#65 悪夢のち晴れ
「っ! くっマリアナ……忌まわしいわ、入って来ないで!」
幻 獣 機 父艦ナイトメアの口からレイテの声が響く。
マリアナによるカーミラのハッキングにより、レイテは自身の中に土足で踏み入られる不快感を覚えていた。
「あら、そのお言葉そっくりそのままお返ししてよ呪法院さん……あなたこそ、その忌まわしい姿で人を忌まわしいなんて言える身であって?」
マリアナもレイテに、反論する。
幻 獣 機 父艦ナイトメアの姿をしたお前が、言えた義理かと。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
まずこの第二海選は、現職艦隊に数の不利がある。
しかしそれを予測済みだった彼女たちは、作戦を展開していた。
そうしてその作戦通り、現職と対立候補両艦隊の旗艦同士の一騎討ちとなっていた。
その結果は現職艦隊の勝利に終わり、両軍共に一勝一敗という状態で。
この日――最終海選の日を迎えた。
最初こそ、現職艦隊が優勢ではあったのだが。
そこに突如現れたのが、それぞれ多数の駆逐艦大の巨大馬型幻獣機及び、巡洋艦大の巨大海馬型幻獣機――魔弾駆逐父艦と魔弾巡洋父艦であった。
しかしその姿は、青夢ら凸凹飛行隊にしか見えないのだと言う。
それらはどんな手を使ってでも勝とうというレイテの策略だった。
レイテは外からは分からないようにこれらの艦隊を自陣営に引き込み。
その上でWFOのシステムそのものを掌握し、凸凹飛行隊以外にはシステム障害によって最終海選がリセットされてしまったと思わせていたのだった。
その上でレイテは、凸凹飛行隊の面々に自機のデータをWFOにコンバートするよう求めるが。
当然この状況においても違反をする訳にはいかないマリアナたちはこれを拒否し。
今駆逐父艦・巡洋父艦を動かさんとするレイテ率いる魔男・対立候補連合艦隊との戦いとなったが。
―― あんたじゃなきゃダメなのよ、魔法塔華院マリアナ! あんたのカーミラじゃなきゃ――VR世界と現実世界両方から攻撃できるあんたじゃなきゃ!
フォールの力の正体を見抜いた青夢のその訴えにより、マリアナはこの最終海選と現実世界での戦いを両天秤に掛けた後。
フォールと現実世界で対峙することを選ぶも。
「またいいわ……そうねナイトメアの騎士! この忌まわしい女は、私が打ち負かす!」
今、自機たる幻獣機ナイトメア――ひいては、それが中核となり無数の幻獣機融合による幻 獣 機 父艦ナイトメアと融合したフォールの意思に、レイテは応える。
何故か一度は法使夏の手により敗北し強制ログアウトとなったはずの彼女の意識は、フォールと同様に今幻 獣 機 父艦ナイトメアと融合している。
「何を言っているかは分からなくっても、呪法院さん! わたくしはここであなたを」
「そうやって粋がる所が前からムカついていたのよ、マリアナさん!」
またも舌戦となるが。
「……hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ! エグゼキュート!」
「させないわ、hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄 エグゼキュート!」
次には術句の詠唱による、舌戦となり。
幻 獣 機 父艦ナイトメアの周囲には再び闇が広がり、カーミラがそれを晴らしていく。
闇と光のせめぎ合いである。
「マリアナ様……」
「くっ、hccps://crowley.wac/……セレクト、アトランダムデッキ!」
「! 待って、方幻術!」
「! 魔女木……」
これを海上より見守る法使夏や剣人、青夢だが。
青夢は見かねて手を貸そうとする剣人を制する。
「今魔法塔華院マリアナに手を貸しちゃダメ!」
「何故だ、あのままでは!」
「あの女には言ったことだけど! この状況は魔法塔華院マリアナにしか覆せないの、今はあんたの出る幕はない!」
「くっ……」
青夢の言葉に、剣人はひとまず退がる。
「……だが、いいのか? あのままではあの令嬢はライカンスロープフェーズについて」
「そん時はそん時よ! もう、これは外せないから……」
「魔女木……」
剣人は青夢が恐れていたことが起きるのではないかと指摘するが。
青夢はそんなことは分かりきっていると返す。
「頼んだわよ、魔法塔華院マリアナ……」
◆◇
「さあ見えるわ呪法院さん……あなたの全てがね!」
「ふん、ほざいてなさい! そうやって知った気になって上から目線で……そういう所が気に食わなかったのよ!」
せめぎ合いの中で、またも幻 獣 機 父艦ナイトメアの中よりレイテが、カーミラの中よりマリアナが舌戦を繰り広げる。
「そう……確かに、わたくしはあなたを下に見てきてよ、人の上に立つことこそ魔法塔華院コンツェルン後継者の誇りと考えてね!」
「ふふふ、ああ分かったわ……あなたのそれは、死んでも治らないとね!」
マリアナの更なる口撃に、レイテはもはやこれ以上の舌戦は不要とばかり。
「hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄 エグゼキュート!」
「hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ! エグゼキュート!」
またも詠唱がぶつかり合い、光と闇がせめぎ合う――かに思われた。
が。
「おお、更に見えるわ! 呪法院さん……あなたの全てが! もっとお見せになって、呪法院さん!」
「くっ、うっ、私の中に……入って来るなって言っているでしょ!」
マリアナは競り勝ち、そのままレイテに更にハッキングを仕掛けようとする。
しかし、次にマリアナが感じたのは。
「!? おや……なあに、戻るおつもりであって?」
VRと現実が切り替わる、あの感覚だった。
「! マリアナ様!」
「な、消えたぞ!」
「また、現実世界に?」
凸凹飛行隊も見守る中。
幻 獣 機 父艦ナイトメアもカーミラも、瞬と消える。
◆◇
「マリアナさん……ここがあなたの墓場よ!」
「! 現実に戻って来たのであってね……」
マリアナがレイテの声に気づけば。
そこは現実世界であった。
「…… hccps://baptism.tarantism/、サーチ クリティカル アサルト オブ 幻獣機! セレクト ファイアリング 火炎誘爆砲!」
「あらあら……あれを撃たれるおつもりであってね呪法院さん!」
またも幻 獣 機 父艦ナイトメアの口から響くレイテの詠唱に、マリアナは身構えつつも笑う。
「でも、その攻撃は既に見切っていてよ呪法院さん!」
「ふん、強がりを……でももうお終いよ! ……エグゼキュート!」
レイテはそんなマリアナの言葉を、ただの強がりとばかり。
そのまま幻 獣 機 父艦ナイトメアの口を開き、火炎誘爆砲を放つ。
それはマリアナ搭乗のカーミラへと迫る。
と、その時。
「……セレクト 処女の慈悲、エグゼキュート!」
「!? な!」
レイテが驚いたことに。
火炎誘爆砲を放った瞬間、目の前には多数の幻獣機スパルトイが集まりその熱線を受ける。
それにより幻獣機スパルトイ群は圧縮された爆発エネルギーをねじ込まれ。
周りを巻き込まんばかりの大爆発を引き起こし、それは実際にレイテの意識をサルベージした幻 獣 機 父艦ナイトメアを巻き込んで誘爆し。
「あああ! そんな、マリアナああ!」
レイテの断末魔を残し、葬り去った。
「ほほほ! まあ所詮拾い上げられた子犬では知らなくってよね……あの母艦型幻獣機が戦闘飛行艦だった時のわたくしの手なんて!」
マリアナは勝ち誇り、笑う。
そう、幻 獣 機 父艦ナイトメアが幻獣機飛行艦夢魔之騎馬であった頃の構成機群は。
マリアナがマルタより借り受けた処女の慈悲の力を使い殆どを自爆させていたのだが、こんなこともあろうかと幾分かは残してあったのである。
何はともあれ。
かくしてナイトメアの騎士との戦いは終わった。
「ふっ、姐様。大丈夫みたいやで……うっ!」
この様子を遠目から見ていたマルタの魔女・赤音は微笑むが。
すぐに、何か違和感を覚える。
――マルタノマジョ、トハ、オマエカ?
「おうや? 誰やあんた?」
◆◇
――我が騎士団長よ……見ていただけましたか?
だがフォールの思念は、まだ残っており。
それは、ある相手に伝わっていたが。
「ああ、見たよ……とっておきの、とびきりの夢をな……ふふふ。」
何故かその思念が伝わった相手は馬男の騎士団長ではなく。
魔男の騎士団長、いや、元騎士団長たるマージン・アルカナだった。
「……こんな所にいたのかい、元騎士団長の旦那。」
「私はともかく、姐さんをこんな所に呼び出して何の用かしら?」
と、そこへ。
「ああ、よく来てくれたな。ブランデン、リベラ。」
アルカナが出迎えたのは、メアリーとミリアだった。
◆◇
「まったく……所詮は失敗したザンスね!」
「ああ……口ほどにもなかったっしょ!」
一方、この有様を見ていた魔男の円卓の騎士団長たちは。
フォールが敗北したことに、口々に文句を言う。
「まあ待て、騎士団長諸氏よ! ワシは、まだ失敗したとは言ってないぞ?」
「! な、何ザンスと?」
「な、何を言っているっしょ?」
「げ、ゲイリー君?」
しかし、馬男の騎士団長ゲイリー・チャットはむしろ、意気揚々とした様子である。
「今回はデータ集めが目的! この通り、先ほど今回集められたデータがピュクシスコーポレーションより送られて来た……凸凹飛行隊とやらの法機のデータがな!」
「! な!?」
そう言ってチャットは、データの羅列されたウインドウを見せる。
これには他騎士団長たちは、大いに混乱する。
「どうだ、これで我が騎士団の面目躍如だ! ははは!」
チャットは勝ち誇ったように笑う。




