#6 令嬢の誇りにかけて
「よいしょっと。」
「ま、魔女木君!」
「! や、矢魔道さーん……」
空からソードを抱え、パラシュートで降りて来た青夢は。
そこにやってきた矢魔道に出迎えられる。
彼に気にかけられて嬉しい反面、青夢は。
今のこの状況を鑑みて、あまり見られたくない姿だったと恥じ入る。
訓練学校を襲った彼は、早速訓練機のいくらかを撃墜する。
そうした中で、果敢にも――彼からすれば生意気にも、貧弱な装備にも関わらず挑んで来た機体があり。
その機体・マリアナ機も撃墜しようとするが、青夢の機体に阻まれる。
そうしてソードは、青夢機諸共マリアナ機を撃破しようとするのだが。
青夢機は突然、光を出し。
その上に、アラクネの姿が浮かび上がっていた。
そして青夢機――『ジャンヌダルク』は、激戦の末に幻獣機ドラゴンを破壊する。
その時に、自機も自壊してしまった青夢はパラシュートにて脱出し。
"全てを救う"という信念の下、幻獣機ドラゴンに騎乗し空中に投げ出されて気絶している乗り手ソード・クランプトンを青夢は助け、今抱えて来ていた。
「イタタ、重い!」
「あ、大丈夫かい魔女木さん!」
男性の身体は、少女の細腕には手に余る重さである。
青夢は、ゆっくりとソードを下ろした。
「よし……これで、彼も当分は動けないだろう。」
そのソードを後ろ手に縛りながら、矢魔道が言う。
「しかし……魔女木さんにあんな力があったなんて、見直したよ。」
「え!? あ、いやあそんなあ♡ あ、ありがとうございます……」
しかし、この矢魔道の言葉に。
青夢は大いに照れる。
「(それに、あの女……どういういきさつで、また現れたんだろう。魔女木さんなら知ってるかな?)」
矢魔道が青夢を見つつ、考えていたのはあの女――アラクネのこと。
青夢に聞けば、分かるのでは?
そう思い、声を上げかけた時だった。
「魔女木さん! その……まあ、不本意ながら助けてもらったわね。礼を言うわ。」
「あ……魔法塔華院マリアナ。」
マリアナが法使夏・ミリアを連れてやって来た。
中々に不遜な言い方だが、まあ青夢は助けられたのならそれでいいかと矛を収めることにした。
「さあて……来なさい。」
「え? どこに?」
「……母が、あなたに礼を言いたいと。」
「え!?」
まさかのマリアナの言葉に、青夢は驚く。
◆◇
「ふうむ……有望な若き騎士はやられたか……」
この様子を、自機である幻獣機ディアボロスに乗り遠くより見つめる者が。
左目に十字傷を持つ青年。
魔男の騎士団長、マージン・アルカナである。
「ん?」
青夢が去った後、矢魔道は。
何気なく周りを見渡し、校庭を見てそれに気づく。
それは、破壊された幻獣機ドラゴンのエネルギー装置・竜炎心臓だった。
◆◇
「改めて……我が娘の命、救ってくださりありがとうございます。」
「い、いやそんな……」
校舎の来賓室にて。
マリアナの母から頭を下げられ、青夢は大いに恐縮している。
マリアナの母は、彼女の実家である大企業・魔法塔華院コンツェルンの現社長である。
それもあって、普段は娘の方のいびりには噛み付く青夢であっても緊張を禁じ得ない場となってしまっていた。
「魔女木青夢さん、ですね? 今日は私も忙しい身で言葉ばかりのお礼にはなってしまいますが……いずれ、きちんとした形でのお礼をさせていただきますわ。」
「あ、それはどうも……」
マリアナ母の言葉に、青夢はおずおずと頭を下げる。
「では、私はこれにて。さて……マリアナさん? ちょっと、お見送りしていただけるかしら?」
「あ、はい。お母様……」
母がそう言って立ち上がり、外へと歩き出し。
マリアナも母に従い、ついて行く。
「はあ……あー、緊張した!」
青夢は一人になると、自席の背もたれにもたれかかる。
張り詰めた糸が、一気に切れたかのようだ。
「でも……折角手に入れたジャンヌダルクは壊れちゃって……ん?」
青夢がため息混じりに自らのスマートフォンを見る。
が、その時だった。
ブックマークの所に、何やら見覚えのないアイコンが。
が、青夢はそのURLを見てはっとする。
hccps://jehannedarc.wac/――
「これって……」
青夢はそこで気づく。
そうか、これは。
元々ジャンヌダルクは力を、あの"ダークウェブ"からダウンロードしたものだ。
つまり機体が大破しても、その訓練機に繋がっているこのスマートフォンにはデータは残っていたのである。
「そっか……なら!」
青夢はそこで立ち上がる。
ならば、マリアナ母に頼んで見ようと。
新たな機体の、製造を。
◆◇
「ふうん……ではマリアナさん。あなたはその時、どちらにいたんですの?」
「は、はいお母様……その、わ、わたくしは……」
そのマリアナ母の、車の中にて。
母から圧をかけられ、マリアナは縮こまりながら答える。
「……マリアナさん。あなたは魔法塔華院コンツェルンを将来背負い立つ者として誇り高く生きるのですよ。」
「はい、承知しております……」
そう、魔法塔華院コンツェルンを将来背負い立つ者として。
――このわたくしこそ、何者をも恐れぬ魔法塔華院コンツェルンの次期社長となる者!
ソードに襲われた際に、マリアナが拠り所とした自身の誇りである。
が、そんな自身が。
今回はただただ、戦いを指を咥えて見ているだけだったとは。
それもよりにもよって、あのトラッシュ――魔女木青夢に助けられるとは。
マリアナにとっても、この屈辱は耐えられぬ物であった。
「……申し訳ございません、お母様。次こそは、必ずや魔法塔華院コンツェルンの名に恥じぬ振る舞いを。」
「……期待していますよ。」
マリアナの言葉に、母は微笑む。
◆◇
「……ようこそ、お集まりいただいた。騎士団長諸氏。」
暗い部屋に置かれた円卓にて、魔男の騎士団長・アルカナが呼びかける。
たちまち、円卓を取り囲む他11の騎士団長が照らされる。
「……単刀直入に申し上げて、由々しき事態である。」
「……うん。」
「……はっ。」
アルカナのこの言葉には、皆沈黙するか頷く。
無論議題は、ソードの訓練学校襲撃事件だ。
「若き騎士の小手調べ程度であった筈が、返り討ちにあったなどと。……バーン騎士団長、お宅の若い騎士が起こされたこの一件は、どうお考えかな?」
「……うむ。」
ギリス・バーン。
龍男の騎士団、団長である。
「……その一件については、誠に申し訳ない。しかし我らも手を拱いている訳ではなく、きちんと埋め合わせをする所存だ。」
「ほう、埋め合わせとは?」
バーンの言葉に、アルカナは首を傾げる。
「……既に、新たな子飼いの騎士を派遣したのだ。」
◆◇
「ふう……よし、これで動けるよ。」
「ありがとうございます、矢魔道さん!」
数日後。
青夢がマリアナ母におねだりした新機体が届いたため、矢魔道に整備してもらっていたのだ。
「さあて…… hccps://jehannedarc.wac/、サーチ コントローリング ウィッチエアクラフト・ジャンヌダルク! セレクト、ジャンヌダルク リブート エグゼキュート!」
「え? じ、ジャンヌダルク?」
機体に向かって呪文を詠唱する青夢に、矢魔道は首を傾げる。
あれは、大破したはずでは。
が、果たしてそのコマンドを受けた機体は。
「! ま、眩しい……」
幻獣機ドラゴン戦の時のように、眩い光を放ち再起動したのである。
「やった! やっぱり思った通り、データはちゃんと残っていたのね!」
「え、で、データ?」
青夢の喜んで出した言葉に、矢魔道は戸惑う。
「はい! このジャンヌダルク、データの方が本体みたいで! これを別の機体にインストールし直せば、壊されても大丈夫みたいです!」
「な、なるほど……」
青夢の話を、矢魔道は尚も戸惑いながら聞いていた。
データが本体の空飛ぶ法機など、聞いたことがない。
やはり、このジャンヌダルクは違うということか。
しかし、青夢がそこまで知っているのならば。
やはりあの女――アラクネのことも知っているのだろう。
矢魔道は意を決し、口を開く。
「……あのさ、魔女木さん。君に、少し聞きたいことがあるんだけど。」
「!? え? な、な何ですか!」
改まって話をしようとする矢魔道に、青夢は大きく動揺する。
こうなっては、期待しすぎと分かりつつも期待せずにはいられないのだ。
まさか、プロポーズはないとしても告白――
と、その時である。
「ほら! 何してるの魔女木さん、敵襲よ!」
「ははーん♡ ……って、入って来ないでよ魔法塔華院マリアナ!」
急に格納庫に入って来た、より言うなれば青夢の世界に土足で入って来たマリアナに、青夢は興ざめし怒鳴る。
「まあまあ、魔女木さん! ほら、警報もなっているし……地響きもしてるよ!」
「やあーん、矢魔道さん♡ ……へ?」
が、次の矢魔道の言葉には。
青夢は、現実に戻される。
確かに警報音と、何やら地響きがするのである。
「おおっと! そ、そうね、確かに私の番だわ! ……さあ、行くわよジャンヌダルク!」
青夢は機を、いや気を取り直し。
目の前の、ジャンヌダルクに乗ろうとする。
「へえ? ……なるほど、破壊されたかと思えばまだ生きていたのね。」
「! ま、魔法塔華院マリアナ……え、ええそうよ!」
本当のことを言えば、かなり違うのだが。
説明は面倒なので省いた。
「やはり私が睨んだ通り……これがあれば!」
「ち、ちょっと! 何してんのよ魔法塔華院マリアナ!」
が、青夢が驚いたことに。
マリアナはそのまま、勝手にジャンヌダルクに乗り込んでしまった。
「ふん、あなたがあの時活躍できたのは、単にこのジャンヌダルクとやらのおかげなのでしょう? ならば……わたくしだって!」
「な……」
マリアナの言葉に、青夢は返す言葉がない。
確かに、あの時はこのジャンヌダルクに頼り切りだった。
「ふふふ……サーチ、コントローリング 空飛ぶ法機! ……あら?」
が、次の刹那だった。
なんと、マリアナが検索術句を唱えても。
候補が頭にインストールされないのである。
「な……? さ、サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機! ……さ、サーチ」
「……ふん! hccps://jehannedarc.wac/、サーチ コントローリング ウィッチエアクラフト・ジャンヌダルク! セレクト、デポート 魔法塔華院マリアナ!」
「ひいっ! あ、ああん!」
青夢はそんなマリアナを、鼻で笑い。
たちまち術句を唱えて追い出してしまった。
「ま、魔法塔華院さん大丈夫?」
「え、ええ……ひどいわ、魔女木さん! トラッシュのくせに!」
「ああもう、うるさいわね魔法塔華院マリアナ! ……私がまた、学校を救う間! あんたはそこで指でも咥えて見てなさい!」
「なっ……!」
矢魔道に心配されつつ、青夢に抗議するマリアナだが。
青夢は知ったこっちゃないとばかり、そのままジャンヌダルクに飛び乗る。
「hccps://jehannedarc.wac/、サーチ コントローリング ウィッチエアクラフト・ジャンヌダルク! ……エグゼキュート!」
そのまま、青夢の命令を受け。
ジャンヌダルクは、尾部の花弁状プロペラを閉じて飛び立つ。
「矢魔道さん、私のすごさ見ててくださいね♡」
「あ、ああ……頑張って。」
「はあい!」
青夢はそのまま、飛び出した。
「さあて! そうよ、また矢魔道さんにいい所見せないと! ……セレクト、オラクル オブ ザ バージン! エグゼキュート!」
青夢は、そのままジャンヌダルクの能力を使う。
オラクル オブ ザ バージン――乙女の託宣。
前の戦いでは全貌の明かされなかった、能力であるが。
「さあさあ……え!? そ、そんな!」
その能力を使った途端、青夢は先ほどまでの威勢はどこへやら。
青ざめた顔になる。
◆◇
「わたくしが、指を咥えて見ているだけですって……?」
先ほどの青夢の言葉を反芻したマリアナは、怒りを噛みしめる。
――……マリアナさん。あなたは魔法塔華院コンツェルンを将来背負い立つ者として誇り高く生きるのですよ。
「……はい、お母様!」
「! ま、魔法塔華院さん?」
マリアナは、母の言葉を思い出し。
そのまま徐に立ち上がったかと思えば、手近の空飛ぶ法機に乗り込む。
「ま、魔法塔華院さん!」
「矢魔道さん……すみませんが、そこを退いてくださいまし!」
「ひいっ! ま、魔法塔華院さん!」
傍らの矢魔道を、蔑ろに。
マリアナはそのまま、飛び乗った機体を発進させる。
――……マリアナさん。あなたは魔法塔華院コンツェルンを将来背負い立つ者として誇り高く生きるのですよ。
「ええ……お母様! 魔法塔華院コンツェルンの、名にかけて!」
マリアナは再び、母の言葉を反芻する。
◆◇
「がああ!」
「くっ……hccps://jehannedarc.wac/、サーチ アサルト オブ ウィッチエアクラフト・ジャンヌダルク! セレクト、ウインド ディフェンス。エグゼキュート!」
一方、外では。
やはり、幻獣機が空を駆けて暴れていた。
翼こそないが堅い鎧を備えた、アンキロサウルスのごとき姿の幻獣機・タラスク。
ドラゴンの時と同じくタラスクは、火を吐いて群がる空飛ぶ法機を攻撃していた。
それらをジャンヌダルクは、風の盾で防いでいたのである。
「くっ……ちょっとトラッシュ! あんたの空飛ぶ法機なら、こんな幻獣機イチコロなんじゃないの!」
「そうよ、早くやりなさいよトラッシュ!」
「う、うーん……」
タラスク討伐に参加している法使夏・ミリアは痺れを切らし。
自機からジャンヌダルクの中の青夢を責め立てる。
が。
「がああ……ぐああ!」
「!? ひ、ひい!」
「ほ、ほら、あんたがモタモタするから!」
「……セレクト、 トルネード リボルバー! エグゼキュート!」
タラスクの攻撃は、次に法使夏機とミリア機を狙い。
そこへ青夢は、慌てて防戦用の技を放ち防ぐ。
このままでは――
と、その時。
「まったく、魔女木さん! 口ほどにもないですわね!」
「! 魔法塔華院マリアナ……」
「ま、マリアナ様!!」
マリアナの乗った訓練機が、到着する。
「魔法塔華院マリアナ……不本意だけど、あんたを待ってたわ!」
「ふん、当たり前ね。やはりわたくしがいなければ……何ですって?」
青夢の言葉にマリアナは、思わずノリツッコミをしてしまう。
先ほどまでの態度と、真逆ではないかと。
が。
「がああ!」
「くっ……魔法塔華院マリアナ! 今から、検索エンジンURLを詠唱するから、あんたはそれに続けて自分の望みを言って!」
「……は?」
幻獣機タラスクの咆哮に焦った青夢の言葉に、マリアナは首を傾げる。
しかし、青夢は。
「行くわよ…… hccp://baptism.tarantism/!」
「なっ!? ち、ちょっと!」
有無を言わさぬとばかり、検索エンジンURLを詠唱する。
慌てるマリアナだが。
「(わたくしの、望み……? そんなの聞かれるまでもなくってよ。わたくしの望みは……)」
慌てながらも、頭は冷静に検索術句を組み上げる。
そして。
「……サーチ、リビング プラウド!」
マリアナは、唱える。
リビング プラウド――誇り高く、生きる。
そして、次の刹那。
「!? な、何ですのこれは!?」
マリアナは、突如未経験の感覚に襲われる――
◆◇
「ん……?」
マリアナはふと、目を覚ます。
ここは、どこか。
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
ここは――
「ようこそ……ダークウェブへ。」
「!? ……あ、あなたは?」
ふと声をかけられ、マリアナは面食らう。
そう、ここはダークウェブ。
そこにいたのは。
何やら闇の中に浮かび上がる、女性の上半身。
「……私はアラクネ、あなたの望みをもう一度。」
「……え?」
アラクネは優しく微笑む。