#63 同じ手は食わない
「こ、この大群は……あれも母艦型幻獣機だと言うの!?」
マリアナは目の前に突如として展開された幻獣機スパルトイの大群に、目を見張る。
この大群はフォールの座乗する戦闘飛行艦、いや正しくは 幻 獣 機 父艦――曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬がバラバラに分かれ、そのパーツ一つ一つが変化し突撃を仕掛けて来たものである。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
まずこの第二海選は、現職艦隊に数の不利がある。
しかしそれを予測済みだった彼女たちは、作戦を展開していた。
そうしてその作戦通り、現職と対立候補両艦隊の旗艦同士の一騎討ちとなっていた。
その結果は現職艦隊の勝利に終わり、両軍共に一勝一敗という状態で。
この日――最終海選の日を迎えた。
最初こそ、現職艦隊が優勢ではあったのだが。
そこに突如現れたのが、それぞれ多数の駆逐艦大の巨大馬型幻獣機及び、巡洋艦大の巨大海馬型幻獣機――魔弾駆逐父艦と魔弾巡洋父艦であった。
しかしその姿は、青夢ら凸凹飛行隊にしか見えないのだと言う。
それらはどんな手を使ってでも勝とうというレイテの策略だった。
レイテは外からは分からないようにこれらの艦隊を自陣営に引き込み。
その上でWFOのシステムそのものを掌握し、凸凹飛行隊以外にはシステム障害によって最終海選がリセットされてしまったと思わせていたのだった。
その上でレイテは、凸凹飛行隊の面々に自機のデータをWFOにコンバートするよう求めるが。
当然この状況においても違反をする訳にはいかないマリアナたちはこれを拒否し。
今駆逐父艦・巡洋父艦を動かさんとするレイテ率いる魔男・対立候補連合艦隊との戦いとなったが。
―― あんたじゃなきゃダメなのよ、魔法塔華院マリアナ! あんたのカーミラじゃなきゃ――VR世界と現実世界両方から攻撃できるあんたじゃなきゃ!
フォールの力の正体を見抜いた青夢のその訴えにより、マリアナはこの最終海選と現実世界での戦いを両天秤に掛けた後。
今こうして、フォールと現実世界で対峙することを選んだ。
しかし、今や。
「ええ、驚いたでしょう? 魔女のお嬢さんというのは面白い。……面白いくらい素直に、形に囚われてくれていた!」
フォールは笑いながら叫ぶ。
事実マリアナは、悔しいがフォールの言う通り形に囚われていた。
フォールの座乗艦たる夢魔之騎馬は、戦闘飛行艦の形をしていたがために気づかなかったのだ。
この艦が以前龍魔力四姉妹と共に対峙したあの母艦型幻獣機――すなわち、幻 獣 機 父艦と同じであることに。
「ええ、そうであってよ! でもわたくしが前にも言った通り……あなた、つくづくレディーの扱いがなってなくってよ!」
「ええ、しかしそれは私もまた前に言いました通り……もう言われ慣れておりましてね!」
しかしマリアナは、まだ負けてはいないとばかり。
フォールに、気丈に返す。
「あ、そう……あなた、その馬に牽かれている戦闘飛行艦に乗っていたわね? なら……読んで字の如く、馬耳東風と言ったところであって!」
「ははは……中々面白いことをおっしゃいましたね!」
マリアナは挑発とも取れる言葉をかけ。
それに乗ったか、フォールも艦載機群で彼女の乗るカーミラを取り囲む。
「あーあ、まったく! 姐さん、この飛行隊は面倒を自分から背負い込む性分らしいで……」
先頃マリアナに忠告した、今この戦線後方にいる赤音も。
一度は手出しできないと思っていたが、これには手を拱いている訳にもいかじと自機を突撃させる。
「おや、マルタの魔女のお嬢さん! あなたにはもう少し子守唄を聞いてもらわなくては…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄 エグゼキュート。」
「! くっ、あたしはVR行きかいな……ほなしゃあないわ、リバイヤさん!」
が、それに気づいたフォールは赤音に"子守唄"を仕掛ける。
赤音は止むを得んとばかり、今WFOの中にいる幻獣機リバイヤサンに呼びかける。
と、その時。
――待って、マルタの魔女さん。
「!? この声は……」
赤音はふと、聞き覚えのある声を聞く。
◆◇
「がるる!」
「!? マルタの魔女の幻獣機?」
その頃、WFOの世界では。
現実での赤音の呼びかけに呼応するが如く――いや、実際にそうなのだろうが幻獣機リバイヤサンが吠え。
その声に青夢がはっとする。
いや、彼女だけではない。
「あれは、さっきのマルタの魔女の手下! よくも……」
「れ、レイテ様どういたします??」
縦に戦列を組み進行する対立候補艦隊の先頭にして旗艦たるウィガール艦でも。
レイテがこの咆哮を聞きつけ、忌々しげにその叫びの主たるリバイヤサンを見る。
が、すぐに目を移す。
「放っておきなさい! 私たちが目指すは、今提督不在の現職基幹艦隊よ!」
レイテは自らと共に武錬や雷破、ジニーを奮い立たせる。
そう、一時は頼みの綱とした駆逐父艦や巡洋父艦ももう味方ではない。
ならばあんな幻獣機を従える能力を持ったものなど、もはや敵ではないということ。
今の敵はやはり、現職艦隊だ。
レイテはその、今の敵を睨む。
「……来たわ、日占さん。くれぐれも作戦通りお願い!」
「了解、雷魔さん。……マリアナ様のためにも。」
レイテにとっての今の敵――星術那が率いる潜水法母内ではその星術那と法使夏が、示し合わせていた。
全ては、目の前の敵旗艦撃破のため――
「レイテ様。敵潜水法母を浮上させてはいけません! 奴らは恐らく、艦載機を使って来ます!」
「ええ……そうねジニー! 爆雷多数投下、浮く前に沈めて上げるわ!」
「くっ! 雷魔さん!」
「日占さん、旋回!」
が、ジニーの助言を受けてレイテも仕掛ける。
爆雷の爆発により浮上できない星術那の潜水法母は、一端前進を止める。
ジニーの助言は、第二海選でのあの現職側の作戦を踏まえたものだった。
法機母艦と現職旗艦たる 法機戦艦の艦載機を使い切ったと見せかけて旗艦同士の一騎討ちに臨んでおきながら。
実はその法機戦艦に潜水法母の艦載機を素早く詰め替え、その艦載機でもって対立候補旗艦たるウィガール艦を潰しにかかって来たあの作戦である。
今回は艦載機を使い切った様子はないが。
あの当時の法機戦艦よろしく向かって来る潜水法母は、恐らく艦載機で止めを刺しに来るだろう。
「あの時と同じ手に引っかかると思ったかしら? ……甘いわよ、提督代理さん!」
レイテは法使夏の作戦を蔑み。
更に、対潜攻撃を強める。
先述の通り今回は失われていないならば、後方の現職法機母艦も警戒しなければならないが。
その法機母艦やその他の艦は火炎誘爆砲を警戒してか、対立候補艦隊から見て遠くに退がっている。
彼女らが一騎討ちを臨んでいるならば、今優先すべきはやはり目の前の潜水法母だ。
「ああ、もう! だから何でこんな時でも生徒会総海選を続けるの!」
「魔女木! また駆逐父艦や巡洋父艦が動き出すぞ!」
やはり目の前の戦いに呆れる青夢だが。
魔男の差し向けた艦を警戒していた剣人が報告し、自らも動き始めていた。
「待って方幻術、私も! ……仕方ないなあ、ここは露払いくらいはしてあげる!」
青夢も毒吐くことは止め、改めて駆逐父艦や巡洋父艦の対処に向かう。
◆◇
「ははは、あれほど啖呵を切っておいて次には逃げ回りですか? 魔法塔華院のご令嬢が聞いて呆れますね!」
再び、現実世界では。
どうにか夢魔之騎馬の構成機群の包囲を突破したマリアナの乗るカーミラだが、後ろからはその構成機群が追って来ていた。
「ふん、あなたこそ随分と余裕のあるご様子であってよナイトメアの騎士! まさか、もう勝ったおつもりではなくって?」
「ははは、ええもう勝ったも同然ですとも! この構成機群にかつて勝った龍魔力のお嬢さん方もマルタの魔女さんも、全て封じ込めましたから!」
マリアナの言葉にフォールは、更に煽る。
フォールはこの構成機群を擁した戦いでは、龍魔力四姉妹やあのマルタの魔女――赤音の空飛ぶ法機こそが自身にとっての脅威と踏んでいた。
あの龍男の前騎士団長バーンと彼女たちの戦いを鑑みての結果である。
しかし、今やどちらも封じてしまっている。
このマリアナ率いるカーミラも、VR現実両用という点では脅威たり得るが。
この構成機群による攻撃という数の暴力の前に、単機では無力だ。
その考えこそがフォールの、勝利の確信の拠り所だ。
「さあて、もう少し遊んでいたいところですが……そろそろフィニッシュと洒落込みましょうか魔法塔華院のお嬢さん!」
「あら、これはまた素敵なおもてなしね。」
そうしてフォールは、またも構成機群でカーミラを取り囲む。
「さあて……ではお嬢さん、フィニッシュです。」
フォールが言うが早いか、構成機群はカーミラに一斉突撃を仕掛ける。
これで、フィニッシュ――
しかし、その時。
「……エグゼキュート! ナイトメアの騎士さん、ではあなたにとって最も屈辱的なことに。わたくしがこれまでと同じ方法で打ち負かしてあげてよ?」
「? はい?」
マリアナはフォールにとって不可解なことを言う。
が、それも彼にとってはただのはったりにしか見えなかった。
何故なら突撃した構成機群は激突し、次々と爆炎を吹き上げて行くからである――
◆◇
「同じ手に引っかかるか? ええ……あなたのような間抜けなら、そう来ると思うわ!」
「へえ……やはりそこにあなたも乗っているのね雷魔さん!」
またもWFOの中では。
奇しくも先ほどのマリアナと同じ言葉で、法使夏は潜水法母からレイテを煽っていた。
「だけどそれは負け惜しみね……今爆雷の荒波に揉まれている、その無様ではね!」
が、レイテはそんな法使夏を嘲笑する。
と同時に、わざと爆雷の弾幕を途切れさせる。
「今よ、日占さん! 急浮」
「かかったわね! 火炎誘爆砲発射!」
先ほどの嘲笑とわざと作った隙に乗じて法使夏の言葉通り急浮上しようとする潜水法母を。
レイテはしめしめとばかり、その主砲射線上に捉え熱線を放つ。
「くうう!」
それにより潜水法母は貫かれる。
「おほほほ! さあ、これで」
勝ち誇るレイテだが。
次の刹那だった。
「引っかかったわね! ……hccps://rusalka.wac/ 、セレクト 儚き泡 エグゼキュート!」
「!? きゃあああ!」
「!? れ、レイテ様!!!」
何とレイテはウィガール艦諸共。
突如として艦下部に湧いて出た無数の泡に突き上げられ、泡の爆発に呑み込まれた。
ウィガール艦の爆発と潜水法母の大爆発は、ほぼ同時だった。
「あんたは同じ手を食うって言ったでしょ? 第二海選と同じく潜水法母から発進した艦載機――このルサールカによって旗艦諸共撃沈されるって言う同じ手をね!」
法使夏は誇らしげな宣言と共に、海面より乗機を飛び出させる。
その水中飛行の能力を活かし、未だ海中にあった潜水法母から発進してウィガール艦の真下に忍び込んでいたのだ。
「……日占さん、お疲れ様。」
法使夏は乗機を飛び出させると共に。
僚艦も艦載機も巻き込むことなく大爆発に呑まれた潜水法母に敬礼する。
「まったく、やっと終わったみたいね……」
「ああ、終わったな。」
青夢と剣人は、対立候補艦隊の後方にて。
幻獣機リバイヤサンにより無力化された駆逐父艦や巡洋父艦の艦隊上空にて、乗機のジャンヌダルクとクロウリーを旋回させながらこの有様を見ていた。
◆◇
「言っていなくって? わたくしがこれまでと同じ方法で打ち負かしてあげてよって!」
「な……何故!?」
一方現実世界では。
先ほど夢魔之騎馬の構成機群に激突されたはずのカーミラが、爆発の煙の中から踊り出た。
そう、先ほどマリアナが唱えた術句は。
――処女の慈悲、エグゼキュート!
何故かマルタの技を発動させるものであり、それによって構成機が互いに激突して爆発させられていたのである。




