#64 令嬢の亡霊
「馬鹿な、何故私のスパルトイたちが!?」
フォールは目の前の光景に驚く。
かつての龍男の騎士団長バーンがそうであったように、自身の座乗艦を構成していた幻獣機スパルトイ群が操られたのである。
それも空飛ぶ法機マルタではない、カーミラによって。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
まずこの第二海選は、現職艦隊に数の不利がある。
しかしそれを予測済みだった彼女たちは、作戦を展開していた。
そうしてその作戦通り、現職と対立候補両艦隊の旗艦同士の一騎討ちとなっていた。
その結果は現職艦隊の勝利に終わり、両軍共に一勝一敗という状態で。
この日――最終海選の日を迎えた。
最初こそ、現職艦隊が優勢ではあったのだが。
そこに突如現れたのが、それぞれ多数の駆逐艦大の巨大馬型幻獣機及び、巡洋艦大の巨大海馬型幻獣機――魔弾駆逐父艦と魔弾巡洋父艦であった。
しかしその姿は、青夢ら凸凹飛行隊にしか見えないのだと言う。
それらはどんな手を使ってでも勝とうというレイテの策略だった。
レイテは外からは分からないようにこれらの艦隊を自陣営に引き込み。
その上でWFOのシステムそのものを掌握し、凸凹飛行隊以外にはシステム障害によって最終海選がリセットされてしまったと思わせていたのだった。
その上でレイテは、凸凹飛行隊の面々に自機のデータをWFOにコンバートするよう求めるが。
当然この状況においても違反をする訳にはいかないマリアナたちはこれを拒否し。
今駆逐父艦・巡洋父艦を動かさんとするレイテ率いる魔男・対立候補連合艦隊との戦いとなったが。
―― あんたじゃなきゃダメなのよ、魔法塔華院マリアナ! あんたのカーミラじゃなきゃ――VR世界と現実世界両方から攻撃できるあんたじゃなきゃ!
フォールの力の正体を見抜いた青夢のその訴えにより、マリアナはこの最終海選と現実世界での戦いを両天秤に掛けた後。
「ふふ、今言った通りであってよ! あなたを、これまでと同じ手で打ち負かして差し上げると!」
「な、何ですと?」
今こうして、フォールと現実世界で対峙することを選んでいた。
「わたくしのカーミラは、他の機体とネットワーク接続を行うことで能力を借りられてよ!」
「! なるほど……そうしてマルタと繋がり、その能力を借りられたということですか……」
マリアナの言葉にフォールは、合点する。
しかし引っかかるまいと思っていた、これまでに幻獣機父艦が倒された時と"同じ手"を食らってしまった。
「ふふふ……はーっ、ははは!」
「!? なあに、何がおかしくて?」
フォールは突如として笑い出し、マリアナを驚愕させる。
「あー……なるほど、これが屈辱感という心ですか! 我が騎士団長、ようやく分かりました……」
「……まあ、よくってよ! さあ、お覚悟はよろしくて?」
彼の言葉に、さらに困惑しつつもマリアナは。
今一度目の前の敵艦――正確には、それを牽引する敵乗機と先頃ほどではない数の構成機群――を睨む。
「ええ、それは……こちらの台詞ですがね!」
「!? くっ、敵艦が!」
が、フォールの次の動きもまた素早く。
夢魔之騎馬であったものは再び、彼が今その背に立つ乗機である幻獣機ナイトメアを中核として集合し。
巨大な馬の形を成す。
「さあ、夢魔之騎馬改め、幻 獣 機 父艦ナイトメア! 我が魂を捧げてでも魔法塔華院のご令嬢を仕留めてご覧に入れましょう! ……hccps://dacs%fall:〇〇〇〇〇〇@nightmare.edrn/……セレクト、ライカンスロープ フェーズ! エグゼキュート!」
「! ま、またであってね……ライカンスロープフェーズ……」
フォールが乗機に、渾身の詠唱を届ける間。
マリアナはかつて聞き覚えのある単語に、呆けてしまった。
そして。
「さあ、見ていて下さいまし我らが騎士団長……必ずや、この私が!」
フォールはその言葉を残し。
パタリと、幻 獣 機 父艦内で倒れる。
「がああ!」
それと共に、幻 獣 機 父艦ナイトメアは咆哮を上げた。
「!? は、嫌であってよわたくしとしたことが……カーミラ!」
その声に、マリアナははたと気づき。
改めてナイトメアへと、突撃を仕掛ける。
「があああ!」
もはや狂犬――ならぬ、狂馬になってしまったナイトメアは。
各パーツが幻獣機であるが故の機動性を誇る幻 獣 機 父艦らしく、その巨躯に似合わぬ驚異的な速さでカーミラへと迫る。
「があっ、がああ!」
「くっ、ふんっ! わたくしをカーミラ諸共空で踏み潰そうなどと、舐めてくれてよ!」
ナイトメアは踏みしめる地面も無き空に、四肢を振り下ろしてカーミラを狙う。
しかしカーミラの動きもまた素早く。
負けじと機動性を発揮し、それらを避けて行く。
が、その時。
「! この感覚は何であって……まさか!」
マリアナは感覚から察する。
これは、VRと現実を切り替える前兆だ。
◆◇
「! あ、あれって……」
一方、WFOの世界では。
レイテが旗艦たるウィガール艦ごと泡の爆発で吹き飛ばされた直後。
対立候補艦隊は彼女らにとっての敗北の味に、片や現職艦隊は彼女らにとって勝利の余韻に暫し浸っていたところに。
それらを打ち破らんばかりに文字通り、このVR世界の空には暗雲が立ち込め。
対立候補・現職両艦隊共に、少なからず動揺を与えていた。
そうして、その暗雲の中より。
「……があああ!」
「!? きゃあああ!」
「あれは……母艦型幻獣機だというのか!?」
またも対立候補・現職関係なく驚いたことに。
幻 獣 機 父艦ナイトメアが踊り出る。
「があああ!」
「バカでかい馬……? あんなの見たことないけど」
「わたくしもここにいてよ!」
「!? ま、魔法塔華院マリアナ!」
と、そこへ。
時同じくして、カーミラに乗るマリアナも強制ログインさせられる。
「マリアナ様!」
「ふむ、ウィガール艦と現職の潜水法母が見当たらないということは……なるほど日占さん、よくやりましてよ。」
マリアナはVRの海の様子に事情を察し、既に強制ログアウトした星術那を称える。
「雷魔さん! そして現職艦隊の皆さん、よくぞ持ち堪えてくれてましてよ! ここからは……わたくしに任せなさい!」
「はい、マリアナ様!!!」
「生徒会長万歳!!!!」
マリアナの呼びかけに法使夏をはじめとする現職の役員らも一般生徒たちも、高らかに叫ぶ。
「があ……がああ……がああ!」
「! あの母艦型幻獣機……ん!?」
が、その時。
これまで遭遇した幻 獣 機 父艦には当てはまらない、低い唸りを上げたナイトメアに青夢は首を傾げるが。
その瞬間、またまた対立候補・現職関係なく。
――悔しい、わたしが、あんな奴に……あんな、マリアナでもない奴に!
「!? れ、レイテ様!!」
「レイテ様! 今、どちらに?」
脳内に何故か、レイテの声が響き渡った。
「こ、これは……呪法院さん? まったく、もはやわたくしへの妬みに狂った怨霊であってよ!」
「あんな奴で悪かったわね、呪法院さん! でも、まだ分かってないようだから言ってあげるわ……あなたなんて、マリアナ様のお手を煩わせるまでもない人よ!」
――ああ……あああ!!
その本人か分からない声にマリアナと法使夏は、揃って嫌味を口にするが。
はたしてその意が伝わったのか、レイテの声は悶絶に変わる。
――ああ、憎い……憎くてつらい! わたしは……今度こそあのマリアナを!
「があ……があ……」
――! その声は……ナイトメアの騎士! ……きゃあああ!
「!? れ、レイテ様!!!」
しかし、対立候補たちが驚いたことに。
次にはレイテの声は、悲鳴に変わった。
かと思えば。
「……があ……? わたしは……わたしが、母艦型幻獣機に!?」
「! な、何ですって?」
「! ライカンスロープフェーズか?」
「ま、まずい!」
何と次にはレイテの声は、幻 獣 機 父艦ナイトメアの口から流れ出た。
ライカンスロープフェーズについて知らないマリアナらは戸惑うが。
事情を知るソードと青夢は合点し、青夢はライカンスロープフェーズのことをマリアナらが知ることを恐れる。
「わ、わたしがこんな姿に!? ……いいえ、構わないわ! さあマリアナさん……あなたにとびきりの悪夢を!」
最初こそ戸惑っていたレイテだが、すぐに気を取り直し。
目の前を飛ぶカーミラを睨み、進み始める。
そこへ。
ナイトメアと同じく同化しているフォールの意思が、直接レイテに伝わる。
「ええ、ナイトメアの騎士……ようやく認めてくれたのね、私を! さあ行くわ…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄」
「な、何事であって呪法院さん?」
「エグゼ」
「……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン! エグゼキュート!」
「っ!」
「! ま、魔女木さん?」
レイテの言葉に戸惑うマリアナだが。
青夢はこれ以上ライカンスロープフェーズについて悟らせまいとばかり、ビクトリー イン オルレアンを放ちレイテの言葉を妨害する。
「何してんの、早く行きなさい魔法塔華院マリアナ! ごめん呪法院さん……あなたには恨みどころか、あのお高い女に虐げられた者同士シンパシーを感じるけど、いやだからこそあなたも救いたいから!」
「いや魔女木さん、何を勝手なことばかり言って!?」
青夢の言葉にマリアナは、怒るが。
「ふふ……ははは、もういいわこんな世界! まとめて私が、悪夢に呑みこんで差し上げます!」
レイテはその隙に、大きく幻 獣 機 父艦ナイトメアの後ろ足二本ともを踏みしめて立ち上がらせていななき。
そのまま背後に展開した暗闇と共に、凸凹飛行隊へと突撃を仕掛ける。
「ほら早く、魔法塔華院マリアナ!」
「あなたに指図される覚えはなくってよ!」
青夢に促されて憎まれ口を叩きながらも、カーミラを駆りナイトメアに突撃を仕掛ける。
「さあ、マリアナさん!」
「ええ、いい決着になりそうですことよ! ……hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ! エグゼキュート!」
ナイトメアとカーミラは、今にもぶつかり合わん勢いだった。




