#59 悪夢からの目覚め
「な、何であなたが!?」
マリアナは空を見て、尋ねる。
そこにはいつぞやの、自分にカーミラをもたらした女性・アラクネだった。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
敵戦闘飛行艦―― フォール曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
まずこの第二海選は、現職艦隊に数の不利がある。
しかしそれを予測済みだった彼女たちは、作戦を展開していた。
そうしてその作戦通り、現職と対立候補両艦隊の旗艦同士の一騎討ちとなっていた。
その結果は現職艦隊の勝利に終わり、両軍共に一勝一敗という状態で。
この日――最終海選の日を迎えた。
最初こそ、現職艦隊が優勢ではあったのだが。
そこに突如現れたのが、それぞれ多数の駆逐艦大の巨大馬型幻獣機及び、巡洋艦大の巨大海馬型幻獣機――魔弾駆逐父艦と魔弾巡洋父艦であった。
しかしその姿は、青夢ら凸凹飛行隊にしか見えないのだと言う。
それらはどんな手を使ってでも勝とうというレイテの策略だった。
レイテは外からは分からないようにこれらの艦隊を自陣営に引き込み。
その上でWFOのシステムそのものを掌握し、凸凹飛行隊以外にはシステム障害によって最終海選がリセットされてしまったと思わせていたのだった。
その上でレイテは、凸凹飛行隊の面々に自機のデータをWFOにコンバートするよう求めるが。
当然この状況においても違反をする訳にはいかないマリアナたちはこれを拒否し。
今駆逐父艦・巡洋父艦を動かさんとするレイテ率いる魔男・対立候補連合艦隊との戦いとなったが。
駆逐父艦・巡洋父艦 から放たれた直撃炸裂魔弾により、苦戦を強いられていた所へ。
「何故って、もちろんあなたたちを助けるためよ! 他ならぬ、"マルタの魔女"の頼みによってね!」
「な、何ですって!」
「ま、マルタの魔女が?」
救援にやって来たアラクネの言葉に、マリアナやその他凸凹飛行隊は更に戸惑う。
特に青夢はマルタの魔女と聞いて驚いていた。
そして、頭にある推測が浮かぶ。
まさか――
「やっぱり、魔女辺赤音。あなたが……?」
本人に聞かせるつもりもない、独り言を。
青夢はぼそりと呟く。
「ふえっ、ふえっ……ハクション!! 何や、誰か噂しとるんかいな……ま、ええわ。さあ姐さん、やったらなな!」
赤音は海中の自艦内で一人、くしゃみをするが。
すぐに気を取り直し、本来は味方である対立候補艦隊を睨む。
◆◇
「れ、レイテ様あれは!?」
「さ、最近ニュースになっていた、うちの学園にも攻め込んで来た魔男の幻獣機! ……と、あれは誰でしょう?」
一方、対立候補艦隊の会長候補以下その他の候補たちも。
突如として現れたアラクネと幻獣機の姿には、驚いていた。
「(くっ、あれがナイトメアの騎士が言っていたダークウェブの女王とやらなの……? くっ、マルタの魔女? あの凸凹飛行隊たちの仲間?)」
レイテも、大いに混乱している。
「れ、レイテ様?」
「!? え、ええそうね……でも安心なさい、何が出て来ようと私たちに勝てるものではないわ! マリアナさん……今、目にもの見せてあげます!」
しかし、ジニーの言葉にはっとなり。
慌てて気を取り直す。
「さあ、駆逐父艦・巡洋父艦は直撃炸裂魔弾を引き続き発射! 魔女辺さん、あなたも潜水法母を」
「れ、レイテ様あれを!」
「えっ……? ……くっ、み、水しぶき!?」
が、次の指示を出そうとした時だった。
レイテが赤音のいる位置に目を向けた瞬間、水しぶきが上がった。
まさか。
「な……ひ、日占さん!」
「はい、マリアナ様。私は無事です。ですが……どういう訳か、敵艦――魔女辺さんの潜水法母がこちらの魚雷霆を避けずにそのまま撃沈しました。」
「な、何ですって!?」
マリアナもその水しぶきに気づき、一時は星術那が撃沈されたのかと懸念して彼女に連絡するが。
その報告にはまたも、戸惑う他なし。
「魔女辺赤音……」
青夢もその報告を聞き、空を見上げる。
もし赤音が本当にマルタの魔女だとすれば、もしや。
「……方幻術。この最前線任せてもいい?」
「! あ、ああ……いきなりどうしてかは分からんが、お前がそう言うなら!」
「……ちょっと言い方気持ち悪いけど、ありがと。」
「ああ、任せろ! ……って、一言余計だ!」
青夢は最前線を剣人に任せると、自艦たる駆逐艦を駆り後方――マリアナの座乗する法機戦艦の下へ走る。
「早く、あいつに伝えなきゃ!」
青夢が伝えようとするのは、無論。
あのパズルの、結果である。
◆◇
「がああ!」
「ふうむ、彼には夢魔の子守唄は通用しないか……中々厄介ですね。」
一方、現実世界では。
夢魔之騎馬を駆り、龍魔力姉妹を討とうとしたナイトメアの騎士フォールだが。
突如として現れた赤音のマルタ機体を構成する幻獣機二体の片割れ・幻獣機ボナコンに手こずっていた。
「あ、姉貴!」
「ええ、英乃。何か分からないけれどもこれは勝機よ!」
その状況に夢零・英乃も事情こそ分からないものの勝機を見出し。
今幻獣機ボナコンが周りを高速で回る、夢魔之騎馬へとそれぞれの自機を突撃させる。
「お、お姉様!」
「二手乃、あなたはそこにいなさい! こいつは……私たちの獲物よ!」
「ああ、そうだぜ! 今まで散々手こずらせてくれたからよお……お礼しなけりゃな!」
自分もついて行こうとする二手乃を宥め。
夢零・英乃はそのまま、操縦桿を握る手に力を込める。
今度こそ――
「やれやれ……まったく諦めの悪いお嬢さん方だ! しかし、これ以上面倒を抱え込める程には私も器用ではないので。……hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄 エグゼキュート。 さあせいぜい、子守唄を歌ってあげましょう……」
「!? くっ、あ、姉貴!」
「こ、このトロトロとした感覚は!?」
が、そんな夢零と英乃を。
いつかの凸凹飛行隊と同じ、奇妙な感覚が襲う。
いや、彼女たちだけではない。
「め、愛三……」
「ふ、二手乃お姉さん!」
後方の二手乃と愛三も、その感覚に苦しむ。
「これで龍魔力のお嬢さん方は動けない……君に注力できます、幻獣機ボナコン!」
フォールはようやく、邪魔者を排除したとばかりに。
自艦の周りを鬱陶しくも飛び回る幻獣機ボナコンを睨む。
と、その時である。
「待たせたなあ! マルタの魔女様ご本人がお出ましやあ!」
「! ……ほう、また増えましたか。」
フォールが声の方向を見れば。
そこには、通常の法機機体に乗ったマルタの魔女――赤音の姿が。
青夢が睨んだ通り彼女は、VRでわざと倒されることによりログアウトし現実世界での戦いに臨んでいた。
◆◇
「こ、これはまずいザンスね!」
「あ、ああ……どうするっしょチャット殿?」
「……ううむ。」
現実と仮想世界、二つを見ている魔男の円卓では。
どちらの世界でも赤音という乱入者が現れたことに、大いに驚いていた。
「……あれは龍男の騎士団前団長が敗北した者。早く手を打たねば、取り返しのつかないことになるかと。」
「うわっ! い、いたんザンスか……」
「お、驚かすなっしょ!」
そして。
あまり口を開いてこなかった魔男の新騎士団長ウィヨルの発言に、これまた他騎士団長たちは驚く。
「うむ、しかしチャット卿。ウィヨル卿の言う通りだ、あのマルタの魔女とやらは早急に対処せねば。」
雪男の騎士団長クラブも、チャットに決断を促す。
「ああ、こうなれば……フォール! そのマルタの魔女とやらにも子守唄を歌ってやれ。」
チャットはフォールに、新たな命令を降す。
尤もあの技は、ある条件に合致しない者には効かない。
果たしてあのマルタの魔女に、聞くかどうか。
チャットはその懸念を抱いていた。
◆◇
「ええ、承知いたしましたチャット様。…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト 夢魔の子守唄 エグゼキュート。さあ、お眠りなさい。」
「おおっと! この感じは……なるほど、確かに悪夢やんな!」
再び、現実世界では。
チャットの命令を受けたフォールが、自機たる幻獣機ナイトメアに命令し放った技により。
赤音も先ほどの龍魔力姉妹と同じく奇妙な感覚に捉われ出していた。
「おお、動きが鈍くなった……つまりは、これは効くようですねチャット様!」
フォールは赤音の乗機の動きが鈍くなった様子を見て、効果を確信する。
「そうか、ではフォールよ……そこの龍魔力姉妹共々、究極の悪夢を見せた上で葬ってやれ!」
「はっ、御意に。」
チャットもその報告を聞き、ならばとフォールに止めを刺すよう命じる。
「さあでは魔女のお嬢さん方。これまでの戦いはお疲れ様でした。……ゆっくりと、お休み下さい。」
フォールは標的となる赤音や龍魔力姉妹たちを、照準し始める。
と、その時だった。
「がああ……がああ!」
「!? おや……あなたは夢に落ちていませんでしたか、ボナコン!」
幻獣機ボナコンの再起動を見てフォールは、歯噛みする。
しかし、その程度ならばまだ予想の範疇内だ。
そう彼は思ったが。
「いんや、ボナたんだけやないでえ!」
「おうや……あなたまでですか!」
赤音もまた、自機を再度夢魔之騎馬に向ける。
「これは……なるほど、WFOに半身がいるからでしょうか!」
フォールは彼女にやや面食らいつつ、迎撃の体勢に入る。
その半身とはもちろん――
◆◇
「がああ!」
「あらあらリバイヤさん。……なるほど、マルタの娘ね!」
「くっ……全艦隊、後退よ!」
再び、WFOの世界にて。
現実世界の赤音に呼応するかのごとく、リバイヤサンが咆哮を上げ、アラクネがそれに反応し。
それに恐れを成したかレイテは、対立候補艦隊を後退させ始める。
先ほどこそ駆逐父艦・巡洋父艦を向かわせようとしていたが、既に彼女もマルタの魔女のことは聞き及んでおり。
それらの幻獣機父艦群を無力化されることを恐れての、後退である。
「マリアナ様、奴ら後退して行きます!」
「よろしくってよ、雷魔さん……前衛の艦隊! 前進して」
「待って、魔法塔華院マリアナ!」
「! ま、魔女木さん?」
この対立候補艦隊後退を勝機として捉えたマリアナは、畳み掛けようとするが。
やって来た青夢に驚く。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ魔女木!」
「そうであってよ魔女木さん、作戦を無視して」
「それどころじゃないから聞けっつーの!」
「!? ……何であって?」
法使夏とマリアナは、青夢の独断を咎めるが。
青夢の剣幕に、珍しくマリアナは押されて話を聞く。
「今すぐログアウトして、そのまま空飛ぶ法機カーミラで魔男との戦いに向かって!」
「な……あ、あんた! マリアナ様に最終海選でわざと負けろと」
「あんたじゃなきゃダメなのよ、魔法塔華院マリアナ! あんたのカーミラじゃなきゃ――VR世界と現実世界両方から攻撃できるあんたじゃなきゃ!」
「!? な、何ですって?」
青夢の法使夏からの抗議も構わぬまくしたてに。
マリアナは更に、驚く。




