幻獣機に乗っ取られ幻獣頭法機に変貌する様子に切り替えて見せる。
「う、嘘!?」
「法機が幻獣機に!?」
街行く人々はその映像に、恐れ慄く。
「……我々の幻獣機は、言って見ればこの幻獣頭法機に変貌する前段階の法機の状態で魔女社会に多く潜伏している! つまり幻獣機の格納場所は……この魔女社会全般だ!」
「!?」
人々はアルカナのその言葉に、息を呑み。
周りを見渡す。
先ほどまで空を飛んでいて着陸した一般法機が、各所にあった。
「分かったかな? ならばおのずと……次に何が起こるか分かるだろう?」
そうアルカナが言うが早いか。
たちまち街に泊められた法機が、次々と分離して幻獣機スパルトイとなり。
そのまま、さながら蝗の群れとなり人々に襲いかかる――
「……きゃああああ!!!」
「いやー!!!」
映像を見せただけだが。
完全にパニックとなった人々は、蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出して行く――
◆◇
「本当なんですか、魔男側の発表は!?」
「……只今、調査中です。」
そうして偽本拠地の戦いより、数日後。
自衛隊幹部は報道陣の前で、説明を求められていた。
それは無論、先述のアルカナによる声明についてだ。
「アメリカ軍の介入も検討されているという情報もありますが?」
「……調査中です。」
「説明責任を果たして下さい!」
「先日の魔男側の発表により、市民は大混乱となっているんです! どうか説明を」
幹部に対しては、ひたすら容赦ない質問の嵐となるが。
幹部たちはひたすら、質問を躱すしかなかった。
◆◇
「……これじゃ、私たちが悪者みたいじゃない!」
「落ち着いて力華。でも……アメリカ軍が介入したがっているのは本当だしね。」
「うん、というか……あのマージン・アルカナって奴の話が本当なら、もうそれしかないのかも……」
この会見をテレビで見ていた力華と術里は。
自衛隊に批判が集まる現状に怒りつつも。
偽本拠地の戦いでは、自分たちも法機を奪われ。
今の手の出しようがない状況にも、怒りつつあった。
「いや、まだ手はあるかも……あの娘たちとか。」
「うん……あの娘たちだね。」
しかし力華と術里は、この現状をすぐとは言えないまでもその内には打破できそうな心当たりがあった。
それは――
◆◇
「お母様……やはり、魔女木さんは飛行隊長に不適任と思われてございます。あんな大事なことを黙っていたなんて……ここは、解任を」
「ではマリアナさん。……あなたであれば、適任と?」
「……お母様は、不適任とお感じであるのですか?」
魔法塔華院コンツェルン本社の社長室にて。
ライカンスロープフェーズについて秘密にされていたことに怒り。
青夢の解任を母に呼びかけるマリアナだが、母アリアからは逆に質問を返され動揺する。
「そもそも私の目を疑うなど、中々ご自分の目に自信が出て来たようねマリアナさん。」
「い、いえそんなことは!」
母に更に詰められ、マリアナは更に慌てる。
「……とにかく。私は一度目をかけた人をそう簡単には見捨てたりしません。魔女木さんには、何が何でも立ち直っていただくまでです。」
「は、はい……お母様……」
マリアナも不満はまだ抱えつつ。
そう母から言われては、頷くしかなかった。
◆◇
「……方幻術剣人。まあ、今回助けてもらったことには礼を言うわ……」
「あ、ああ……いや、そんな礼など……」
「……で、でも勘違いしないでよね! べ、別にミリアにあんなことしたことはまだ、ゆ、許してないんだからね!」
「……ああ、許してくれているとは思っていない。」
魔法塔華院コンツェルン本社の会議室にいる法使夏と剣人は、話をしていた。
法使夏は一応、ルサールカから排出された時に剣人に助けられたことについては彼に礼を言うが。
それでもミリアが凸凹飛行隊を去り寝返る遠因を作ったことについては許せないと、本心かどうかよく分からない言い方で言う。
「ま、まあそっちはいいわ! それよりも……あんたに、頼みたいことがあるの!」
「!? ら、雷魔が俺にか?」
しかし剣人が更に驚いたのは。
法使夏の、その言葉だった。
◆◇
「私……どうしたら……」
一方、縦浜の魔法塔華院別邸では。
青夢は自分用の客間で、あの戦い以来篭っていた。
しかしその時コンコンと、扉を叩く音がする。
「……」
「……入るぞ。」
青夢が無言でいると、剣人はその返事を待たずに扉を開ける。
「……魔男ていうのは、人の部屋にも心にも土足で踏み入って来るもんなの?」
「……魔女木。お前には何が何でも、ここで立ち直ってもらう!」
「!? 何、ですって?」
が、剣人のいつになく有無を言わさぬ言葉に。
青夢は思わず、聞き返す。




