#75 六騎士団総攻撃開始
「マルタの魔女……魔女辺赤音……うーん、やっぱり。」
縦浜の魔法塔華院別邸のバルコニーにて。
青夢は一人、思索に耽っていた。
予てより気になっていたマルタの魔女――は、実際の所は今青夢が悩んでいる通り赤音なのだが。
それを他の凸凹飛行隊メンバーや龍魔力四姉妹同様カミングアウトされた訳でもなく。
また自機のジャンヌダルク保有の予知能力たるオラクル オブ ザ バージンが封じられた状態の青夢では知る由もなかった。
生徒会総海選より数日後。
事の起こりは無論、少し前に魔男の元騎士団長にして再び返り咲いたアルカナによる魔女社会への宣戦布告だった。
――聞くがいい、魔女社会の諸君! 我ら魔男の12騎士団は諸君らに対し、全面戦争を布告する!
それに伴い市街地には、自衛隊の防空態勢が取られ。
まさに魔女社会は厳戒態勢に入っていた。
そんな中。
なんと青夢と法使夏は自ら専用機を駆り。
魔男側を誘い出していた。
そうして現れた第十三の騎士団・女男の騎士団。
その保有艦たる幻獣機母艦スキュラ・幻獣機母艦カリュブディスを率いて同騎士団所属のメアリーとミリアは、青夢と法使夏に挑んだ。
そうして一時、彼女らはミリア率いる幻獣機母艦カリュブディスに翻弄されながらも。
加勢して来たマリアナや剣人の力もあり、何とか撃退に成功する。
しかし、それから数日後のことだった。
巨男の騎士団が擁する巨人型の幻獣機父艦が大挙し、さながら巨人の群れを成していた。
それを空飛ぶ法機グライアイ三機とゴルゴン旗艦により龍魔力四姉妹が、迎え撃っていた。
その激戦の末、最終的には四姉妹の四女・愛三とアロシグの一騎討ちとなり愛三の勝利に終わった後。
戦いの一部始終を縦浜から見ていた青夢は、こうして一人思索に耽っていたのだった。
「はーあ……やっぱりオラクル オブ ザ バージンが使えないんじゃ考えても仕方ないかな。」
しかし埒が明かず。
青夢は頭を抱えていた。
「こら、一応は飛行隊長。」
「! あ、雷魔法使夏……」
と、そこへ。
法使夏が腕組みをしながら、ツカツカと歩いて来る。
「こんな所に……龍魔力四姉妹とあの女が来ているんだから早くして!」
「……はいはい。」
法使夏はそれだけ言うと、さっさと別邸に入る。
ちなみに、法使夏の言うあの女とは無論――
◆◇
「まさか、こんな日が来るとはねえ……」
「ええ、姐様。……元からですが、私たちは他の五騎士団に負けないようにしなければなりませんね!」
「ああ、その通りだよ!」
それから少し後。
幻獣機母艦カリュブディス・幻獣機母艦スキュラを率いる女男の騎士団所属メアリーとミリアは前を睨む。
彼女たちは東京湾方面より、迫っていた。
今回は、アルカナが円卓の席で進言した通り。
女男の騎士団他五騎士団――合わせて六騎士団による総攻撃が開始されようとしていた。
六騎士団はそれぞれ、東京近辺上空の違う方面より攻め寄せる。
これにより、防衛圏を突破し魔女社会に最大のダメージを与えた騎士団が勝利となる。
「さあ、アロシグ騎士団長!」
「ああ、そうだべな……ここで俺たちが、聖杯をもぎ取るべ!」
空を跋扈する巨人型幻獣機父艦艦隊を率いるアロシグら巨男の騎士団は埼玉側より迫る。
「さあ、やっと我々に見せ場が出来たっしょ! あのアルカナが何企んでるか分からんけど……ここは、やるしかないっしょ!」
茨城上空より。
幻獣機父艦ケートスを旗艦とする、ホスピアー率いる魚男の騎士団艦隊も迫る。
「さあさあ行くザンスよ! ホスピアー殿も私も、この時をどれほど待ったことかザンス!」
ボーン率いる牛男の騎士団も、幻獣機父艦オドントティラヌスを旗艦とする艦隊で千葉方面より向かって来ていた。
「くう、この前何故か立てられなかったこの馬男の騎士団の手柄! ワシらはそれを取り返すどころか、それ以上のものを得るべくここにいるぞ!」
チャットの馬男の騎士団も。
多数の馬型幻獣機父艦や幻獣機飛行艦を率いて山梨側より現れていた。
「レーヴェブルク騎士団長、これはまたと無き好機です!」
「無論。……全艦隊、出撃用意。」
部下からの言葉に虎男の騎士団長アスラン・レーヴェブルクは無口にも短く返し、全艦隊にも短く命令する。
彼が率いる虎男の騎士団は、神奈川側より迫っていた。
そんな彼らを、迎え撃つべく。
「さあ、また本官たちの出番よ妖術魔二等空曹!」
「承知、白魔二等空曹!」
自衛隊の部隊も、出撃していた。
しかし無論、自衛隊だけでなく。
「さあて、私たちも急がないと! だけど……まさかこうも早く、"魔男側に大きな動きがある"なんてね! あのマルタの魔女の話は本当だったのね……」
現場へと急ぐジャンヌダルク機内にて。
青夢の頭の中にはこの戦いの前の会議が、頭に浮かんでいた。
◆◇
「久しぶりやな、凸凹飛行隊の姉ちゃんたち!」
マルタの魔女こと、(まだ凸凹飛行隊も龍魔力四姉妹も知る由もないが)魔女辺赤音である。
相変わらずその顔は、目深に被った帽子で見えない。
時は、六騎士団の総攻撃直前。
この縦浜の別邸における会議に遡る。
「よくもまあ……今更のこのこと顔を出せたものであってよね。」
「ええ、マリアナ様。」
「なあ!? ひっどいなー龍魔力の姉ちゃん方もこの姉ちゃん方も!」
開口一番にマリアナより、辛辣な言葉が。
「無理もないわ、あなたしばらく音沙汰なしだったじゃない。」
「むうう! まあそやな……そらすまんかったわ。」
夢零のため息混じりの指摘に、赤音は返す言葉もないとばかり頭を掻く。
「……まあ、さておきや! 皆に伝えたいことがあるんや……アラクネ姐様からの伝言や!」
「な!?」
しかし赤音の次の言葉には、青夢たちは息を呑む。
まさか。
が、マリアナは。
「あら……それを、どう信じろとおっしゃって?」
「……おや、これも通じひんのかい!」
またも素っ気なく言い放ち、赤音を困惑させる。
龍魔力四姉妹ならばいざ知らず、マリアナは説得できないようだ。
「……まあマリアナさん。私たちもそう簡単に信じられた訳じゃないからお気持ちは分からないでもないわ。ただ……このマルタの魔女さんの力は魔男を打ち倒すのに不可欠なの! だから」
「なるほど……それであなた方はひとまずは信じるとされてなのね龍魔力の皆さん?」
「……ああ、そうだ。」
夢零と英乃は、マリアナに理解を求めた。
「……では、まずマルタの魔女さん。あなたのそのお顔を拝ませていただけなくて? まずそうでないと、わたくしたちはあなたのことを信じられなくってよ!」
マリアナもひとまずは、条件付きではあるが歩み寄りの姿勢を見せる。
「ほう、そないなことでええんかいな? ほな……どや!?」
「……あら。」
「! あ、あんたやっぱり!」
「ま、マリアナ様!」
「……ほう。」
赤音はそれに応え、思いの外あっさりと帽子を脱いで正体を明かす。
それは、青夢やマリアナ、剣人が予想していた通り。
聖マリアナ学園の転校生、魔女辺赤音だった。
「な!? あ、あんた転校生の……な、何で?」
「やはり、あなたであってね。」
「え!? ま、マリアナ様ご存知で?」
法使夏は知らなかったようだがさておき。
「み、皆さん知っていらっしゃるの?」
「ええ、龍魔力四姉妹の方々。うちの魔女訓練学校転校生でありましてよ。」
「マジかよ……」
「あ、あれがマルタの魔女さんの正体?」
「マルタちゃんて、あかねちゃんていうんだー!」
龍魔力四姉妹も驚く。
彼女たちも、赤音の正体はまだ知らされていなかったのだ。
「さあて……ではこれで信じてくれるんやったやな? さあでは! アラクネ姐様からの伝言や……"近く、魔男が大きく動く時! その時こそ、こちらのチャンス!"やて。」
「! ま、魔男が大きく動く?」
「何?」
赤音の気を取り直しての言葉に、青夢たちは再び驚く。
魔男が大きく動く?
どういうことなのか。
「……お待ちなさって、マルタの魔女さんいいえ、魔女辺さん! ……あなたをわたくしたちは、まだ完全に信じた訳ではなくってよ?」
「……ありゃま。」
が、マリアナは尚も赤音を認めない発言をする。
「何でや? あたしは素顔明かしたで。」
「ええ、それは第一条件を満たしたに過ぎなくってよ! でもやはりそれだけでは、まだまだ信じ切れないのではなくって?」
赤音の抗議に、マリアナはまだ言い返す。
「マリアナさん」
「あなた方もあなた方であってよ龍魔力の姉妹方! 一体これで、どう彼女を信じられて?」
「そ、それは……」
龍魔力四姉妹もマリアナを宥めようとするが。
マリアナの反論に、口を噤む。
そうして場に、重苦しい空気が流れたその時だった。
「お嬢様! 只今自衛隊より連絡が……一大事でございます!」
「! な、何事であって?」
突如血相を変えて飛び込んで来たメイドに、マリアナは驚く。
◆◇
「……何はともあれ、今はこれに集中するっきゃないか!」
再び、六騎士団との戦場に向かうジャンヌダルク機内では。
青夢は会議の時を思い出しつつも、目の前の戦いへと意識を切り替える。
◆◇
「騎士団長閣下。凸凹飛行隊や龍魔力四姉妹に動きが。」
「ああ……まあ、動くより他なかろうな。」
太平洋上空の、高空域では。
いつも通りというべきかアルカナは幻獣機父艦ベヒモスに座乗しつつウィヨルから報告を受けていた。
「さあて騎士団長諸氏……所詮は前座に過ぎないとはいえ、少しは楽しませてくれよ?」
アルカナは意味ありげに微笑み、戦場を見守る。